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21.ショウタの謎

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 網元の庭に入ったエルデムは、何人もの仲間の遺体が寝かされているのを見た。しかし、元気に歩いている仲間もいる。彼らは仲間の遺体を板に乗せていた。

『エルデムが俺たちを助けでくれたのだな。ありがとう』
 庭にいた男たちがエルデムを見つけて感謝の言葉を口にした。
 エルデムの上半身がむき出しになっているのは、救出するときにしがみつかれて破られたため。力の強いエルデムだからこそ、溺れそうになり恐怖で暴れる者を抱えて陸まで運ぶことができた。普通の人ならば一緒に溺れていただろう。

『ここの人たちに助けて貰ったのか?』
 やはりあの男たちは助けるために連れて行ったのだとエルデムは一安心した。
『ああ、ここの人はとても親切だぞ。それに、信じられないほどの凄腕の医師がいるんだ。船医のアゼル先生が驚いていた。しかもその医師は、髪の毛が黄色くて角があるんだ』
 エルデムは首を傾げた。インレンス帝国には吸血鬼と呼ばれる非常に美形で異能を持っている男たちがいると聞いているが、角を持つ異形の者は知らない。

 

 エルデムが家の中に入ると、広い土間があり三十人ほどが横になったり座ったりしていた。元気になったらしい二十人ほどが一段高くなった板間で仲間の治療を手伝っている。
『エルデム、無事だったか』
 船医のアゼルがエルデムを見つけて声をかけた。
『アゼル先生も無事で良かった』
『我々は不幸にして船を失い、百人以上の仲間も失った。しかし、座礁したのがこの地で幸いだったと思う』
 アゼルがひたすら治療を行っているショウタを指差した。

『手術を終えた者は奥の部屋に運ばれて寝かされている。もう六十人を超えているのだ。私だけでは絶対に助けることができなかった』
 これほどの腕を持つ医師をアゼルは知らない。少なくともダントル帝国には一人もいないと彼は思っていた。
 エルデムが異形のショウタをじっと見つめていた。彼が人でないことはすぐにわかった。金髪ではなく本当に黄色の髪、黒と黄の縞模様になった角が二本、時折口元から伸びた犬歯が覗く。
 おそらく、自分と同じような生き物なのだろうとエルデムはぼんやりと考えていた。
 



「あの、ショウタさんに朝ごはんを届けに来たのですが」
 ミホとミノルは玄関の戸を開けて驚いた。見慣れぬ容姿の男たちが一斉にミホの方を見る。

「おお、ミホとミノルじゃないか。ショウタ、その患者の治療が終わったら一旦休憩にするぞ。一時間はきっちり休むんだ。わかったな」
 セイスケがミホとミノルがやって来たのを見て、ショウタにそう命じた。

 ショウタが顔を上げる。そして、ミホを見て一気に顔を緩めた。しかし、すぐに引き締める。
「しかし、治療の必要な患者はまだたくさん残っています」
「生命の危機のある患者の治療は既に終えている。今はショウタが倒れる方が怖い。とにかく、飯を食ってこい」
 そうセイスケに言われると、ショウタは急に強い空腹を感じた。
「わかりました。小腸の縫合が終わりましたので閉腹をお願いします」

『セイスケ先生も休憩してくれ。閉腹は私がしよう』
 アゼルがセイスケにも休むように促す。ショウタとセイスケの二人は一晩中手術をしていた。もう限界だろうと思う。

 セイスケとショウタが去った後、アゼルは患者を見下ろした。その患者は腹部を強打したことにより小腸が破裂していた。
 ためらいもなく患部の近くを開腹し、破れた患部を縫合したショウタを見てアゼルは信じられない思いだった。腹の中は血と消化物で汚れていて破裂箇所を特定するのは難しい。しかし、ショウタは探す様子も見せず患部を特定し、潰れた組織を切除して素早く縫合した。
『なぜ、あんなことができる?』
 アゼルの疑問に答えることができる者はいない。



 網元に小部屋へ通されたサチは、座卓の上に重箱を広げた。ミノルもまんじゅうを置く。
 サチは血だらけのショウタを見てしまい、あの状態で朝食を食べることができるのか心配になっていた。

「失礼します」
 網元の妻が冷えた麦茶の入ったヤカンと湯呑を運んできた。
「ありがとうございます」
 ミホが礼を言うと、網元の妻は首を振った。
「院長先生にはいつもお世話になっております。無医村だったクシナカに来ていただいて助かっているのです。こちらこそ、本当にありがとうございます」
「いえ、私は、ただのお手伝いですから」
 礼を言われても困るとミホは思う。

「ミホ姉ちゃんはショウタさんの婚約者なんだぞ」
 ミノルは胸を張っている。
「まぁ。ショウタ先生の婚約者なのね。私たちは子どもの頃からショウタ先生を知っているのよ。小さい時は本当に可愛かったのに、随分と大男になってしまったけれど、優しいとことは変わっていないわね。お幸せに」
 ミホはそう言われて顔を真っ赤にしていた。


 手を洗い白衣を脱いだショウタとセイスケが部屋にやって来る。
「おにぎりだ! 俺、それだけで頑張れそうな気がする」
 ショウタは嬉しそうに座卓の前に座って、おにぎりを手に持った。
 子供のように両手におにぎりを持つショウタを見て、ミホは朝ご飯を運んで良かったと思う。

「こんなにたくさん、重かっただろう?」
 あっという間に二個のおにぎりを平らげたショウタが、大きな重箱を指差し、心配そうにミホを見た。
「私、こう見えても結構力持ちなんですよ。ショウタさんには負けるけれど」
「ショウタに勝てるなら、それは最強だな」
 セイスケがおかしそうに笑ったが、ミホがあまり弱々しい娘でなくて安心していた。
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