自称勇者のリザードマン、少女に拾われ世界を知る

おしゃべりデイジー

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約束の地へ

共通の敵

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 サリエノ王国の南、ヒトと亜人の共生する町『トルミク』。
 その賑やかな市場の上を一頭のグリフォンがゆったりと飛んでいた。

 鞍に吊り下げられたカバンや、身につけた赤い布には『郵便』を示す黄色い封筒の標が描かれている。ギルドからギルドへ、書類を速達するための空輸便だ。

「ラシルケ・ポートグラムさん? お手紙が届いてますよ」

 昼時。ぼさぼさの髪で応対する小さなエルフは、あくびを隠そうともせずに二通の封書を受け取る。

 赤茶の封筒から出てきたのは、ブアレのギルドから届いた手紙だった。
「……ねえレイ! ソフィたちから手紙!」

 レイと呼ばれた男は掃除の手を止めることなく返す。
「あのコンビ無事だったんすねぇ! てか読む前に着替えぐらいしたほうがいいっすよ」
「いーや、ソフィたちの方が大事。ほらこっちきて一緒に読も」

 手紙にはブアレの町についてからの出来事が、端正な字で書かれていた。
「相変わらず、無茶してるみたいだね」
「なんか楽しそうっすね~! 俺も小間使いじゃなくてあっちのがいいっす」
「は? こっちは公務だよ。地味こそが美徳なの」

 そして読み進めていくと、汚い字で短く感謝の言葉が綴られていた。それはたまに文字が間違って書かれており、いくつか射線で修正されている。

「トカゲちゃん、なんか少し変わったね。ってこれから大森林通って沼まで行くのか~」
 ラシルケは懐かしそうに目を閉じる。あれは三十年ほど前だったろうか、森を出て初めてヒトの町に――。

「あれ、もう一通あるっすよ。しかも本部から」
 小さなエルフの懐旧は、シゴトの連絡に邪魔された。


 一人になった自室で、ラシルケはおそるおそる本部からの封書に開呪する。
 特殊な鍵魔法のかかった書物は、無理に開くとそれ自体が燃え尽きるようにできているからだ。

(これ面倒なんだよね……今度は無茶振り仕事じゃなきゃいいけど)

 無事封を剥がしゆっくりと読み進める。いつもとは少し違う、労いの言葉から入る文だった。
 だが目を通し終えるころには、ソフィア達の手紙を読んでいた時のおだやかな表情はどこかへ消えていた。

「レイ! ギルド長に会いに行く。ついてきて」

 ラシルケは自室の扉を激しく開けたかと思うと、素早く身支度を整え出す。
 彼が本部の言葉に文句を垂れるのはいつものことだったが、今回はどこか強い怒りのようなものを感じられた。

    *

「すぐに通りたいんだけど。ポートグラムが来たといえば伝わるはずだよ」
 ギルドの受付にいる嬢は、半分笑顔、半分困ったような顔で応対している。

「いえ、ですから今ギルド長は別件で人とお会いしてまして」
「……じゃあ何時に終わるの? それまで待ってるから」
「それもはっきりとは……あ! お待ちでしたらこちらのベリードリンクなどいかがですか? お子さんにも人気で」
「そういうのいいから、とにかくスージーが空いたら教えてね」

 新人だろうか、若い受付嬢は表情こそ崩さないものの、ラシルケが背を向けた途端に小さくため息をついた。
 レイも同じく苛立っているラシルケに困惑ぎみだ。だが彼はギルド本部や首都の関わる機密情報を軽く聞くことなどできない、あくまで雇われの冒険者なのだ。

 そんなやり取りをした直後、執務室に上がる階段から男女が降りてきた。
 男は小さく会釈した後にそそくさとギルドを出ていく。一方女は、その背中が扉から出ていくまで頭を下げ続けている。

 男は周りの冒険者たちとは違い、汚れのないマントを身に纏っていた。そして女の方は――。

「スージー・ヴィレストン……用がある。上がらせてもらうよ」
 スージーと呼ばれた女が頭を上げると、目の前には小さなエルフが立っていた。


「それで、研究所に篭りっきりのお前が、顔を出すとは珍しいじゃないか。ラシルケ」
 静かな執務室には、来客用のカップが置かれたままとなっている。
「さっきの男、衛鉄商会だよね。大口で武器を仕入れて、どうするつもりだい?」

「そんなことを尋ねに来たのではないのだろう。本題に入りたまえ」
 尖った耳ひとつ動かさず、ギルド長は余裕の表情だ。
 そんな態度の彼女に堪らずラシルケは立ち上がった。

「じゃあ聞くけど『大沼の解放』ってどう言うことだよ! サリエノは国内で手一杯だから、外は冒険者に頼ってるんだろ? ならこれ以上領土を広げる必要なんてないじゃないか!」
 そう言いながら本部からの手紙を叩きつける。
「あとあそこはリザードマンの国があるって……。それが確かなら、国交を持った方が」

 違う、とスージーは言葉を遮った。
「手紙には書かれていないが、今回の発端はラウバーン公国だ。そして目的は国を広げることではない」

「ならなんで兵を動かすなんて!」
 東のラウバーン公国は、亜人奴隷すら領地におかないほどのヒト至上主義国家だ。しかもサリエノと同じく領内のまとめ上げに苦心しており、外への進出ができるほどの余裕は無かった。

「もしかして……ヒトがまとまるために、共通の敵が欲しいってことか」

 小さなエルフの気づきを見たスージーは、うっすら笑みを浮かべている。
「これでも慈悲はあるのだぞ。近くのシャオ村は保護区として残される決まりだ」
「っ! ケンタウロスの次はリザードマンを生け贄にするのか!」

 詰め寄るラシルケだがギルド長は表情一つ崩さない。
「命の選択をしているのは我々エルフも同じだろう。コボルト、マーマン、ゴブリン、どれも口が聞けるヤツもいるが、紙の上ではただのモンスターだ」
 そこにリザードマンが書き加わっただけだ、とごく当たり前のように言う。

 実際否定できなかった。とうのラシルケでさえ、研究と称して何度もモンスター捕獲依頼を発注していたのだ。
 亜人とモンスターの線引きなど、仲が良い・言葉が通じる程度の曖昧なものでしかなかった。

「それに、わからないか? ラシルケ。わざわざこの特命が、この町の、このギルドの、お前に下ったわけが」

 この町、トルミクはラウバーン公国とサリエノ王国の国境近くにある。そして亜人との共生地域でもあった。つまりは。
「……わかってるよ。断れないから、だろう。すぐ東はラウバーンの砦だ。ここを標的にして『解放』に動いたっておかしくない」
「あと、僕が今までやってきた亜人の調査も、こういうことに使うためだろう」

 その言葉を聞き、ギルド長はやれやれと言ったため息を吐く。
「ならば話はもういいだろう、私とギルドは全面協力を約束している。あくまで仕事は冒険者の供出だ、お前が率いて前線に出る必要はない」

 彼は納得いかないというか、やるせないというか、どこにも向け切らない視線を床へ転がしていた。
「どうしても、変えるわけにはいかないの。ヒトが仲良くするために亜人を消費するだなんて、もうやめにしようよ」
「……私の立場も考えてくれ。共存の町の象徴として、エルフがギルド長をやっているにすぎない。そんな力は無い」

 諦めたラシルケは、スージーに小さな背を向けドアノブに手をかけた。
「最後に一つ、聞いていいかい」
 意気消沈の声で、彼は言う。
「スージーみたいに何百年も生きたら、エルフは何も感じなくなるのかい?」

 表情の変わらないスージーは、窓から外を見つめながら返した。
「慣れただけだよ」と。
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