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3章 Super Avenge

【二】ちくしょおおおおおおおお!!

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「ほら、ここよ!
 あたしのお気に入りのお店!」

大声で案内しながら元気よくドアを開けると、
調理の熱気が、揮発した脂と一緒に叩きつけてきた。
爽やかな外気から一気に、
脂っこいものをたらふく食べるという気分にしてくる。

地滑りから馬車を救い、
それから周辺の動物を退避させ、
流れた土と木をできるだけ早く硬く補強し、
戻る途中でも落とし物を拾い、
焼き芋が焦げないように教えて、
橋が遠くて難儀している老夫婦を両肩に乗せたばかり。

今やジェーンの腹部からは、
絶え間ない空腹の音が鳴っている。
僕は基本的には長時間食べなくても耐えられるが、
気が抜けると、食べなかった分の腹ペコが襲ってきた。
ジェーンもそうなんだろう。

待っていたスミスと一緒に、空いていた席に座る。
繁盛しているお店だから、
両手にお皿や飲み物を持った給仕たちが、
あちこち忙しく動き回っている。
そのおかげで、ジェーンもあまり注目されていなかった。

「ようこそお越しくださいました……ジェーン様!」

「いつもの二人前ちょうだい」

水をごくごく飲んで、お代わりを求めた。

彼女が案内した食堂は、格式は高くないが、
人々から絶大な支持を得ているタイプだ。
雑多なざわめきが、店内で忙しなく行き交っている。
空いている席を見つけ、向かい合って腰を掛けた。

「はーーーー……なんかもう、ごはんだけ食べてお開きしてもいいわね!」

──ダメだよ。天気の話をしなよ。

「ええっ!?
 どうして、飛び降りしないように説得した後に天気の話をするのよ!」

──だって外、いい天気だよ。

「その下で飛ぼうとした人に言うことじゃないわ!」

ジェーンの言うことは正論だ。
だがここは信じてほしい。
とりあえず天気の話をすればいいんだと。

眼の前で誰かに何事かを言い返している聖女に、
自殺を未遂したての男は怪訝そうにしている。
食堂が騒がしくて得をしたな。

──じゃあ、なんの話をするつもりなの?

お店の忙しさで、少しの独り言は掻き消されるのが救いか。
訝しむ相手の表情に気づいて、ジェーンは大きな咳払いをした。
これが成長の証拠だと、僕は知っている。
少し前なら、相手、特に平民が自分に引いていても、
気づこうとさえしなかった。

「勝手にメニューを決めたけれども大丈夫。
 あたしを信じなさい。こってり特濃よ。
 それと、独り言が気になったらごめんなさい。
 ほら、あの、あたしって結構顔が知られちゃってるでしょ?
 ちょっとした周りの声も、自分のことを言っているみたいに思っちゃって」

「おお、よくわかります!」

スミスが力強く首肯した。

「何もかもが私を責めて、嘲笑っているという気がします!」

「そ、そうなの……」

ちょっとジェーンには返せないタイプのワードだった。
何をするにも自信満々で、
周囲の反応や目を気にすることがなく、
必要もなかった。

「そろそろ皆がジェーン・エルロンドの真実に目覚める頃だ!!
 長年、奴の許婚をしてきた俺だからこそわかる。
 あの女は国を支配し、人心を誑かす大魔王だ!!」

食堂の外より、聞いたことのある声が演説しているのが、
賑やかな店内でも耳に入ってきた。

「あれは……?」

水で口を潤していたスミスが手を止め、
窓から演説が聞こえる方を見やった。

ジェーンが鬼のような形相をしたのと同時に、料理が運ばれてくる。
シンプルな角煮炒飯だ。
ホロホロにほぐれている米と米の合間に、
甘い味付けの肉汁が丁寧に染み付いている。
そして、二皿とも特盛だ。

「ごめんなさい、お代わりお願い!
 あなたはここで食べてて!」

「あ、待って……」

スプーンを握ってからすぐ手放し、
大口を開けて食事を呑み込んでいく。
こんなことをしたら咀嚼など不可能だが、
彼女には弾丸よりも速く、
東京タワーも超える垂直ジャンプをするフィジカルがある。

肉汁の染み渡った炒め飯が、
炭水化物のパワフルな旨みを引き出している料理二皿を、
高速でもぐもぐして食べ終えた。
唇がごま油を啜ったようにツヤツヤしていた。

「おいしいからよく味わって!
 奥さんたちと後で一緒に来るといいわ!
 あたしは今からクソッタレをぶん殴ってやるから、またね!!」

言うだけ言い終えて、
ロケットのような速さと突進力で食堂を飛び出す。

「あの悪女がこの十年でした偉業は国も世界も救った!
 だが、その結果はどうだ!?
 君達を稲の奴隷に陥れ、死の自由と尊厳を奪った!!
 奴は我らの文化と尊厳を踏みにじり、
 豊かさというまやかしを餌に、
 誇り高き民である君たちをミームもイデアもない家畜に貶めた!」

いつの間に用意したのか、豪勢な壇上で拳を振り上げ、
ジェーンの元婚約者で、彼女の姉代わりの両腕を斬り落としたシオンが、
人々にドラマチックなトーンで語りかけていた。

この手の話し方で有効な方法には覚えがある。
頭脳派ヴィランがカリスマへと成り上がっていく、それだ。
おおむね厄介な相手になるが、
末路も決まっている。破滅か自滅だ。

「そして近頃はどうだ!?
 奇妙な格好をして、未知の力を振るって飛び回っているそうじゃないか!
 これ以上は看過していられるか! 我らで、人間の尊厳と権利を勝ち取ろうではないか!」

「うるさあああい!!」

言っていることを少しも呑み込めずとも、
王位継承者という高貴な者が醸すオーラと、
彼による熱狂が一人一人に伝播して、大きな津波となっている。

そこをジェーンが殴り飛ばした。
ステージが粉砕され、シオンが体勢を立て直す前に、
馬乗りになって何度も顔面に拳を下ろす。

人の顔面を殴ることに非常に強い嫌悪感を抱き、
足で蹴るならギリギリ耐えられるというのが彼女だ。
シスマの両腕を切り取られ、
弟のエドガーも危険に晒されたことに、心底怒っている。

「よくもシスマの両腕を奪ったわね!
 あたしのことをどう言ってもいいけども、
 今すぐに両腕、きっちり耳を揃えて返しなさい!!」

シオンのスピーチをショーとして楽しんでいた人々が、
急に邪魔をして演者を殴り続けるジェーンに怯えた。

「おい、あれはジェーン様か……?」

「どうしてあんなに怒っているのかしら……」

周囲からの恐怖の視線を無視し、ジェーンはさらに殴ろうとするが、
そこに無骨な骨刀が突き刺さった。

「痛っ!!」

バズーカも戦車の突撃も無傷なボディだが、
僕達の体は、愛情を向けるものによる攻撃には無防備だ。
人の骨を削って造った短刀。
ジェーンは腕を抑えて後ずさった。

「それは……シスマの!!」

「姐さんの骨だ。効いただ──」

最後まで言い切ることなく、
ジェーンはシオンの首を掴んで天高く飛び、ぶら下げた。
家族、両親に殺したいほど憎まれて生きてきた少女にとって、
ただ一人の信頼する家族とさえ言えた相手の骨を加工されたのだ。
聖女の目にも、確固たる殺意が燃え盛っている。

「貴方を殺す」

いつも無限の活力を下地に動く彼女としては、
ゾッとするほど理性的かつ、冷たい声だった。

「落ち着くんだ、ジェーン」

彼女が展開している血のマントを通して、
僕が直接的に口を形成した。
向こうが本気なら止めても無駄かもしれないが、
黙って見ていることもできない。

「これが落ち着いていられるか!
 あたしの腕にシスマの腕が刺さったのよ!」

「本当に殺すとして、
 これは君にとっての初めての殺人だ。
 それをシスマの名の下にやるのかい?」

「ナニが悪いの!!」

僕に青筋を立てて怒鳴る。
彼女の怒りは理解できるが、
大切な人が初めて人の命を奪った、自分のせいで、と
知らされるシスマの気持ちも考えなければならない。

「シスマに聞いてくるんだ。
 その両腕の報いに、シオンを殺して良いのかと」

「なんで、そんなことを……!」

「君が報いを受けさせたとして、
 その責任を一番負うのはシスマだからだ」

僕の説得にジェーンは顔を歪め、大きく舌打ちをした。
聞いてくれた。
彼女の意志の強さを超える言葉は、どうやっても無理だと思っていたが、
それでも、僕の想いは届いた。

「寝ていろ!!」

顔面を片手で鷲掴みにし、地面に強く叩きつけ、王子の意識を奪った。
これで暫くは起き上がれないはず。

大急ぎで家に帰り、自室に駆け込む。
そこには、欠けた両腕を補い、
血水魔法によって血の義腕を変幻自在に操りながら
家事をするシスマがいた。

「あら、ジェーン様」

どれだけタフな人なのか。
両腕を喪って、まだほとんど時間も経っていないというのに、
すでに起き上がり、血で形成した両腕を操って、
ケロッと動き回っている。

「シオンを見つけたから殺して良い!?
 あの野郎、マジで許さないわ!!」

まくしたてて同意を求める主を、
メイドは静かに見つめ、
首を振って諭した。

「殺す理由が、私の両腕を奪ったからというなら、
 こちらの方が使いやすいですし、やめてください」

「ちくしょおおおおおおおお!!!」

腕を獲られた当人がそう言うなら仕方がない。
それは、そうそう変えられない事実だ。

半べそをかき、
苛立ちに地面を強く蹴って、
巨大な土埃を纏い、
さっきの場所へ戻った。

演説台はそのままで、
壇上も飾り付けも放置されていたが、
シオンはとっくに消えていた。

超視力と超聴力を駆使し、
周囲十キロに耳を澄ましても、
目当ての男の痕跡はない。

逃げられたのだ。

自分を糾弾するために作られた壇上の中央で、
棒立ちするジェーン。
新たなヒーロー、ラスターを高く昇った日が照らす。
晒し者としてのスポットライトに、
見えなくもない。

「まあ、初戦は君の勝利だよ」

「どこがよ!!
 いなくなったじゃあああん!!」

「勝ちだよ」

それが本当のことだとわかるには、
ジェーンはまだ経験が足りないらしい。

民衆からは、
国賊の冤罪が晴れてすぐに
婚約者を半殺しにした聖女という目で見られることになったが、
それでも、これはジェーンの勝利に違いなかった。

これくらいのことなら、
ヒーローをやっていれば経験するものだしね。
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