32 / 92
2章 Secret Origins

【二】目元ってそんなに大事なの?

しおりを挟む

とにかく王都に行って、何が起きているかを突き止めよう。
そう決め、馬車を乗り継いで移動していた。

「あー、空飛びたいー」

ジェーンがぼやいた。
どうやら、徐々に空を飛ぶのが好きになってきているようだ。
よかった。僕も空を飛ぶのは大好きだ。

馬車にはもう乗れないし、正体も明かしてしまったので、
仕方なくあの後はずっと歩き通しだった。
早歩き気味ではあるが、それでも馬車より移動速度は大幅に落ちている。

心地よい陽気だ。
歩くのも悪くないだろう。

「ねえ。やっぱり、あたしがおんぶして走りましょうか?」

「駄目です。目立ちます」

普通なら、前世である僕の鋼鉄の身体を継承したジェーンなら、
何が起きても問題はない。
高速移動して、さっさと目的地に到着してもいいはずだ。

──用心は大事だ。

人目を避けようと主張したのは僕自身だ。
先の戦いで、宿敵セイメイが転生していると判明した。
ああいう存在が他にもいるとなると、
下手に高速移動をするのは危険すぎる。

僕の世界──正確には、この世界は僕のいた時代の遠い未来だ。
過去と表現するなら、空を飛ぶ存在は
鳥、飛行機、魔法使い、宇宙人、異世界人、クマ、妖怪、モンスター……と実に様々だった。
だが現代では、鳥と魔物しか空を飛ばない。
高速移動ができる存在も、どれほどいるのかわからない。

これでは近道をしようとすれば、たちまち目立ってしまう。
ジェーンの活動範囲がリトルファム内に限られている以上、なおさらだ。

「こういう時に、過去の積み重ねが大事だってわかるわね。
 農場に出なかったら、とっくにバテてたわ」

馬車を降りてから十時間、歩き通しだが、
二人に疲れは見えない。
ジェーンは僕の体力を引き継いでいるとはいえ、
シスマのタフネスには舌を巻く。

「もうすぐ王都に着きますよ。
 また変装してくださいね」

手配されたとわかった瞬間、
シスマはすぐ近くまで来ていた。
それからジェーンを匿い、これからどうするかを考えたのも彼女だ。
猪突猛進な聖女の“外部頭脳”たるメイド長。
彼女が現れた瞬間、ジェーンは明らかに落ち着きを取り戻した。

「えー。あれ、つまんないからやだー」

「スゲーマン様が言っているでしょう。
 『頭のいい人は、予想もできないことをしてくる』と。
 貴女が隠れなければ、ここまで歩いた意味がありませんよ」

「それは嫌だけども……息苦しい」

渋々と、シスマが作ったマスクを手でいじる。
わがままを言われると困る。
それに、せっかくシスマが作ってくれたのだから、使うべきだと思う。

──ドミノマスクにする?

それはそれとして、少し提案してみた。
ドミノマスクは、目元だけを隠す蝶のような仮面だ。
人間は目元が変わるだけで、驚くほど判別できなくなる。
僕も前世では、目元の演出には特にこだわっていた。

「それ、逆に目立たない?
 ドミノマスクって舞踏会でつけるやつでしょ」

「今は自己表現として奇っ怪な格好をする人もいますから。
 いいかもしれませんね。
 せっかくマスクを作ったのですが……」

「まあ、何かに使うでしょ。
 やり方は覚えたから得したわ」

シスマに頼み、さっとドミノマスクを作ってもらう。
メイド長らしい手先の器用さで、
簡易的ながら整ったマスクを彫り上げてくれた。

「造りはあまり堅くありません。
 激しい運動はしないでくださいね」

「ありがとう。すっごく快適ね。
 でも……バレそうな気しかしないわ。
 ほぼほぼ、あたしの顔がお天道さまに露出してるじゃない」

受け取るとすぐにドミノマスクを装着し、
頭をぶんぶん振って、落ちないかを確認する。
彼女の特徴的な豊かな長髪に、
目元まで隠れるマスクが加わると、
髪の主張がさらに激しくなった。

全体的に肉付きが良く、
胸囲も臀部も大きい彼女は、
その姿だと女子プロレスラーのようにも見える。
人の目を集める適性があるのだろう。

「いえ。目元が隠れていれば、大丈夫です」

「そうなのかなあ」

バレたらその時はその時──
そう割り切っているのか、
彼女はそれ以上気にしなかった。
もう、あの巨体に戻りたくもなかったのだ。

「着きましたよ」

「イエーイ」

巨大で遠大な弧を描く城壁。
門には衛兵が詰め、
ジェーンが手配された影響か、
出入りする人々は厳重な検査を受けている。

「こちらです」

しかし、二人が向かうのは正門ではない。
城門から離れた、下水道の排水口付近だ。

岩が積み重なった隙間にシスマが手を入れると、
スイッチが作動し、岩の代わりに扉が現れた。
土属性魔法で入口を覆い隠していたらしい。
わんぱくな子供なら、入り込みそうな岩の隙間だ。

「ご安心を。
 私の血にのみ反応する仕掛けです」

メイド長の指先の傷から血が伸び、弾けた。
事情通の彼女がいてくれて、本当に助かる。
僕達だけなら、正面突破していただろう。

おかしいな。
僕もジェーンも研究者だったはずなのに、
どうして潜入がこんなに苦手なんだ。

「さあ、入りましょう」

そう言って踏み出しかけた瞬間、
彼女の手の横に矢が突き刺さった。

黒尽くめの装束の男女が二人。
一人は射出直後のボウガンを構え、
もう一人は長弓を引き絞っている。

経験豊富な僕には、一目でわかった。
これはエージェントだ。
どこの組織に属しているのか曖昧で、
気づけば所属が変わっている、あの手合い。

……こういう連中、退職手続きってどうなってたんだろう。
生きているうちに聞いておけばよかった。

「ジェーン・エルロンドの右腕ですね」

「貴女を拘束します」

「私が誰かわかった上での発言ですか?」

「史上最強の代行者。
 最強の魔法使い──血剣のシスマ」

「全エージェントの憧れです。
 公爵家もろとも引退する、その日までは」

ジェーンが倒そうかとそわそわするのを、視線で制す。
今バレているのは、フードの下を見抜かれたメイド長だけだ。
元聖女はドミノマスクのおかげで、正体が割れていない。
剥がされない限り、ジェーンだとは気づかれないだろう。

「本当にバレてないの?
 なんで?」

──目元を隠しているからだよ。

「シスマはバレてるわ。
 顔の大半が見えないくらいフードを被ってるのに」

──目元を隠していないからだ。

「……目元って、そんなに大事なの?」

腑に落ちない様子で、ジェーンはマスクをぺたぺたと触る。
せっかく作ってもらったのに、
もう指の脂でべたべただ。
マスクへの敬意が足りない。

僕は素顔で活動していたが、
マスクや眼鏡に指紋をつけるのは、良くないことだと知っている。

「私達は皆、貴女の名を追い、
 いつかは追いつくことを目標としてきました。
 今日この時、修練が実ったと証明してみせましょう」

「どうか……刃が錆びついていないことを」

そう言い残し、ボウガンから矢が連射される。
一発一発がライフル並みの威力だ。
しかもこれは矢。
弾丸にはない長所がある。

──軌道を自在に変えられる。

ボウガンでも、それは変わらない。
水切りのようにスナップを効かせて引き金を引けば、
矢は左右にも上下にも揺れながら飛ぶ。
これを、どう捌くか。

さらに厄介なのはもう一人だ。
弓の下部を地面に設置し、矢を番えた構え。
遠距離狙撃が本領の長弓で、
なぜ姿をさらしているのか。

「貴方達、どれだけ鍛えていますか?」

「基本修練は、同期五位で卒業した!」

「……なるほど。
 学生時代の栄光にすがる程度だと、わかりました。
 それで十分です」

「老兵が──」

言葉は、途中で止まった。
顔面が、見る見るうちに蒼白になる。

予測不能な軌道を描く矢が、
すべて容易く叩き落とされていた。

「馬鹿な……!」

「曲がる前に叩けば、
 ただ直進する矢でしかありません」

血剣の異名に違わず、
自らの血液を刀身として形成し、
手足のように自在に操っている。

鏃が削った血液は赤い霧となるが、
それすら再吸収し、ダメージにはしない。

「そんなことができるわけない……!」

落ちていた矢の欠片を蹴り上げる。
破片は長弓を握る手に突き刺さり、
痛みで反射的に手放した瞬間、
シスマの長い脚が顎を打ち抜いた。

ボウガンの使い手は、
愚直に連射・速射・曲射を繰り返すが、
的確な対処によって、すべて撃ち落とされる。

「基礎訓練は、続けるものですよ」

ボウガンを奪い取り、
鳩尾に膝を叩き込む。
相当な凄腕だったであろう二人を、
あまりにも鮮やかに制圧した。

──流石はシスマだ。

動きはシオンに似ているが、
練度は明らかに彼女の方が上だ。
戦えることは、
長年ベイビー同然に守られてきたジェーンにもわかっていたが、
ここまでとは思っていなかった。

呆然とした溜め息とともに、
小さく拍手を送る。

「しばらくは、私が露払いをします」

彼女の先導で、
下水道脇に設けられた隠し通路へと入っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

神託が下りまして、今日から神の愛し子です! 最強チート承りました。では、我慢はいたしません!

しののめ あき
ファンタジー
旧題:最強チート承りました。では、我慢はいたしません! 神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜 と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます! 3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。 ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです! ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 非常に申し訳ない… と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか? 色々手違いがあって… と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ? 代わりにといってはなんだけど… と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン? 私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。 なんの謝罪だっけ? そして、最後に言われた言葉 どうか、幸せになって(くれ) んん? 弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。 ※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします 完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと
ファンタジー
息苦しい貴族社会から逃げ出して15年。 元公爵令嬢の私、リーナは「魔物の森」の奥で、相棒のもふもふフェンリルと気ままなスローライフを満喫していた。 そんなある日、ひょんなことから自分のレベルがカンストしていることに気づいてしまう。 ​「せっかくだし、冒険に出てみようかしら?」 ​軽い気持ちで始めた“冒険の準備”は、しかし、初日からハプニングの連続! 金策のために採った薬草は、国宝級の秘薬で鑑定士が気絶。 街でチンピラに絡まれれば、無自覚な威圧で撃退し、 初仕事では天災級の魔法でギルドの備品を物理的に破壊! 気づけばいきなり最高ランクの「Sランク冒険者」に認定され、 ボロボロの城壁を「日曜大工のノリ」で修理したら、神々しすぎる城塞が爆誕してしまった。 ​本人はいたって平和に、堅実に、お金を稼ぎたいだけなのに、規格外の生活魔法は今日も今日とて大暴走! ついには帝国の精鋭部隊に追われる亡国の王子様まで保護してしまい、私の「冒険の準備」は、いつの間にか世界の運命を左右する壮大な旅へと変わってしまって……!? ​これは、最強の力を持ってしまったおっとり元令嬢が、その力に全く気づかないまま、周囲に勘違いと畏怖と伝説を振りまいていく、勘違いスローライフ・コメディ! 本人はいつでも、至って真面目にお掃除とお料理をしたいだけなんです。信じてください!

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

処理中です...