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1章 Secret Rebirth

【二十五】いるかそんな記憶

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 リトルファムには広大な針葉樹林があり、身を隠す場所が豊富だ。
 土地と土地を繋ぐ道には、常に山が立ちはだかる。
 それによって他国から攻められにくい要塞として機能していた。

 二代目セイメイは、傷ついた身体を押して洞穴に身を潜めていた。
 スゲーマン転生体を倒すための準備は、すべて失敗した。
 シヴィル・リーグで築き上げたイニシアティブも失った。

 本来のセイメイなら、すべてをなくしても何度でも元の場所に這い上がる、無敵の厚顔さと精神力がある。
 しかし、あくまで転生者でしかない彼は、ただ失意に打ちひしがれていた。

「なんだい、くよくよしちゃって」

 クレオが洞穴の入口に立っている。

「何をしに来た、裏切り者」

「随分な言い方だねえ。暴走したのは君だろう」

「ならお前の狙いは何なんだ! こちらに有益な情報を齎して、何をさせたかった!」

「私は君達にタイミングを教えただけだ。金を儲ける、技術を復活させる、そういったことをする好機というものをね。
 何が狙いだったかと言うと、シンプルに社会貢献だ」

 二代目セイメイが殴りかかった。
 クレオの言葉を一つも信じていない。

 力はなくなっていても、スピードは残っている。
 羽織った服の下には、まだ弾丸も通さない鱗があった。

「おとなしくしな?」

 カウンターパンチが竜人に入った。
 避けられなかったわけではない。
 打撃を貰っても、相手の骨がへし折れると確信していたのだ。

 しかし、鼻から血を流して蹲る半竜未満になった彼には、その堅さが見えない。
 ジェーンとは対照的に、余分な肉のない絞った肉体は高級な万年筆のような機能美がある。
 ドラゴンの皮膚を通す打撃とは、無縁にしか見えない。

「超人とそれ以外の、最も埋めがたい差は何だと思う?」

「力だ! それと速さ!」

 つまり、この身体のことだと二代目は叫んだ。

「違う。防御力だ。パワーは避ければいい。スピードは弾丸の速さだろうとも、人間は頑張れば見切れるものさ。
 超常と人を隔絶するのは防御力だ。攻める側としても、パワーやスピードではなく、防御だけを貫通できればいい。
 僕は万物に攻撃を通せる」

「しかし、それをやるのは僕ですら……」

「それが君の限界だ。君が言うべきは“僕ですら”じゃない。“僕の前世ですら”だろう?
 その小さめな脳と心には前世しか詰まっていない。それでは駄目だ。過去は縋るものではなく、活用するものだよ」

 宝玉が手の甲に嵌まった特殊な形状の手袋を、クレオは翳した。
 魔力の回路が走り、淡く発光している。

 曇った空、薄い空気が肺腑を澄ませる高度において、彼女に現実感は髪一本ほどもなかった。
 結界から抜けるのにも使ったガジェット。
 それが何の効果を持つのか、説明する気は彼女にない。

「これは私の発明品だ。これだけで私は何にでも勝てるし、何でも成れる」

「そんなもの、聞いたことも──」

「当たり前だろう。私が作ったんだから。特許については申請する気はない。コストがかかり過ぎるし、広めるのは危険だからね」

 軽く言ってのけるが、決して簡単なことではない。
 対象の材質を探るのは、どの属性の魔法でも可能だが、ノータイムで対策を立てるなど不可能に近い。
 SS級魔法使いが集中して、ようやくできること。
 決して、クレオが二代目セイメイを殴ったように瞬時にできることではない。
 ましてや戦闘に用いるなど、もってのほかだ。

「お前の前世は……!?」

「やれやれ。シヴィル・リーグの連中はいつも同じことを言う。何が前世だよ、バカバカしい」

「それはお前の前世が──」

「シニスター・セイメイが、私の前世だ」

 こともなく彼女は言った。

「それは僕の……!」

 親に見捨てられた屈辱で前世に目覚めた青年にとって、同じ前世というのは毒の一言も同然だった。
 赤銅の表皮でも青ざめていくのがわかった。

「ヒントを出してやったのに気づかないのか。大きすぎる魂は分割されるものだ」

「しかし……彼はただの人間だっただろう」

「百万年も存在していて、人間も何もあるか?
 大事なのは種族ではなく、内面の在り様だ。彼は怪物そのものだ」

 問答の間も、国一番の頭脳と称えられる女性は余裕を崩さない。
 そこには退屈さえ見えた。

 細く、無駄のない長い脚で微動だにせず立っているのが、まるで洞窟の岩に両脚を釘刺しているかのようだ。

「いつ、前世に目覚めた」

 動揺を浮かべている青年。
 彼にとっては、学院の首席の座を奪い、占領し続けていた彼女の正体は重要なポイントに違いない。

 片方の唇を曲げ、片目だけを細める人を食った笑みを維持するクレオは答えた。

「忘れた。ごめん。私の欠点でさ。興味のないことは頭から消えてしまうんだ。君のことも思い出すのに時間かかってしまったしね……。
 でも、これは知っておいてくれ。学生時代の君を思い出したのは、私的にはかなり早い方だ」

「ごまかすな! あんな衝撃的な体験を忘れるなんてことがあるわけない」

「ごめんって。前世の記憶そのものを消したんだから、仕方ないだろう」

 時間が止まった。
 ライバル、宿敵として睨みつけていた気勢が消失した。

 目の前の女性を、理解不能なモンスターと見ている。
 スゲーマン以外にはまず負けない竜人の身体なのに、青年は洞窟という狭い空間でクレオと二人きりであることに恐怖を覚えた。

「消した……!? 前世の記憶を!? どれだけのアドバンテージを得られると思っている!!」

 転生者は例外なく多かれ少なかれ、社会を変える影響力を持つ。
 故に、既得権益の守護者層である王族と貴族は、前世へのアクセスそのものを厳罰化していた。
 権力と資産のある者が前世の記憶を震えば、何が起きるかわかったものではないという名目だ。

 それほどの力を持つ前世の記憶を自ら消すなど、普通はありえない。
 特に、誰もが認める思考の頭脳の記憶ともなれば。

「彼がどんな生活リズムだったか、覚えているか?
 就業十五分でその日すべての仕事を終えてから、彼は何をする?」

「…………スゲーマンを倒す方法を考える」

 正解だ。
 一日も欠かすことなく、セイメイの思考はスゲーマンに占領されていた。
 持たざる青年は、そんな狂った生活、思考の持ち主に魅了された。
 クレオは違う。頭痛のみを覚えた。

「フゥーーーー……いるかそんな記憶!!
 何十年じゃない、人間の領域を超えて百万年も、スゲーマンの倒し方だけを一日中シコシコシコシコ考えていたんだぞ?
 朝から晩まで飽きることなくスゲーマンのことだけを考えて、あっちでシコシコ、こっちでシコシコシコシコ……。
 なんで万年十代のガキみたいなシコザルライフの記憶を脳に留めないといけないんだ!
 こっちは親に天才すぎるからと両手両足縛られて井戸に落とされてたんだぞ。
 そこで目覚めるのが百万年間スゲーマンでシコシコしてたシコザルって、ふざけてんのか!!」

 ジェーン・エルロンドが姉と、親友と慕う時のレディでは決して口にしない言葉。
 農民文化と深く交わる聖女が、下品な口調を不快に思うことはないが、クレオはあえて親友の前では庶民の話し方を封印していた。

 そんな彼女が語気強く、口も汚く、前世の記憶の不要さを断言した。
 正論の極みであった。

 スーパーヴィランという圧倒的存在の転生体であるという名誉に呑まれ、目が曇る事実を、クレオは鋭く論破してみせた。
 世界を変える才能と実力に恵まれながら、やることはヒーローの邪魔というのがスーパーヴィランの生き様。
 普通はただの馬鹿に思うだろう。

「ただの夫婦なら五年も経てばレスになりそうな激しい情欲をキープし続けて、人生を棒に振ったんだ。
 前世の記憶? 立派な汚染物質と断言するね。
 だから全部思い出して、有用な知識をアウトプットして、それから記憶消去薬を完成させて飲んだよ」

「宇宙一の頭脳だ! あれを受け継げれば何でも……」

「スゲーマンに勝つこと一つさえできない頭脳じゃないか。
 なんであんなにピンポイントな弱点を握って勝てなかったんだよ。無意識に手加減していたんじゃないか?
 まあ、いい。そろそろ帰るね。君の様子を見たかっただけだから。
 心がそこまで折れているなら、私としても気分よく放置できる」

 会話を打ち切って背を向け、洞窟から出る。
 ここまでの道のりは、ほぼ断崖絶壁に等しい傾斜のはずなのだが、クレオには少しの苦労も見えない。

「お前の目的は何だ?」

「一つ教えてあげよう。君たちスーパーヴィランが、宿敵と見なしたヒーローに勝てない理由そのものだ」

 振り向かずに、彼女は呟く。
 軽々としたトーンは、外で吹きすさぶ強風にも消えない存在感があった。

「スゲーマンについて。彼を凡夫・常人と見なすのは当然だ。しかし、彼と深く接すれば理解できる。
 彼は“人間でいる”ことの天才だ。その純正さ、完璧さこそが、彼を彼たらしめている。宇宙の至宝たらしめている点さ。
 彼はどれだけの力を持っても、あらゆる性質を付与されても、“人間”より昇ることも堕ちることもない。
 真に恐ろしいとは、あの特別性のことを言うだろうとさえ思うね」

 突然の講釈。
 二代目セイメイは反応ができない。
 彼の中にあるセイメイの記憶を通したスゲーマンの姿とは、違っていたのもあった。

「そう。寝耳に水だろう。
 我らの前世は、スゲーマンの特異性にのみ心を囚われ、人間性は見くびるばかりでいたからね。
 しかし、今言ったことは彼の友人なら誰もが大なり小なり理解できたことだ。

 アークヴィラン、アークエネミー、アークネメシス。
 まあ、ヒーローの宿敵の呼び名は様々だが、彼らは皆、己の鏡合わせとしてヒーローを睨みつける。
 鏡だから正面しか見ない。
 彼らアークヴィランと称される各々の宿敵は、恋の熱情を籠めて鏡を見るから、宿敵を多角的に見ない」

 スラリと長い指を鳴らすと、小気味よい音が洞窟に反響した。
 手品を披露する奇術師めいているが、別に何も披露していない。
 ただキザなだけだ。

「私は違う。ジェーンの額にキスをし、頭頂部の匂いを嗅ぎ、膝に乗せて腰を抱き、豊かな髪に鼻をうずめている。
 君たちと私では、立っているステージが違うんだ」

 つまるところ、と彼女は振り向いた。
 その双眸は底知れぬ情で粘ついていた。
 目を爛々と輝かせ、満面の笑みを浮かべてヒーローに襲いかかるスーパーヴィランとは、まるで違った。

「私の行動目的は“純愛”だよ。それが私と、君たちスーパーヴィランの違いだ。
 じゃあ、君はここで終わりだ。よく役立ってくれた」

「お、終わり……?」

「おっとごめん。怖がらないで。表舞台に出ないなら、一生負け犬として隠れて生きていいよ。殺す気はない。
 同じオリジンを持つ転生者でも、私は君の全てにおいて優位にある。私がいれば、君の役目はない」

 それは慈悲であり、クレオなりの敬意の表れだった。
 この名も忘れた青年は、彼女にとっての汚染物質をずっと脳内に留め、なおかつ発狂もしなかった。

 人格が完全に呑まれているとは言え、さらには人格もアップデートが見えていた。
 頭脳は遠く及ばずとも、この青年は前世が持つ無限の悪辣を見せていない。
 同じ前世の誼として、ふざけた百万年から離れる機会を与えてやった。

「ふざけるなああああ!!」

 だが彼女なりの善意は通じなかった。
 侮辱され、一顧だにされないことに青年は激怒し、感情任せに襲いかかった。

 言いっぱなしで、彼の拠り所に一切の価値も見出さない彼女の存在を許容できなかった。

 両脚が膝下から切断された。
 翼はもう無くしていたので、浮遊できずに大きく転倒した。

「やれやれ……これでも君のことは尊敬しているんだよ?
 あんな記憶を持つ不快感によく耐えてきた。さぞ辛かったことだろう」

 そう言ってクレオは男の首を持ち上げた。
 首から下は泣き別れした両足と一緒に、無造作に捨て置かれている。

 相手がそうと認識しない内に、二代目セイメイの首は胴体から切り離されていた。

「これでもう前世に悩まされることはないね。
 にしても軽い頭だ。空っぽだから、前世以外もたくさん入っただろうに」

 首を手遊びにぽんぽんと浮かべながら、彼女は洞窟を出た。
 その瞳は冒険に恋する少年の輝きだった。

「もうすぐ君にとっておきをプレゼントできるよ、ジェーン」

 愛の落ち着きはまるでなかった。
 彼女の類まれな頭脳は、計画が成就した際の聖女の反応のシミュレーションに、全ての脳細胞が投じられていた。
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