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第3話 雪のような土地と、雪のような彼(1)
しおりを挟むケルビン様を見たのは、彼が領主になる前の王城でのパーティーで二、三回くらいだっただろうか。
遠目に見かけただけだったし、私側に話す用事はなく彼に至っては誰をも寄せ付けないオーラのようなものを常に出していたような気がするから、本当に話した事はない。
もしかしたら声さえ聞いた事がないかもしれない。
そんな相手の下に嫁ぐ事に、抵抗がなかったわけではない。
とはいえそれは、他の誰が相手だったとしても感じていたものだっただろう――なんて思いながら、私はせっせと荷造りをしていると、様子を見にきたミアが思わずといった感じで苦言を呈してきた。
「マリーリーフ様、その大量の本は置いて行ってください」
「え、でもねミア。お父様がいつ売ってしまうか分からないから、大切なものは持っていかないと」
嫁ぐための荷造りは基本的にメイドたちがするが、あくまでもそれは生活に必要なものだけだ。
マリーリーフ様も、他に必要なものを持っていく準備をお願いします。
そう言ったのはミアなのに、それに従って準備をしていた私に彼女は呆れ顔になっている。
「それにしたって多すぎます。一体何冊になるんですか」
「五十冊よ。これでも一応先方のご迷惑にならないようにと、かなり厳選したんだから!」
「せめて十冊にしてください」
「それは流石に……」
選抜してこの数なのに、更にここから五分の一にまで絞り込むなんて、流石に無理だ。
そう言おうとしたら「本当は五冊と言いたいところですが」と先回りされてしまった。
「……これでも一応、マリーリーフ様の心中はお察ししています。私だって、何も突然嫁ぐ事になり、生活環境も変わる上にご趣味にも著しく制限がかかるだろう貴女にあまりチクチクと言いたくはないのですよ」
呟くようにそう言った彼女の方を見れば、珍しく眉尻を下げたキャラメル色の髪のメイドがいた。
アメジストのように美しい瞳が憂いに揺れる姿は、私なんかよりもずっと美しく、思わず同性であっても見惚れてしまうほどだけど。
「ミアのけちんぼ」
言っている事は結局のところ、私の希望を縛るものでしかない。
せめて今の半分、二十五冊くらいにならないかなぁという打算を込めて、口を尖らせた。
すると彼女は私をスッと感情の覚めた目で見下ろして、無体な言葉を投げかけた。
「分かりました。五冊です」
「えぇーっ?!」
最終的には結局十冊になったけど、説得するのが大変で最後の方はほぼ半泣きだった。
そんな風に色々とありながらも、私と歴史研究を引き裂く結婚までの日々を気持ちが沈み込み過ぎずに過ごせたのは、間違いなくこのミアのお陰だ。
小さなたくさんの配慮……いや、常時平常運転だったかもしれないけど、とりあえずそんな彼女が専属メイドとして結婚についてきてくれる事は、間違いなく私を安堵させた。
教会での誓いは、私があちらの屋敷に滞在し始めて二カ月で行う事になっていた。
普通は先に誓いを立てるものだという事を考えれば、まだちゃんと会って話もした事がない私に対する配慮なのか、それとも可能な限り婚姻を後回しにしたいというあちら側のワガママなのか。
その辺は不明瞭だったけど、婚姻の時期が遅れる事に私はまったく意義はない。
カタカタと馬車に揺られながら、北の地・ノースビークを目指す。
自領から出て、約三か月。
一番の遠出が王都だった私にとっては、人生最大の移動だった。
しかしそれももう終わる。
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