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第二章:初めての社交お茶会に出向く。

第8話 ご機嫌ななめ、どころではない(1)

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 午前11時10分前。

 屋敷に到着すると、入り口には公爵家の老年の執事が待っていた。

 そこで招待状の提示をした所、執事はそれを数秒間じっと見つめた後で「こちらにどうぞ」と2人を先導し始める。


 そうして案内されたのは、お茶会の会場――ではなく、とある一室だった。

 おそらく応接室なのだろうその部屋のソファーに腰を掛けると、執事がすかさず淹れたての紅茶を出してくれる。

 そして綺麗なお辞儀と共に「只今当主を呼んでまいりますのでしばらくお待ちください」と告げて、一度部屋を出ていった。



 彼の足音が完全に聞こえなくなった頃。

「――お母様」

 静かな室内に、そんな声が唐突に聞こえてきた。

「なぁに?セシリア」

 柔からな声でそんな風に応じながら、クレアリンゼは優雅な手つきでティーカップを傾けた。
 そんな母に、セシリアがこう尋ねる。

「招待されたお茶会で会場ではなく応接室に通される。これはよくある事なのでしょうか?」
「そうねぇ、珍しい事だとは思うわよ」

 「絶対に無い」とは言わないけれど。
 そんな風に言葉を続けて、彼女はセシリアに微笑みを向けた。

 しかしその笑みには、大人の世界特有の『含み』が込められている。


 セシリアは、その裏に彼女の確かな『機嫌の悪さ』を感じ取った。

 そして、思わず小さなため息を吐く。


 クレアリンゼという人は、普段滅多に不機嫌になる事は無い。

 しかし一度完全に機嫌を損ねてしまうと、そこからが長いのだ。
 そしてそうなってしまった彼女は、とても怖い。

(今ならまだ、どうにかなる…… かな?)

 もしも怒りのボルテージがまだ発展途上なら、どうにかして彼女の機嫌を取る事が出来るかもしれない。

 セシリアはそう思い、母へと視線を向けた。

 しかし、数秒後。

(あぁ、ダメだ。これはもう『完全に』機嫌を損ねてる。

 一言も発する事なく、セシリアはそんな希望をすぐさま捨て去った。

 母の怒りが完全なものならば、もうセシリアの手には負えない。

 夫であるワルターでさえ、嵐が過ぎ去るのを待つくらいなのだ。
 セシリアがどうにか出来る筈など無いのである。


 しかし、それにしてもだ。

(……一体いつの間に、こんな事に)

 ずっと一緒に居たが、セシリアはその瞬間に全く気が付かなかった。



 馬車では特に問題なかった筈だ。

 となると、必然的に。

(『馬車を降りてから今まで』のどこかに、原因が転がっていた?)

 そういう事になるだろう。
 そうなれば、思い当たるのは……。


 次の瞬間、セシリアは「あぁ」と納得の表情を浮かべた。

 
(ついさっき私がした質問に、お母様は微笑んでいたけれど)

 確かに存在したあの『含み』の正体が、きっとソレだったのだろう。
 
 しかしまぁ、もし今のこれが本当に珍しい待遇なのだとしたら、彼女が腹を立てた理由もセシリアにはよく分かる。

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