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2章 Secret Origins
【二十五】あの野郎!!
しおりを挟むシスマの主が親友と和解の抱擁を交わしていた間、
彼女はエドガーと一緒に別のところを飛ばされていた。
周囲にはなにもない。
彼女の見覚えのある地点だった。
王都に至るために通った地下通路だ。
虚空から放り出された瞬間、身を伏せて周囲を警戒する。
エージェントだった過去に違わぬ身のこなし。
明かり一つない空間には敵の気配はなかった。
「ここにジェーンはいないよ、姐さん」
気配を一切感じさせず、シオンはシスマの腕を斬り飛ばした。
突然の凶行。
重力に縛られていないかのように浮遊する自身の腕。
そのはずだが、四肢の一つを喪ったシスマに驚きはなかった。
「シオン……!」
片腕を抑えないまま臨戦態勢を取る。
「血水魔法には頼れない。
ジェーンは遥か彼方にいる」
血水魔法は最強の魔法だが、
どんな時でも誰が相手でも行使できるわけではない。
彼女のマナを刻んで契約した者の血を自在に扱えるものだ。
条件と言うには軽いが、それでも縛りは縛りである。
「悪く思ってもかまわない。
本心を言うとな、ずっと計画していた。
クレオの次は俺が挑戦していいと思う。
だってあいつ、殺す気は毛頭なかっただろ。
こっちは殺したくてたまらなかったのに」
「なにに挑戦するのですか」
「ジェーン・エルロンドを殺して
奴の魔の手から世界を救うのさ」
予想はしていても立て続けすぎた。
メイド長は形の完璧な額に手を当てる。
「あの人、嫌われすぎでしょう……」
血水魔法でジェーンの血液に干渉し、
彼女を操り人形のように動かして兵器にできる。
近くにジェーンのいないシスマは、
主を使った術が封じられたも同然だった。
「皮肉なもんだ。
元はあいつの父親に命じられて
監視していただけだったのにな」
「何を考えているのですか。
貴方に戦い方を教えたのは、この私です」
つま先に鉄板が仕込まれたブーツ。
それによる蹴りを放たれ、逆手の短剣でいなす。
返し刀で来る裏拳を避け、
腕の腱を狙うが片手では防護服に負ける。
「さあどうする?
片手、それも術なしで俺に耐えられるかい?」
「ジェーン様に何をするつもりですか。
それがわかれば……」
「そうだ。どうする?
俺は王位継承者だ。
殺せば主に迷惑がかかるだろう」
「行方不明になってもらいます。
やり方は実演したはずです。
死体を消せば貴方は誰にも見つかりません」
「怖い怖い」
クレオを相手取っても持ちこたえられる情報処理能力のあるシスマ。
だがシオンの放つ攻撃と連撃は速度を増していく。
耐えようとしても癖を知っているのはシオンも同じだ。
「覚えているかい?
あんたが俺を助けた日のことを。
母も兄弟も従者も全員が
糞ったれな政治劇で殺された。
全員が事故死と発表され、
俺だけが生き残ってあんたに引き取られた」
「エルロンド公が王族の駒を求めたからです」
「姐さん。
修行はキツかったよ。
おかげで今の俺があるだろうけどな」
片手が使えないシスマだが、
地形を熟知しているというアドバンテージがあった。
エドガーに危機がない場所へ誘導し、
二人が半身でなければ動けないところへ移る。
「王族には過ぎた頭脳と技術を修めた。
だから思った。
この国を変えるのは俺しかいないと」
「失礼いたします、ジェーン様」
「俺も太陽になりたいんだ」
主に設定していた契約を解き、
自らの血液を動かすように切り替える。
斬り飛ばされた腕から血の腕が飛び出た。
血液の腕。
ジェーンにあつらえた血のマントと同じ原理のものだ。
しかし使い手のスペックが圧倒的に違う。
シスマの血の腕は短長も硬軟も自在だった。
「自分の血を使うのか?
俺の血を使えばすぐに終わるだろう」
「やってみましょうか?」
シスマが細く長い指で
弦楽器を弾くように虚空を奏でる。
それだけでトリックスターめいた振る舞いばかりを好む
王族の男が脂汗を流して這いつくばった。
両腕両足、首の腱が伸び切り、ぶるぶると痙攣を続ける。
体中の血が動脈・静脈を無視して流れ、沸騰している。
眼球が罅割れかけ、
泡立つ血液が爪を押し上げた。
血水魔法による攻撃は常にこうなる。
抗える者はいない。
本来は。
「対策しているのでしょう?
早く立ちなさい。
無策で私に挑む愚か者なら
元より相手にするまでもありません」
「相変わらずステキだよ、あんた」
懐から薄地のグローブを取り出して装着する。
クロエが使っていた特製のものだ。
マナの回路が刻まれ、
淡く光ると体内の血液が正常化していく。
「クレオ様から取っていたのですね」
「どうしても欲しかったんだ。
凄いだろ。
マナの流れを瞬時に分析し、
術の波長に見合った干渉をするんだ。
どれだけの技術が籠められているか想像もつかない。
ところで盗みは犯罪か?
俺は王族だからいいよな」
無駄と理解したシスマは
相手から血水魔法を引き上げた。
そうして彼女の断たれた腕の断面から
真紅の義手が生えた。
半身になって滑り込めるほどの幅。
両横が岩壁に狭く直立している。
横方向には動けない。
前に進むか後ろに退がるかだけ。
「この腕に地形はありませんよ」
「俺の動きを神出鬼没、千変万化と称したのはあんただろ?」
「世辞を真に受けると身を滅ぼします」
血腕が四肢の形をやめ、
下方に落ちて懐へ滑り込み垂直に跳ねる。
同じ瞬間、同じ軌道をシオンもする。
血水魔法と同じ動きだが違う。
彼は血水魔法を模した武術の動きを仕込まれていた。
腕は硬度を増し、鈎爪となって首根っこにかかる。
引っ張ると男は前に転び、
そこに蹴りが入り顎を蹴り飛ばされた。
「ちゃんと防御していたぞ」
直撃はしていない。
サッカーボールキックは両手で受け止められていた。
「もう終わりですよ」
岩壁に斬られた腕を押し付けていたシスマが頷く。
壁には無数の亀裂があり、
そこに血を流し込み、
地下空間一帯を掌握した。
「落とします」
岩盤と岩壁が凝縮され、
シオンの姿は闇に埋もれた。
落とされた腕はあっさり割り切り、
シスマはエドガーを回収しようと背を向けた。
そこにさらに白刃が翻った。
少年二人が同時にシスマの腕を落とさんとした。
「甘いですよ」
彼に少年の助手が二人いるのは聞いていた。
あっさり読んで、おそろいの足型を鳩尾に作ってやる。
堪らず倒れたシオンの部下二名。
殺すつもりはなくとも、積極的に助ける義理もない。
先にシオンの亡骸を確認し、
処理をしていてもそのままなら考えるが、
その間なら好きに逃げれば良い。
昏倒した少年たちを無視し、
足を進めたシスマの、もう片方の腕も飛ばされた。
「なに……!!」
一瞬で岩の山を持ち上げたシオンが、
尖った石を投げ、
彼女の残りの腕も切断した。
「流石だな。死を予感した」
全身の埃を払い、
傷も痣もなく、男は立っていた。
「馬鹿な。あなたにそんな力は……!?」
眉を上げ、
両腕を失った彼女は冷静に状況判断に努める。
自警団の武装をしたシオンだが、
戦いによってマスクの一部が破け、
頭髪が露出していた。
太陽の意に金色に光る髪が。
「あなたは……!?」
「そうだ。
俺の前世はジェーンと同じだ。
あいつとは、いわば魂の兄妹といったところか」
スゲーマンの怪力を、
ここで使われてはたまったものではない。
両腕がないのは血水魔法を使えばどうとでもなるが、
圧倒的なパワーの前には打つ手がない。
なんとか相打ちを狙えるか考えたシスマを、
煙幕が包んだ。
車輪の駆動音が聴こえ、
金属の腕が彼女とエドガーを抱えて逃げる。
シオンは追って来なかった。
地下通路から救出された彼女たちを、
血相を変えたジェーンが出迎えた。
「シスマ。よかった、無事で。
……いや待って、これ全然無事じゃないわ!
腕がなくなってる!
あなたがこれをやったの!?
ぶっ殺すぞ、貴様!!」
両腕を喪失したことを知った主は、
メイド長と弟の命の恩人に食ってかかる。
「違うって!
お前の婚約者がやってたよ!!」
首から下をゴーレムと同じ金属鎧に置き換えた、
以前にジェーンと対決した青年が訴える。
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普通の野心家程度の歪みに留まった彼は、
今は血のすべてを抜かれたことで、
前世の影響から抜け出していた。
「ああ!?
シオンの野郎か!!!
赦さねえ、赦さねえぞ、あの野郎!!」
聖女ジェーン・エルロンドは、
前世譲りの農家らしい荒々しい口調で、
特に問題なく、
許嫁への闘志を燃やした。
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