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1.聖女は旅立つ
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私の母はかなりわがままな王女だったらしい。聖魔法が使えた母は、歴代王族の女性が務める聖女になることが決まっていたが、聖女として神殿に入るくらいなら死ぬと脅して護衛騎士と関係を持ってしまった。聖女になる条件が純潔であることだったので、そうすれば聖女にならずに済むと考えたのだ。
そして、母は十六歳で私を身籠ってしまう。
母は私の父親である護衛騎士との結婚を希望したが、当時の王である祖父はそれを断固として許さなかった。
聖女になること、それは王家の女性に課せられた義務である。もし、王が母を許せば今後も同じような手を使って聖女就任を回避する者が出てくるかもしれない。それだけは避けなければならない。建国から続く聖女のしきたりを終わらせることはできなかった。
王は子爵家の三男だった父の処刑を決めた。二人の関係は母が強要したことだと知ってはいたが、聖女を汚す行為は国の存続にかかわり、温情をかけることはできなかった。
子爵家の存続と胎児だった私を殺さないことを条件に、何も語らず父は処刑を受け入れたらしい。
それから母は王宮の片隅に建つ小さな宮に軟禁されて、半年後に私を産んだ。
『私が愚かだったから、あの人を殺してしまった。抱いてくれなければ死ぬとナイフを持ち出して脅したの。それなのに、あの人は最後まで私を責めなかった』
『王女としての役目を果たさず、国民に迷惑をかけてしまった。もし魔王がこの国に現れていれば、我が国は滅ぼされていたかもしれないのに』
『シルヴィ、ごめんなさい。本来なら王女として生を受けるはずなのに、このようなところに閉じ込められて、不自由な暮らしをさせてしまった。母様を許して』
母はずっと私を産んだことを後悔していた。
毎日嘆き悲しみながら暮らしていて、私が十歳の時にとうとう衰弱して亡くなってしまった。今思えば半ば自殺だったのかもしれない。ほとんど食事をとっていなかったのだから。
『シルヴィ、ごめんね。母様はあの人に謝りに行くの』
それが母の最期の言葉だった。
母が死んでからすぐに、私は聖女として神殿に移された。従来ならば十五歳で神殿に入る決まりなのだが、十年以上聖女がいない状態であり、母のように恋人を作る恐れもあると、時期が早められた。
聖女とは勇者を導き魔王を滅ぼす役目を担う者。そう言うと聞こえは良いが、魔王討伐の報酬として勇者に与えられる女のことである。
そこに聖女の意思など存在しない。歴代の勇者は膨大な魔力を持つが皆出生さえ明らかでないような平民であった。母はそんな粗野な平民と結婚するのが耐えれれなかったらしい。
私は勇者の妻になるという意味を理解しているが、母ができなかった国への貢献ができるので聖女となることに不満はない。勇者に嫁ぐ覚悟はできていた。母のように後悔などしたくはない。勇者がどのような男であっても、妻として彼に仕えようと思っていた。
しかし、魔王も勇者も現れないまま私は来月十九歳になる。二十歳になればお役御免だ。次代の聖女は現王の第二王女である従妹が務めることに決まっていた。
この世界には聖魔法と闇魔法が存在する。人は聖魔法を使い、闇魔法を操るものは魔物と呼ばれている。普通の魔物はたいした知性を持たず、純粋な悪意を人に向けて襲いかかってくる迷惑な存在だが、聖魔法を使う聖騎士団が定期的に討伐しているので、それほど脅威ではない。
しかし、この国には数百年に一度、強大な魔力を誇る魔王と呼ばれる知性を持つ魔物が現れる。それに呼応するように、魔物の力も増すのだ。
二年ほど前からかつてないほど魔物が活発になり、魔王が出現したのではないかと心配されていたが、ここ最近は魔物の力が弱まっていた。魔法出現は杞憂だったようだ。
しばらく魔王が現れる気配はないようなので、来年には無事聖女の任を解かれそうだ。二十歳を過ぎてしまうので、他国の王族と政略結婚をするには年がいき過ぎているし、国内貴族の未婚子弟も皆婚約者が決まっている状態だ。婚約していない者がいたとしても、母は聖女になることを拒否した王女、父は罪人の私との結婚を望むとも思えない。
しかし、幸い聖魔法が使えるので、神官として人々を癒す仕事をしながら暮らしていくことは可能だった。それも国のためになると思う。
そんな風に将来を考えていたある日、神殿に設置されている勇者の鏡に男の姿が映ったのだった。ぼんやりとしているので顔まで確認できないが、短い黒髪で背の高い男だ。
我が国に勇者が現れるとその姿が勇者の鏡に映ると言い伝えられている。それが真実だったことに、私だけではなく神官たちも驚いていた。
勇者が現れた以上、近いうちに魔王が出現する。できるだけ早く彼と合流して魔王を討伐するように頼まないと、国の民に犠牲者が出てしまう。
私はこのために今まで生きてきたのだから、とにかく頑張るしかない。
勇者の鏡により勇者がいる場所も特定できた。隣国との国境をまたぐ深い森の中だ。馬車を使うと神殿から五日ほどかかるが、馬を使うと近道を使うことができるので二日で着く。そのために聖女となった日から馬術の訓練を受けていた。抜かりはない。
早速出発の準備を始める。荷物はそれほど多くなく日ごろから備えをしていたこともあり、すぐに旅立ちの用意が調った。
「聖女シルヴィよ。国境の森までは聖騎士の精鋭たちがお送りしますが、慣例に従い森の中にはお一人で入っていただきます。どうかお気をつけて」
神官長が心配そうに旅立つ私に声をかけてくれた。
一千年ほど前、まだこの国が存在しなかった頃、一人の女性が勇者と出会い、協力して見事に魔王を打倒した。そして、魔王に蹂躙され荒れ果てた土地に国を造った。それが我が国の初代王と王妃だ。
その故事に倣い、魔王討伐は勇者と聖女の二人で行うしきたりとなっている。突出した聖魔法の使い手である勇者と闇魔法を使う魔王が戦うのだ。他の者などお荷物でしかない。
聖女も魔物に襲われないくらいには魔力が高し、癒しの魔法に長けている。勇者と聖女だけで魔王を倒すのが一番効率がいいのは事実だった。
それでも不安は拭えない。でも、頑張るしかない。
それから二日後、魔物に襲われることもなく無事森に入り口に着いた。
「聖女シルヴィ様、我々が護衛できるのもここまでです。どうかご無事で。無事魔王を打ち倒すことを願っております」
馬に乗った聖騎士たちがその場から去っていく。
覚悟はしていたけれど、見捨てられたような頼りなさを感じていた。
不安を覚えながら遠ざかっていく聖騎士たちを見送っていたが、しばらくすると地平線の向こうへ消えていく。
このままここにいることもできず、鬱蒼とした森に足を踏み入れることにした。
そして、母は十六歳で私を身籠ってしまう。
母は私の父親である護衛騎士との結婚を希望したが、当時の王である祖父はそれを断固として許さなかった。
聖女になること、それは王家の女性に課せられた義務である。もし、王が母を許せば今後も同じような手を使って聖女就任を回避する者が出てくるかもしれない。それだけは避けなければならない。建国から続く聖女のしきたりを終わらせることはできなかった。
王は子爵家の三男だった父の処刑を決めた。二人の関係は母が強要したことだと知ってはいたが、聖女を汚す行為は国の存続にかかわり、温情をかけることはできなかった。
子爵家の存続と胎児だった私を殺さないことを条件に、何も語らず父は処刑を受け入れたらしい。
それから母は王宮の片隅に建つ小さな宮に軟禁されて、半年後に私を産んだ。
『私が愚かだったから、あの人を殺してしまった。抱いてくれなければ死ぬとナイフを持ち出して脅したの。それなのに、あの人は最後まで私を責めなかった』
『王女としての役目を果たさず、国民に迷惑をかけてしまった。もし魔王がこの国に現れていれば、我が国は滅ぼされていたかもしれないのに』
『シルヴィ、ごめんなさい。本来なら王女として生を受けるはずなのに、このようなところに閉じ込められて、不自由な暮らしをさせてしまった。母様を許して』
母はずっと私を産んだことを後悔していた。
毎日嘆き悲しみながら暮らしていて、私が十歳の時にとうとう衰弱して亡くなってしまった。今思えば半ば自殺だったのかもしれない。ほとんど食事をとっていなかったのだから。
『シルヴィ、ごめんね。母様はあの人に謝りに行くの』
それが母の最期の言葉だった。
母が死んでからすぐに、私は聖女として神殿に移された。従来ならば十五歳で神殿に入る決まりなのだが、十年以上聖女がいない状態であり、母のように恋人を作る恐れもあると、時期が早められた。
聖女とは勇者を導き魔王を滅ぼす役目を担う者。そう言うと聞こえは良いが、魔王討伐の報酬として勇者に与えられる女のことである。
そこに聖女の意思など存在しない。歴代の勇者は膨大な魔力を持つが皆出生さえ明らかでないような平民であった。母はそんな粗野な平民と結婚するのが耐えれれなかったらしい。
私は勇者の妻になるという意味を理解しているが、母ができなかった国への貢献ができるので聖女となることに不満はない。勇者に嫁ぐ覚悟はできていた。母のように後悔などしたくはない。勇者がどのような男であっても、妻として彼に仕えようと思っていた。
しかし、魔王も勇者も現れないまま私は来月十九歳になる。二十歳になればお役御免だ。次代の聖女は現王の第二王女である従妹が務めることに決まっていた。
この世界には聖魔法と闇魔法が存在する。人は聖魔法を使い、闇魔法を操るものは魔物と呼ばれている。普通の魔物はたいした知性を持たず、純粋な悪意を人に向けて襲いかかってくる迷惑な存在だが、聖魔法を使う聖騎士団が定期的に討伐しているので、それほど脅威ではない。
しかし、この国には数百年に一度、強大な魔力を誇る魔王と呼ばれる知性を持つ魔物が現れる。それに呼応するように、魔物の力も増すのだ。
二年ほど前からかつてないほど魔物が活発になり、魔王が出現したのではないかと心配されていたが、ここ最近は魔物の力が弱まっていた。魔法出現は杞憂だったようだ。
しばらく魔王が現れる気配はないようなので、来年には無事聖女の任を解かれそうだ。二十歳を過ぎてしまうので、他国の王族と政略結婚をするには年がいき過ぎているし、国内貴族の未婚子弟も皆婚約者が決まっている状態だ。婚約していない者がいたとしても、母は聖女になることを拒否した王女、父は罪人の私との結婚を望むとも思えない。
しかし、幸い聖魔法が使えるので、神官として人々を癒す仕事をしながら暮らしていくことは可能だった。それも国のためになると思う。
そんな風に将来を考えていたある日、神殿に設置されている勇者の鏡に男の姿が映ったのだった。ぼんやりとしているので顔まで確認できないが、短い黒髪で背の高い男だ。
我が国に勇者が現れるとその姿が勇者の鏡に映ると言い伝えられている。それが真実だったことに、私だけではなく神官たちも驚いていた。
勇者が現れた以上、近いうちに魔王が出現する。できるだけ早く彼と合流して魔王を討伐するように頼まないと、国の民に犠牲者が出てしまう。
私はこのために今まで生きてきたのだから、とにかく頑張るしかない。
勇者の鏡により勇者がいる場所も特定できた。隣国との国境をまたぐ深い森の中だ。馬車を使うと神殿から五日ほどかかるが、馬を使うと近道を使うことができるので二日で着く。そのために聖女となった日から馬術の訓練を受けていた。抜かりはない。
早速出発の準備を始める。荷物はそれほど多くなく日ごろから備えをしていたこともあり、すぐに旅立ちの用意が調った。
「聖女シルヴィよ。国境の森までは聖騎士の精鋭たちがお送りしますが、慣例に従い森の中にはお一人で入っていただきます。どうかお気をつけて」
神官長が心配そうに旅立つ私に声をかけてくれた。
一千年ほど前、まだこの国が存在しなかった頃、一人の女性が勇者と出会い、協力して見事に魔王を打倒した。そして、魔王に蹂躙され荒れ果てた土地に国を造った。それが我が国の初代王と王妃だ。
その故事に倣い、魔王討伐は勇者と聖女の二人で行うしきたりとなっている。突出した聖魔法の使い手である勇者と闇魔法を使う魔王が戦うのだ。他の者などお荷物でしかない。
聖女も魔物に襲われないくらいには魔力が高し、癒しの魔法に長けている。勇者と聖女だけで魔王を倒すのが一番効率がいいのは事実だった。
それでも不安は拭えない。でも、頑張るしかない。
それから二日後、魔物に襲われることもなく無事森に入り口に着いた。
「聖女シルヴィ様、我々が護衛できるのもここまでです。どうかご無事で。無事魔王を打ち倒すことを願っております」
馬に乗った聖騎士たちがその場から去っていく。
覚悟はしていたけれど、見捨てられたような頼りなさを感じていた。
不安を覚えながら遠ざかっていく聖騎士たちを見送っていたが、しばらくすると地平線の向こうへ消えていく。
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