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第二章:セシリア10歳、社交界デビューする。
第4話 一番凄いのは
しおりを挟む話がひと段落したので、セシリアはここで一度紅茶で口を湿らせた。
そして自身の話を脳内で振り返り、クスクスと笑う。
「それにしてもあの方々、あまりにも警戒心がなさ過ぎてちょっとビックリしてしまいました」
あの人達とは、もちろん他貴族達の事である。
そしてそれは、マリーシアにもちゃんと伝わったのだろう。
まるでつられたように、彼女もクスクスと笑う。
「それは全くもってその通りなのだけど、そのお陰でこちらは時折得をする事もありますしね」
私達側からすると「有益な情報をタダで垂れ流してくれてありがとう」と言いたい気持ちになる。
そう言葉を続けた姉に、セシリアは「まぁ確かに」と頷いた。
そして考える。
いくら大人たちとはいえ、ああいう場で彼らがはしゃぐのもまぁ仕方が無いのだろう、と。
そもそも話をする事、中でもとりわけ噂話をする事は、貴族にとっては一種の娯楽だ。
社交のオフシーズン、貴族は皆それぞれの領地に籠っている。
そんな期間は、仕事に忙殺されている当主はおろかそれ以外にとっても何かと味気ない。
たまには友人同士で領地内を行き来することもあるが、領地を渡らねばならないのだから少なからずの長旅だ。
頻度はそう多くない。
だからこそ、噂話というのは有用だ。
噂話とは、様々な想像力を駆り立ててくれる。
その為、その話を思い出し想像するだけで、それは彼らの娯楽になり得るのだ。
だから社交始めの王城パーティーでは特に、今までの気晴らしも兼ねて皆の口が軽くなる。
(その気持ちも、分からなくは無いけど……)
それでも、あまりにも情報管理に対して鈍感だと思わずにはいられない。
例えばとある領主が「今年は作物が豊作だった」と声を大にして自慢していたとしよう。
するとまず、少なくともその領内での当該作物の物価は下がるだろう。
つまりその作物をその領地で買えば、いつもよりもそれだけお得になるということだ。
もしかしたら物価の上昇は微々たるものかもしれない。
しかし大量発注ならば、その差は必然的に大きくなる。
それこそ、バカにできない様な金額にだってなるだろう。
加えて例年よりも豊作ならば、その領地の税収も相対的に上がる。
結果、その貴族家の財布は潤う。
普段は買わない物だって、もしかしたら財布の紐が緩んで買うかもしれない。
そうなれば、自領の名産をアピールして他領へと流す良い機会となるだろう。
また、領地を股にかけた共同プロジェクトにだって当該領地取り込む事ができるかもしれない。
プロジェクトとは、つまりは『試み』だ。
だからどうしても金銭的余裕がなければ参入できない。
そういう意味でも狙い目だ。
この様に、例えどんなに些細な情報にだって価値がある。
情報は、すなわち武器だ。
たった1つの事を既知があるだけで、相手の優位に立つことができる代物だ。
にも関わらず、貯めてきたストレス発散のために、その優位性をふいにするなど、どう考えても愚策である。
それに。
(もしも有用と無用を選別したつもりであの体たらくなんだとしたら、それはそれで阿呆よね)
実際にソレが出来ていないという事なのだから、阿呆以外になんと呼べば良いのかセシリアには分からない。
などと考えていると、ちょうどカヌレに手を伸ばしながら、今度はキリルが訪ねてくる。
「そういえばセシリーは、どんな方法で貴族の情報を教えてもらったの?」
そう問われて、セシリアは一瞬キョトンとする。
(一体なぜ、そんな事を……あぁ、もしかして)
最初はその質問の意図を測りかねたものの、すぐに思い当たるものを見つけて言葉を返す。
「もしかして、キリルお兄様もマリーお姉様も、社交界デビューの日にそれぞれ違う方法で教えてもらったのですか?」
その声に、キリルが「正解」と肯首する。
「僕の時は人同士の関連性を主軸にして、その順番に沿う様に貴族達の顔を教えてもらった」
「私の時は名前と顔を先に全て、その後にそれぞれの関連性について教えてもらったの」
2人のに、セシリアは「なるほど」と納得の声を上げた。
オルトガン伯爵家の3兄妹は、総じてIQが高い。
それに伴い、記憶力も揃って良い方である。
しかし得意とする記憶法については、各々に個性があった。
膨大な量の全てを記憶しようとした場合、キリルは物事に与えられた関連性辿って、「1から2、3」という様に、順番にに覚えていく方が記憶しやすい。
だからおそらく彼の頭の中には『貴族の歴史』という名の一冊の本が出来上がっているだろう。
貴族同士の関連性がつらつらと書かれている本文の合間に、時折名前の注釈として登場人物の写真が挟まれていたりする、そんな本だ。
一方、マリーシアは目で見たものをそのまま覚えるのが得意だ。
映像記憶をまるで写真を撮るかの様に脳内に焼き付ける事ができるので、その特性を主軸に覚える。
だからきっと彼女の脳内には、顔写真に名前を書き線で繋いで関係性を示す、いわゆる『相関図』の様なものが完成している。
2人の説明から、セシリアはそう予想した。
そしてその上で、自分はどの様に覚えていったかを思い出す。
「私は、片っ端から手あたり次第に全員の顔と名前を覚えてつつ、関連性についても覚えつつ、っていう感じでした」
そう、おそらく特に教えられる順番に考慮は無かったと思う。
強いて言うならば、「会場内の入り口側から順番に」だろうか。
「勿論その覚え方だと関連性について聞いた時点ではまだ知らない人が出てくる場合もあるけど、そこはとりあえず空欄扱いにして「また後で」という感じで……」
話しながら、あまり上手く説明できていない事をセシリアは自覚していた。
自分が普段から当たり前にしている事ほど、周りに説明するのは難しい。
それをこれほど切実に体感したのは初めてだ。
その事を少し歯痒く思っていると、キリルが「うーん」と唸りながら口を開いた。
「それってつまり、全て覚え終わった後は僕と似た状態になるけど、覚えている途中はいわゆる『試験問題』みたいになってるっていう事かな?」
「空欄になっている所を埋めなさい」そんな試験問題を想像しながら、キリルが言った。
するとその声に、セシリアが「光明を見た」と言わんばかりに目を輝かせる。
「そう、そんな感じです!」
伝わった嬉しさにセシリアが声を弾ませると、その例えに「なるほど」とマリーシアが納得の声を上げた。
そう、セシリアは記憶の仕方にあまり得意不得意が無い。
となると、何かを覚えるとなった時にはただ単純に「一番早く覚えられる方法」を選ぶのが吉である。
そしてそれが、『片っ端から手当たり次第』なのだ。
こうして、3人それぞれの覚え方が全て出揃った。
すると、まるで示し合わせでもしたかの様に3人が3人とも、唐突に何かを考え込む。
少しの間、沈黙が流れた。
それを破ったのは、僅差で最初に考えをまとめ切ったキリルだ。
「……つまり、一番凄いのはお父様だって事で良いかな?」
三者三様だった教え方。
それを行ったのは父である。
つまり父は、同じ事柄について3人それぞれの特性を把握した上で、それぞれが覚えやすい様に教え方を変えながら説明したという事だ。
そして見事に、3人共に短時間で記憶させる事に成功している。
「そうですね」
「私も異議なしです」
彼を「凄い」と言わずして、一体誰を「凄い」と言えるのか。
そう言いたげな兄の声に、妹たちが間髪なく続いた。
こうして本人不在の子供裁判により、父本人の全くあずかり知らぬ所で彼の株がまた1つ上がったのだった。
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