三度目のエカテリーナ

月輪話子

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三度目のエカテリーナ

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主も御心穏やかな、雲一つない青く澄み切った快晴のあの日。
高い高い断頭台から、苦しいほどに愛おしかった彼女の首が宙を舞った。

まさか…、なぜだ、なぜ彼女が死なねばならない?なぜ若き身空で一人黄泉へ旅立たれるのだ…!

私は衝撃の中、地に伏し血に濡れゆく人のもとへふらふらと近づく。
徐々に鮮明さを増す首の下がきれた死体は、やはり我が愛しのエカテリーナのもので、残酷な事実だった。

「ああ…あぁ…私の、私のエカテリーナ…!!
なぜ…このようなことに!」

愛が隔たれたあの日、私は涙ながらに天に誓いを立てた。

「エカテリーナよ!あなたがこの地を去ろうともこの愛は永劫変わらず!
輪廻が巡りあなたが再び人の身で生まれ来るなれば、
私も彼の地に生れ落ち、必ずあなたを見つけ出すと誓おう!」

そしてすぐ様後を追い心臓へ刃を突き立て、エカテリーナのいない、意味のない世界に別れを告げた。

------------------------------------------------

現在に至るまで、私は三度、因果律の果て、エカテリーナのいる時代に転生した。

一度目。美しく年を重ねた、臈長けるエカテリーナと出会った。
エカテリーナとの再会には42年を要し、既に私も彼女も老いの身であったが、一目見た瞬間直感で互いが分かった。
束の間の幸せな生活を送っていたが、それも長くは続かず、エカテリーナは乳がんで他界した。

二度目は20世紀の極東の島国。高校教師として生徒の加藤エリナ、もといエカテリーナに出会った。
かつての美貌は失われていたものの、内に秘める明朗さや優しさ、正義感は何ら変わっていなかった。
(尤も、外見をいうなれば私の方も不休の捜索活動の代償を頭皮で支払っていた。)

「君が卒業したら、僕と付き合ってほしい。」
禁断の恋の末、彼女は最後の登校日に交通事故で他界した。

そして三度目。今回もエカテリーナと巡り会うことが叶った。
幸運なことに、目前のエカテリーナは生前の面影を残す端麗さと輝かしい若さを持ち合わせていた。

だが、これは…。
主よ、私の愛を試しておられるのでしょうか?
それとも運命に触れる禁忌を犯した代償なのでしょうか?


エカテリーナが…、男にみえるのですが。


「この愛は永劫変わらず」

あの時の誓いは決して出まかせなどではない。
今でも、どのような障害があろうともありのままの彼女に変わらぬ愛を捧げ続ける覚悟だ。
だが「彼」とは…。

いや!待て!実は凛々しい女性であり、私の目が節穴である可能性もある!

そう思い、勇気を出してエカテリーナの方に歩み寄る。

間近で目にする彼女と同じ顔をした青年が、ゆうに6フィートを超す骨ばった逞しい体躯から私を見下ろしていた。
彼の頭は私のそれの半個程上にあるが、彼のズボンをはいたとすれば私はその差以上に裾を切らねばなるまい。

柔さの失せた白磁の肌、短く刈られた亜麻色の巻き毛、神秘の洞穴を思わせる深い碧眼は男の鼻筋の上に飾られ…。

うん完全に男だ。畜生が。
私の悪あがきはより絶望と生物的敗北感を味わうだけの徒労に終わった。

くそう、誓いを立てたのが、ひどく昔のように思える。いや実際そうなのだが。
どうしろというのだ。私はノーマルだ。男と愛を育むことなど…。

いや、大事なのはエカテリーナが今ここにいるということなのだから、友人としての付き合い方を考えても…。

ん?私がジェンダーに拘りすぎなのだろうか…?
確かに男同士でも問題なく愛し合えるということは歴史が証明済みのことだし、
二つ目の転生先ではそういった文化に寛容だった。

そうか…、あぁエカテリーナ、未熟で狭小極まりない価値観をお許しください。

性別がどれほどのものか!
たかが染色体の下一桁が違うだけではないか。
何も悩むことなどない…はず!

貴女が変わるのであれば不肖このアンドリューの愛もまた昇華してみせましょう!


「アンドリュー」

そうこう煩悶している内に、腕組みをした訝しげなエカテリーナが低い声で私の名を呼んだ。
先刻から私が黙りこくっているのを不安に思っておられるのだろう。

貴女より優先すべきことなどないというのに、私は何をやっているのだ!
ですが、ご安心ください。私の愛は!今!進化を遂げました!!

「エカテリーナ!
どんな姿になろうとも…私は」

「アンドリュー。私は過去三度、あなたと一緒になることが嫌で死を選びました。」





… … 何?

エカテリーナは淡々とそう告げた後、私を壁の方に追いやりそのまま逃げられぬよう腕で牢を作った。
これは…ジャパンの文化でいうところの壁ドンというやつだったか。
いや、それはどうでもいい。

「ずっと、言う機会を伺っていました。
しかし非力な女の身で、万一逆上したあなたに絞殺でもされるとつまらないので。
貴方より強い体を得た今、言わせてもらうことにします。」

美男子エカテリーナの体熱と顔がとても近かったが、死刑宣告寸前の状況では素直に喜べない。

「一度目に私が死んだ、断頭台に立った理由は、貴方との婚姻が成立したからでした。」
「なっっ、は?婚約はずっと前からしていたではないですか!?」
「幼い頃両親が勝手に決めたことで形骸化していたし、互いに好いた人が出来たらその限りではない、という話でした。
私の記憶違いですか?」

言い方に不服はあるが、違わない。

「当時私には恋人がいました。
そしてあなたは『騙されている』と喚いて仲を引っ掻き回した挙句、妄想に取りつかれ彼を呪殺しました。
これも事実ですね?」
「…奴の愛は偽りでした。貴女を装飾品と同一視したような発言や、下賤の身の上を弁えぬ馴れ馴れしいあの態度!
愛を持たぬ者に慈悲なき裁きが下るのは当然のことでしょう。」

エカテリーナは私の言葉に眉根を寄せ、尊顔をさらに私の方に寄せた。
苛立った様子も麗しい。

「オズウェルは少し頭の弱い所もありましたが、ああ見えて優しくて頼もしい良い方でした。
そんな彼を忘れ、貴方の元へ嫁入りするなど、私にはできなかった。
だから、彼の後を追うことを決めたのです。」
「なんと…、ではあんなふざけた男のためにその命を絶たれたというのか!

では私のことは…、わ、私とて貴女を深くお慕いしておりました!
そのことはご存じだったはずです!
あなたの心に、私の愛は、響いていなかったというのですか!!」

エカテリーナとは幼少よりの付き合いになる。
幼き日々は共に戯れ、同じ学び舎で覚えたての魔術を競い合い、大人になってからは同じ職場に勤めた。

だが我が君が選んだのは気心の知れた私ではなく、会って日の浅いどこぞの馬の骨だった。

エカテリーナも自分の憎からず思ってくれていると信じていた、いや思い上がっていたのだろうか。
すべて自分の独りよがりの自己満足だったのかと思うと、膝が震え崩れ落ちそうになる。

「貴方の…アンドリューの海より深き愛は、いつもこの身に感じていました。

そして私を愛する自分に酔い、少しも私を理解しようとして下さらないことも、ね。
愛し合う気のない押しつけがましいところが、ずっと大嫌いでした。」

もう泣きそうだ。

「だから…自死の道を選んだところで、貴方はどこまでも私を追ってくることはたやすく予想がつきました。
だから、私もあの日蒼天に誓いを立てた。

次の人生でなお貴方が私に愛を告げることがあるならば、私が事切れるように。
貴方に勝手をされることのないように。」
「!」

つまり…私が愛を告白するとエカテリーナは死ぬ、ということか。
そうか、それほどまでに…私と共にいることが…貴女にとっては苦痛なのですか…。


…彼女のことを想うならば、ここが引き際なのかもしれない。


「エカテリーナ。お気持ちは、わかりました。
申し訳ありません、女性の口からそのようなことを言わせてしまい…。
金輪際、二度と君の生涯には関わらないことを、お約束します。
しかし最後に一つだけお聞きしたい。」
「何なりと。」
「何故、そうまで嫌う私の輪廻に付き合ってくださる?」
私が貴女の糸を手繰ることを予想していたならば、私の存在が始まった時点で寿命が底をつくようにしたり、そうでなくとも私の周辺の人物関係を固めるなり、私の顔見ずに済ます方法はいくらでもあったはずだ。

「ただの罪悪感です。」

エカテリーナはぴしゃりと言い切る。

「生前私はあなたの真摯な気持ちを受け入れられないこと、にも関わらずきっぱり貴方に別れを告げて差し上げる勇気がないことに、ずっと罪悪感を抱いていました。
その私の遅疑が愛する人の死を招いてしまったのだから、私も貴方と同罪です。
ならば、貴方と再び出会えた時は、逃げずに正面から応えようと思い立ったまでです。

それと…」

エカテリーナは視線を私から外し、声を小さく付け加えた。

「貴方にもう会えないというのは…つまらない。
その愚かしさと空回りの情熱には、少しくらい未練がありますので。」





…何?

「え、エカテリーナ!それは…」

「『ガトリー・ネリーエヴァンス』。
先ほどから気になっていたのですが、例によってこの世界での私の名はエカテリーナではありません。

さて、私から話したいことはそれだけです。

…この世界ではお互い長生きしましょうね?アンドリュー。」

威圧的かつ男の色香あふれる笑みを浮かべるガトリー、もといエカテリーナ。

愛する理由を失った今潔く身を引くべきか、それとも一縷の望みに掛け輪廻を巡る旅を続けるべきか。
答えはすぐに出そうもない。
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