銀狼公子の導き手

竜胆 琳

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一部 プリステラ王国編

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 ガツガツガツと、靴音高くやってきた男は案内を待たず自ら扉をあけ、館に入ってきた。
 くしくもエントランスで鉢合わせすることになってしまい、ファルナは応接間に行くことができなかった。
 仕方なくエントランスで挨拶をすることにした。

「おはようござ--」

 パシン!

 挨拶のため下げていた頭に何かが当たる。軽いもののため痛みもなく、途中で言葉を途切らせたファルナは足元に転がり落ちたものを視線で追う。
 丸めて封蝋をされた書紙。正式な契約署などに使われる上質の羊皮紙だ。

「拾え」

 それ以上の言葉は侯爵からは出てこず、ファルナは言われた通り腰を屈め書紙に手を伸ばす。

「お嬢様、私が……「そなたに言っておらぬ、メイドごときがでしゃばるな」

 私の後ろに控えていたシャオメイが主人の代わりに手を伸ばそうとすると、叱責が飛んだ。シャオメイにいらぬ叱咤がこれ以上飛ばぬようにファルナは自身のメイドに控えるように手で合図する。

「これは」

 拾い上げた書紙の封蝋に目を止める。それはこの国の、プリステラ王家の紋章であった。
 ウエイス侯爵はファルナが封蝋の印を見たことで次の命令を告げる。

「読め」

 高位の貴族令嬢は、自ら落ちたものを拾うことも、このような書紙の封蝋を開けることもしない。
 令嬢として正しい所作は、侍女や側付きの使用人にさせるのだ。侯爵は敢えてその行為をファルナにさせることでファルナの身を貶めているのだろう。

(つまらぬ矜持だこと)

 領地では少ない使用人で家の切り盛りを病弱な母親に代わって行うファルナが、侯爵令嬢然とした暮らしをしていない。ファルナが領地でどのように暮らしているかなど興味もないのだろう。

(長く領地に戻らず代官に経営を任せっきりのこの男は、会計報告書ぐらいしか目を通していないのかも)

 侯爵領地を預かる代官は優秀な男だ。侯爵が満足する以上の税収をあげ、少しの真実と誇張とおべっかを混ぜた報告書をしたためているのだろう。
 
 ぴっと封蝋を外し巻紙を丁寧に広げそこに書かれた文字を目で追う。

「これは……離縁状?」

 書類は二枚あった。一枚目は母メイファの、二枚目はファルナの名が記され、最下にはウエイス侯爵と国王陛下のサイン、そして国璽がしっかりと押されていた。

「その通りだ」

 ウエイス侯爵は皮肉げに口元を歪め、目元に勝ち誇った光をたたえファルナを見下ろす。

「昨日付けで、メイファとの離縁、そしてそなたの離縁とウエイス家からの除名と貴族籍の排斥が正式に認められた。そなたもメイファも、ウエイス家の人間ではないし、この国の貴族でもない。とっと我が領地から出て行け」

 そう告げると身を翻し玄関に向かって歩き出す。シャオメイが扉へ向かったが、その前に侯爵自ら扉を開けた。メイドを待たず、一刻も早くここを去りたいという気持ちが、貴族の矜持を上回ったのだろう。

 外に足を踏み出してから何かを言い忘れたのか一度振り返った。

「屋敷から出て行くのに三日の猶予をやろう。それを過ぎれば有無を言わさず叩き出す。ああ、それと我がウエイス家のものを持ち出すことは許さぬ。代官に見張るよう指示してあるのでごまかすことはできんぞ」

 ははは、と嬉しげに高笑いをあげながら侯爵は馬車に乗って去っていった。

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