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3章 Super Avenge
【三十二】こんにちはー!!
しおりを挟むそれからまた数日後、
まだ街には暴徒がいくらでも出るようになっていた。
だが、最初の頃とは趣が変わり出していた。
「さあさあ有り金をすべて出せ!
我こそはコブシ納豆ナイト! マスター・オブ・納豆!
命が惜しくば言うことを聞け!」
流通が始まったばかりの食材を両手にべったりと塗った
痩せ型の青年が、市場で叫んでいた。
暴動・強盗・殺人は、これまでに溜まってきた恨みや欲望の発露だった。
だが、ここにきて別のものが出てきている。
それが自己表現タイプの犯罪者、
おまけにそれを止めようとする自警団だ。
どちらも自分に一定のテーマを課し、
犯罪に踏み切るか、犯罪と戦うかをしている。
まさに僕の時代のヴィラン、ヒーローと同じ流れだった。
あの無限に続く戦いが、ここでも始まるとは……。
「……まあ、納豆をよっぽど気に入ってくれたのは嬉しいけれど……
なんでそれを選んだの?」
「健康にいい! 粘りがいい! 糸を引く!!」
「味は?」
「食えたもんじゃない!
くっさい!!」
「味も好きになりなさいよ!」
苛立ちで地面を踏みつけると地割れが起き、
コブシ納豆ナイトの足元まで亀裂が伸びていった。
意気揚々と納豆を両手に乗り込んできた新人ヴィランだったが、
ジェーン――ラスターとの力の差に腰を抜かしてしまった。
「戦いは終わり!
さあ、納豆に塩をかけてごらんなさい。
爽やかな塩味で臭いが少し気にならなくなるわ。
あとはぽん酢とかキムチとか大根おろしと混ぜると、
臭いが中和されたり、
より強い匂いで気にならなくなると思う。マヨネーズもおすすめよ」
そう言っている間にジェーンは、
さっそく器に納豆を入れて塩をかけ、混ぜていた。
そしてそれを米に乗せるかと思いきや、意外にも
こんがり焼き立てのパンの上に載せた。
ご飯ではなくパンに納豆!
秋田の血潮が魂に脈打つ僕にはない発想だ。
納豆には米がなくては。
しかし、誰しもオリジナリティあふれる食べ方がある。
僕の場合はヴィランとの交渉のために、
こっそり「刑務所でも作れるキリタンポ」のレシピを作成し、
尋問している犯罪者の懐に忍ばせたものだ。
人には誰しも二面性がある。
僕もまた、ヴィランの懐にキリタンポのレシピを滑り込ませ、
目配せをする危険な一面があるということだ。
コブシ納豆ナイトは、
恐る恐るジェーンの差し出したパンを受け取った。
「あ、ありがとうございます……
ふむ……パンの香ばしいカリカリさに、
納豆のねばつきと塩が良いアクセントになりますね……」
「こういうのから納豆に慣れていけばいいわ。
さあ、それじゃあ刑務所に行きましょう」
「自分を見つめ直します……
次は手を汚すときに両手に納豆を掛けずに、
栄光を手にするときに納豆を掛けて強盗します」
「失礼な掛け方してたわねー!!」
刑務所とは言うが、
司法が崩壊した今は、まともな治安維持機能と
犯罪者の収容施設がない。
特に、こういった特殊な技能を持つヴィランはなおさらだ。
いや、彼が納豆で何をするつもりだったかは知らずじまいだが、
この手のヴィランは目を離すととんでもない進化の仕方をする。
僕の知る限りでは、
コンパスに魅入られたヴィランの場合は、
黄金比をコンパス一本で作り上げ、
それを極めた結果、虹色の円形を作り上げていた。
あの恐るべき元D級ヴィラン、ザ・コンパス。
彼の鉛筆が切れなければ、
今頃この宇宙は崩壊していたに違いない。
でも僕個人としては、彼のことは結構好きだった。
人を殺さないし、数学の話とか結構面白かったし。
こうして話すと、悪いヴィランは恋しくならないけど、
良いヴィランは恋しくなるなあ。
「良いヴィランって意味、破綻してない?」
そう言いながらも、
仮設刑務所にしている屋敷の地下に犯罪者を収容した。
納豆マンの牢屋に、ありったけの納豆と付け合わせを置いておく。
囚人の人権こそ重視するべき点だと、僕が言ったのだ。
彼らには更生してもらい、
犯罪の無意味さを知ってもらう必要がある。
「とりあえずは、開校式2には間に合うわね」
大急ぎで正装に着替え、
自室で昆布茶と卵おにぎりを食べた。
腹ごしらえとエネルギー補給を終えた瞬間、
ノックとともにシスマが顔を出す。
彼女と言えども連日連夜の激務、
世界観の大変動は負担が大きいはずだが、
おくびにも出さない。
素晴らしいタフネスさだ。農家としても大成したことだろう。
「学院の再開校式が始まりますよ。
すでに新入生も着席しています」
「わかった。行きましょう。
にしても、結局はあたしがやることになるのね」
「今の世で、理事長としてのシンボルには相応しいでしょう」
あえて「彼」の名前は出さずに、
廊下を進んでホールに向かう。
改めてジェーン自ら、
庇護と教育が必要な人々を探し直した。
「年齢の区分も設けないのは、いいのでしょうか」
「いいのよ。
大事なのは、誰でも学院にいていいって知らしめることなんだから」
ホールを開くと、
大勢の人々が着席し、
壇上に立つジェーン・エルロンドを注視していた。
そこには当然、夜の砦の面々や、スライムのニュルもいた。
そこに浮かぶのは畏怖、
それ以上に期待と希望だった。
これからの世の中において、
彼女が何をしようとしているのか。
大勢が案じ、決定を待ち望んでいるのだ。
もう公的には聖女でもない、
国で一番の大富豪であるジェーン・エルロンドを。
軽く咳払いをして、彼女は言った。
「今日は学院の理事長として、みなさんに挨拶をしに来ました。
貴方達はここで、たくさんのことを学ぶことができます。
学院の中でも外でも、
ここの生徒になったら、みんなが私達の守るべき対象です」
堅苦しいことを長々と語ってしまったと思ったのか、
ジェーンは出席者の反応をじっくり見てから話を変えた。
「みなさんもご存知のように、
私は類まれな偉業を成し遂げました。
でも、それは今思うと、
両親に背を向けられたことから始まっていたように思います。
食料改革は私の趣味嗜好に殉じたものでしたが、
その過程で、私はいつも両親との和解を求めていた、
または承認を望んでいたように思います」
かつてのジェーンなら、
この感情を自覚することも、
それを人前で語ることも、
決して許さなかっただろう。
絶対的な破天荒聖女。
誰よりも先に走り、誰よりも上に立ち、
正しさを結果で叩きつける存在。
その像を信じてきた人々ほど、
今、壇上の彼女を理解しきれずに息を呑んでいた。
来賓席にいる弟のエドガーが、
鼻をすすり、目元を乱暴に拭った。
感情の整理が追いついていないのだろう。
だがそれは、否定ではない。
「やりたいことだけをやり、
そのためには、どれだけ前に進んでも、
どれだけ上に昇ってもいい。
そう確信してきた私に、
ずっと声をかけてくれた人がいます」
彼女の視線が、
ほんの一瞬だけ、
壇上のどこでもない場所を掠めた。
「声に耳を傾けることはありませんでした。
でも、彼がそうしてくれていたという事実を、
認識するだけで……私の心には、かつてない勇気があふれてきました」
おいおい。
これはまずい。
エドガーだけじゃない。
僕も、胸の奥が妙に熱くなってきた。
というか、
彼は床に涙と鼻水の水たまりを作りかけている。
新陳代謝がどうなっているんだ、あの子は。
「声に気づいたとき、
私は、自分がどれだけ身近な人たちに
支えられてきたかに気づきました。
それは、これまでそばにいてくれた人も、
これから出会う人も、等しくです」
入学の許可、招待を受けた人々の多くは、
元いた場所で、生きづらさを抱えていた。
家族との関係。
才能と社会との軋轢。
能力と居場所の不一致。
あるいは、ただ生き方が合わなかっただけ。
かつてのジェーンは、
「全員農業をやらせればいい」と言っていた。
それは冗談でも、皮肉でもなく、
彼女なりの救済だった。
だが今、
彼女がやろうとしているのは違う。
「だから、私も──
貴方達に、彼らがしてくれたことを、
し続けようと思います」
そう言って、
ジェーンは大きく息を吸った。
そして、国中に轟くほどの音量と、
あまりにも素朴な調子で叫んだ。
「こんにちはー!!
これから、よろしくお願いしまーす!!!」
一瞬の静寂。
「いつも、貴方たちと会う度に、これをやりますから。
できれば、返してくださいね。
あたしは……返すのに、何年もかかりましたけど」
その言葉とともに、ジェーンは、
普通の恥ずかしがり屋の少女のようにはにかんだ。
実の父を打ち負かした日以来、初めて見る、
柔らかくて素直な表情だった。
ホールの空気が、遅れて揺れた。
誰かが小さく笑い、手を叩き、連鎖する。
さざ波だった拍手音は、今や大海嘯のようにホールを満たした。
歓声ではない。喝采でもない。
ただ、人が人に応えた音だった。
「挨拶は初歩的なことかもしれませんが。
私は、みなさんにも初歩的なことから始めてもらいたいと思います。
それが、この学院、エレメンタリーの方針です。」
ここから先は、
簡単な道ではない。
暴動は完全には収まらないだろう。
秩序は、すぐには戻らない。
ジェーンも、何度も失敗し、何度も敗北するはずだ。
僕がそうだったように。
それでも。
この瞬間、
彼女は確かに──
ヒーローとしてではなく、
一人の人間として、
ここに立っていた。
そして、
それで十分だと、
僕は思えた。
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