自称勇者のリザードマン、少女に拾われ世界を知る

おしゃべりデイジー

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約束の地へ

公国の思惑

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「……大丈夫っすか? 大丈夫じゃなさそうっすけど」

 深いため息をつくラシルケに、レイが声をかける。
 だが、の片棒を担がされんとする彼には、気遣いの言葉など届いていなかった。

 愚かな事だが止めようも無い。
 いや、スージーが武器を買い足していたということは、何週も前に始まっていたことなのだろう。両国の兵はすでに動いているはずだ。

 ならば少しでも互いの犠牲を減らせるように……などと、いち派遣責任者ていどが変えられようも無いことばかり考えていた。

(サリエノは荒事を冒険者に頼りっきりだ。なら正規兵程度、僕でも倒……ん?)
 気づけば、彼の鼻をくすぐる芳ばしい香りがあたりに漂っている。

 どん。
 匂いに気をとられていると、突然目の前に大皿が現れた。
 それは、薬味の乗った羊肉、付け合わせに色とりどりの茹で野菜、小皿に揺れる赤豆のスープ……そしてつやのある茶色いパン。
 ギルド食堂でも人気のワンプレート料理だった。

「ちょ、ちょっとこんなの頼んで無いんだけど」
 不機嫌に声を荒げるラシルケにもかかわらず、運び主のレイはにこやかだ。
「俺のオゴリっす! 起きてからまともな物食べてないっすよね」
「ああ、だけど、そういう暇は無いというか、見てわからないかい? 今考え事してて」
「わかってるっすよ。でもほっとくと飢え死ぬまで考えてそうすからね。いらないなら俺が食うっすけど」

 まったく、勝手なことを。
 だが親切にも肉を切り分ける彼の姿を見ていると、なんだか『腹が減っては戦はできぬ』と言うヒトのことわざを思い出した。今考えているのは戦を止める方法だけど。

「……お代はちゃんと報酬に乗せとくから」
 ラシルケはパンをひとちぎりし口に放り込む。その温かさが、義憤と諦めに居座られた胃の中を満たしていった。



 食後ラシルケはレイを引っ張り、また自らの研究所へと戻っていた。
「それで、ようやく相談する気になったんすか? やっぱ食べてよかったっしょ」

「レイ、これは相談というか情報共有に近い。どう考えて動くかは君次第だ」
 いつにも増して真剣な眼差しを向けている小さなエルフに、男はごくりと喉を鳴らす。
「怖がらせないでくださいっすよ~俺は雇われなんすから、好きに言ってください」

 それからラシルケは「君に伝えてもしょうがないけど」とか半ば愚痴を吐くかのように、沼地の解放について事細かに伝えた。


「はあ、リザードマンと戦いたいってヤツは多いし、人数は集まるんじゃないっすかね。もちろん俺も行きますよ」
「悩んでるのはそういうこうじゃないんだけどなあ」
 日銭稼ぎに奔走し、自由と名声を求める。そんな冒険者から『異種族がかわいそう』という感情を引き出すことは現実的ではなかった。

「……たしか君はラウバーン出身だったよね。それで正直に言ってほしいんだが、亜人と共生するのは反対なのかい?」

 レイは手紙を読む手を止め目をぱちくりさせている。
「ちょ、ちょっと待ってください。ひどいっすよそれ。俺この町で結構ケモノのみんなと仲良いし、別に亜人が嫌いだからリザードマンと戦っても良いってわけじゃないっす。それに――」
 と、何かを言いかけて一瞬口をつぐむ。

「それに、なんだい?」
 彼は頭を掻いてから、「誰にもバラさないで」と付け加え話を続ける。

「俺、小さい頃狼人ヴォルムのこどもと友達になったことがあるんす。国は亜人をみんな狩り出そうとしてたんすけど、村長はその辺融通が利く人で」
「だからその狼人たちが危なくなった時も、サリエノに逃がしてあげたりして……とにかくみんながみんな亜人嫌いってわけじゃないんすよ」

 ラシルケはその話を聞き、申し訳ない気持ちになると同時に胸をなでおろした。
「それは、ごめん。ラウバーン人だからってみんなが嫌ってるわけじゃないんだね」

「あと最近は一番下のお姫さんが亜人たちと仲良くしようって活動してて、めっちゃ問題になってたみたいっす」

 ヒト至上主義の国で生まれた、亜人容認の運動。長年『ヒトの血族のみ』を重視してきた公国にとっては大きな揺り戻しだった。
 それにラウバーン公国では代々女公が国を治める。次代の女公を担う姫たちには絶大な影響力があるゆえに、この展開は対立を生むことだろう。

 そこでラシルケはある疑問が思い浮かんだ。
「お姫様まで乗っかるなんて。そのレベルまで来たら無視はできないはず、じゃあ『沼地の解放』なんて」
 国内をまとめるどころか、逆に対立を深めるだけだと。

「レイ、どうもおかしくはないか? 国が亜人嫌い一色だったら、リザードマンを敵として置くことで一丸になることはできるだろう。だけど三人いる姫の内、一人が亜人容認派を作って国内が割れている」
「たしかに……怒る人が増えそうっすよね」

 国土を広げるためでもなく、民をまとめるためでもなく、もっと別の目的があるのではないか? そんな風に捉えることもできた。

「とか言っても俺たちがどうにかできることでも無いっすよね」
 そんな彼を気にかけることも無く、机を弾きラシルケが立ち上がった。
「うわぁ! どうしたんすか急に!」
「レイ、やるべきことがわかったぞ。僕らも沼に向かおう!」


 そこからラシルケは一目散にギルド長の元へ向かった。
 受付を無視し、階段を駆け上り守衛を押し退け、ドアを蹴破る勢いで執務室へと流れ込む。

「何事だ。やはりやりたく無いとでも言いに――」
「いいや、全力でやらせてもらうよこの仕事!」

 スージーは飲みかかっていたカップを置き、向き直る。
「ほう、どう言う風の吹き回しだ」
「それだけじゃない、僕が団長でレイが補佐。僕らも一緒に沼まで行かせてもらうよ」

 止める手立てがないなら、身を任せる。ラウバーンの動きを探るためにも今取れる行動は『流れに乗る』ことだった。

「ラシルケ、命は大事にするものだ。ヒトは冒険者を兵として欲しがっているだけ、お前は集めるだけでいい。戦場にまで行く必要は」
「スージー、どうして僕たちエルフが長生きか知ってるかい?」
「は?」
「出来事を、世界を、真実を記録するためさ。そのためには多少危険だからって目を背けちゃいけない」

 何か吹っ切れたのだろうか。前回この部屋を後にした時の小さなエルフとはまるで違った様子の彼に、ギルド長は大きなため息をつく。

「……好きにしたまえ、任務の責任者はお前だ。五日もすればサリエノの軍がここを通る、合流したあとはラウバーンの港に行って、大沼までは船。せいぜい水の精にでも祈っておくことだな」


 侵略の目的を知りたいだけじゃない、見知らぬ異種族を救いたいという思いだけでもない。
 戦場となる大沼には、今やソフィアとジャロウも向かっているのだ。
 それゆえ守りたいものを両手いっぱいに抱えたラシルケは、この船旅の過酷さを想像する余裕さえなかったのだった。

 
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