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第六話 ちゃんと自分で言いたい事
しおりを挟む多分数日前くらいから、意識が浮上したり潜ったりしている。
それでも彼に会いたくて、手に感じた温かみを道標にして、酷く重い瞼を上げた。
するとそこには、いつもとは明らかに様子の違う彼が居た。
涙を目いっぱい溜めて、私が気が付いた事に喜び、慌てて拭って無理やり笑う。
「おはよう、結奈」
「……ん」
言葉を出すのもしんどくて、頷く事で代用する。
視界が僅かにぼやけている。
まるでフィルターでも掛かったように、全ての感覚が鈍くて重い感じがした。
視線を動かす事さえしんどくて、今にも閉じそうな瞼を懸命に開けているだけで精いっぱいだ。
そこに全力を注ぎつつ、懸命に彼を目に焼き付ける。
あぁもう最後だ、と何故か分かった。
だからこそギリギリまで彼を見ていたいと、そんな風に思わせられた。
「良かった、って、思ってるの」
伝えたい事があった。
残していく彼に最後に、言おうと決めていた事があった。
実はコッソリ手紙なんてものを書いていたけど、やっぱり自分で伝えたくて。
途切れ途切れになりながら、必死に言葉を紡いでいく。
「貴方に、会えて」
「……うん」
私の手に重ねられていた大きな手が、拾い上げられ包まれる。
「笑っ、たり、けん、か、したり」
「うん」
彼の目に、また涙が溜まり始めた。
しかし今度は拭われる事なく、そんな彼を見ていると私の方も泣きたくなる。
泣くな。
泣くな。
まだ泣くな。
言いたい事があるんだから。
したい事があるんだから。
まだ泣いている暇はない。
そう心で言い聞かせれば、気持ちはどんどん逸っていく。
なのに呼吸も呂律もついて来てくれなくて、それが無性にもどかしい。
「楽し、かったの」
「うん」
鼻声で、彼は短く返事をする。
ぼやけてしまった視界には、泣きそうな彼の顔が映っている。
多分それと同じように、鳴くのを堪えた私の顔が彼の目にも映っているだろう。
「ありが、とう」
「うん」
彼の目から雫が落ちた。
泣かないで。
そう言って、その涙をぬぐえたら。
そんな願いさえ今の私には叶わない。
彼には、笑顔が一番似合う。
怒ったり、照れたり、いじけたり。
そういう顔もわりと可愛くて好きだけど、私が一番好きな彼はクシャリと笑って目尻に深い皺を作る、てらいの無い彼だから。
「笑っ、て」
ろれつがもう、回らない。
瞼ももう、限界だ。
それでもどうにか言えたソレに、彼はグッと何かを堪える顔をして、それからクシャッと笑ってくれた。
無理やり笑ってくれたと分かる。
それでもこれは、私だけに向けた笑顔だ。
私だけの為の笑顔だ。
――あぁ、好きだなぁ。
そんな風に思いながら、私はフッと笑った……つもりだ。
もしかしたら、口の端がちょっと上がっただけだったかも。
だけどそれが精一杯で、ついに限界を超えた瞼が下がっていく。
それでも声は聞こえていて、既に喋る気力もない私にずっと、彼は話し続けてくれた。
「……ねぇ結奈、俺達きっと赤い糸で繋がってるから、きっと来世とかでも会えるよ。だからさ、そしたら今後こそ約束を守ってよ。俺がまた君を探し出すから、一緒にバーベキューに行こう」
うん、そうだね。
そんな答えは、もう伝えられそうにないけど。
ほんの少しでも届けと、まだ感じる手のぬくもりをほんのやんわりと握り返す。
思い出すのは、この前書いた彼への手紙だ。
服が入ってる紙袋の中に一緒に入っているから、多分見つけてもらえる筈。
きっと見つけて、くれるよね?
沈んでいく意識の中で、私は最後にそう願った。
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