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2章 Secret Origins

【三】死ぬならせめて過労死だわ

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地下通路を進む。
悪臭はないが、明かりもない。
光を吸収する魔法のガジェットでも使われているのか、無明の通路を灯りもなしに、メイド長に手を引かれながら進んだ。

「あなたって本当になんでも知ってるし、できるわね」

「公爵家お抱えのエージェントですから。
 要求される技能は多岐にわたります。
 およそ、人間にできることはすべてこなせるように仕込まれました」

「誰に?」

「貴方のお父様と、私の師にです。
 表に出せない仕事は私がやってきました」

「うちって、やっぱりそういう担当がいたんだ」

「国防の要も担っていらしたのが、貴女のお家です。
 国中を回り、戦場にも何度もお供しました」

「それが、あたしの付き人になったの?
 退屈じゃなかった? 毎日、交渉とお金の管理なんて」

「まさか」

暗くて見えない。
超視力を発動させても、彼女が先にいるから正面はわからない。
しかし、シスマが笑ったのはわかる。珍しいことだ。長年一緒にいるジェーンも目を丸くした。

「貴女ほど刺激的な人物はいませんよ。
 おかげで実質的に失業しましたが。
 貴女を補佐した私のせいだと、自業自得とも言われました」

ジェーン・エルロンドは世界の注目の的だ。
大半の国家が彼女の食料革命と技術提供に依存し、学習を進めている。
数多くのスパイが潜り込んでいるという話は聞くが、直接の雇用主であるエルロンド家の覇気が、大農業時代によって失われれば、使われることもなくなるのか。

最強の魔法と名高い(僕の時代では)血水魔法の達人を解雇したのだから、ジェーンの父がどれだけ投げやりになっていたかも察せる。

「父って豪快ぶってるけど、小心者だからなあ。
 もっとお金、払ってた方がよかった?」

「貯金も飽きたところでしたから、問題ありません」

「結婚資金がほしかったら、いつでも言ってね」

「まずは貴女が落ち着いてからです」

「あたし、結婚する気ないけれど」

「そういう意味ではありません。
 ですので、永遠にその時は来ません」

そう言っているうちに、隠し通路の出口に着いた。
言葉の意図はわからなかったが、気にせず話を続ける。

「とにかく、これからもよろしくね。
 あたしにとっての家族は貴女くらいなんだから」

──僕は?

「実体のある家族は、貴女くらいなんだから」

開かれる扉の隙間から太陽光が差し込む。
向こうには王都の内部が広がっているはずだ。
暗闇から光の空間へ踏み出した瞬間、さっきの十倍はいるエージェントに囲まれていた。

「ジェーン様。申し訳ありませんが……」

血水魔法が発動し、ジェーンの血液が動く。
それに連動して、聖女が空に浮かんだ。
そうか、これなら僕がやらなくても空を飛べるのか。

戦い慣れした敵陣は、相手の動きを少しも見逃すまいと、即座に浮いているジェーンを警戒した。

「その傀儡が何かは知らないが……
 いかに血剣と言えども、この数に太刀打ちできるとでも?」

「奥の手を使わせたのは評価しましょう」

ジェーンの四肢が、ごきり、ごきりと音を鳴らして動く。
血流マッサージを施しているのだ。鋼鉄の身体の持ち主にできる指圧。疲れが取れるに違いない。

だが実態は快適なマッサージでも、外から見れば正体不明の肉人形を無理矢理に動かしているようにしか見えない。
総攻撃を受ければ為すすべなく死ぬだろうが、シスマはおくびにも出さず、鉄面皮を保ったまま告げた。

「ようやく広まった誤解を正す時が来ました。
 私は血拳のシスマです」

嘘だ。だが相手には、それを悟る術がない。
両手の拳を突き出したジェーンが、ぶんぶんと振り回される。

「…………?」

よくわからないが、信頼している身内がやっていることなので、ジェーンは無言でされるがままになっている。

メイド長は鋼鉄のジェーンの血を操作し、敵陣の真っただ中へ突っ込ませた。
ボウリングのピンに大砲で砲弾を撃ち込んだようなものだ。甲高いというより、バリバリという音を立てて黒装束の群れが跳ね上がった。

シンプルだが強力な攻撃だ。
なにせジェーンは硬い。しかもシスマの術の行使速度は爆速だ。血の人形を音速で動かすことができる。

国の暗部が誇る百戦錬磨のエージェントたちは、両腕を振り回して暴れるジェーンに手も足も出ず、蹂躙された。

「馬鹿な……!」

圧倒的な数の利が覆され、最後まで意識のあった者が慄いた。
首を踏みつけ、優しく眠らせてから、シスマは主を降ろす。

「殺さなくてよいのですか?」

「スゲーマンに言われた意味がわかってきたの。
 もっと生命を見ろって言葉が」

おお。ここでヒーローとして決意を新たにするターンか。
ジェーン……少しの間でどんどん成長して……。
今の君なら、ヒーローチーム加入も打診されるよ。

「だって、この国の人達ってみんな、あたしの事業の労働者じゃない。
 もう稲作は手放したけど、これからだって、たくさんみんなに働いてもらうわ。
 生命は尊いものよ。それなら、あたしの下で働き尽くして死ぬべきだわ」

いや、生命っていうのは、そういう経営者のライフハックで語るものではなく……。
……合ってるのかな?
まあ……良いかな……。進歩はしてると思う。
とにかく生命の尊さがわかったなら、百点満点中の三百点だ。

「そういう問題ではないと思いますが」

「そういう問題よ。
 誰が身内を殺した雇い主のところで働きたいのよ。
 あたしなら……両親はどうでもいいか。
 でも、そう! ふんぞり返った偉いのがあなたを殺したら、絶対にパンチだわ!
 ていうか考えたら、『死ぬならせめて過労死だわ』と思ってたけど、それも違うわね。
 労働者には優しくしましょう! 怠けない範囲で!」

「まあ……そうかもしれませんね。
 殺す殺さないの話から、経営者の視点にずれましたが、
 労働者には優しくすべきです」

苦笑しながら、シスマはジェーンについた大量の土埃を丁寧に払っていく。
この期に及んで世話を焼かれることに、むず痒さを覚え、ジェーンはくすくす笑った。

襟元を正し、いつも通り、どこに出しても恥ずかしくないレディの姿へ整える。
奉仕を続けながら、メイド長は小声で言った。

「少なくとも、貴女の人生は私にとって無上の喜びですよ」
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