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2.色なき世界
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目前に迫る敗戦に、アレンは戦慄を覚えた。
かねてより魔導士が増えすぎるのは危険であると、研究家は口を揃えて警鐘を鳴らしていた。
人類の半数を占めるようになった魔導士にマナは吸い尽くされ、全世界から黒と白以外の色が消失したのが一世紀前。空や海は鈍色となり、火山や星は暗黒色、草花と大樹は墨のような葉を広げ、人々ですら己の髪や肌の色を知る術はない。
猛威を振るう魔導士たちに最後まで抵抗していた北の国カハルも、もはや陥落寸前であった。
「殿下、どうか貴方様だけでも隣国へお逃げください!」
「くそっ……」
アレンは悔しさに呪詛を吐き、腹心の部下の肩を強く握る。
「いいか、私は死の森へ行く。城が攻め込まれたら王太子は死の森へ逃れたと大声で触れ回れ」
「なんですと!?まさか……」
「魔力を吸う森なら魔導士たちも迂闊に深追いはできまい。お前たちは敵が分散した隙に王を、母たちを、安全なところへお連れしろ」
もはや王家の全滅は免れられないだろうが、最後の一秒まで王の存続を諦めるわけにはいかない。王太子アレンは一人囮になるつもりだった。
「殿下……アレン様。私は貴方と彩づく世界をいつかこの目で見とうございました」
色のない涙を落とす宰相は、アレンを赤子の頃より見守り続けてきた一人だ。最後に固く肩を抱き、未練を断ち切り袂を分かつ。アレンは一人城を抜け出し、死の森を目指して馬の尻に鞭をふるった。
国が堕ち、追手が迫る。幾度となく襲われたが、よく訓練された愛馬はその命と引き換えに主人を森の奥へと送り届ける使命を果たした。
泣き濡れている暇はない。今は生き抜くことが最優先だ。
死の森には人の魔力を吸い尽くす魔女ジゼルが潜むという。アレンの読み通り、魔導士たちは深追いを諦め一度手を引いた。新たな追手が差し向けらるまでしばしの猶予が与えられたわけだ。
三日三晩逃げ惑ったアレンは、奇跡的に清水が湧く泉に辿り着いた。存分に喉を潤し、靴を脱ぎ捨て疲弊しきった足を冷たい水に浸す。
(父上たちは、無事なのだろうか……)
望みがないことくらい、アレンにも分かっている。生きねばと燃える反面、途方もない孤独がのしかかり、もう殺してくれと願うのもまた彼の隠した本音であった。
やたらと静かだった。この泉だけが時に切り離されたかのようで、いつしか生死の揺らぎなどどうでもよく思えてくる。意識半ばで鏡のような汀を見つめていると、トプンと水紋が広がった。
「なんだ?」
目を凝らしたアレンの前に大きな水の柱が立った。激しい水飛沫と共に現れたのは人であり、気付けばアレンは一糸纏わぬ青年に押し倒されていた。
「な……」
「早くどいてよ。いつまでそうしてるのさ」
ポタポタと青年から垂れ落ちた水滴がアレンの頬に模様を作る。
「き、君は誰だ?」
魔女ジゼル……ではないだろう。中性的な顔立ちだが、一目で青年だと分かるほどに胸は平たい。
「さぁ出ていって。ここは僕の領域なんだ」
「領域?君はこんな森に住んでいるのか?」
全裸の青年に押し倒されたままなのは具合が悪く、アレンが慎重に体を起こす。鍛え抜かれたアレンの体躯に比べれば相手はまるで華奢であり、その気になれば逆に組み敷くことも容易いだろう。
勿論、アレンは人として適正な距離を保つに留める。突然のことで驚きはしたが、人に会えたことは素直にありがたかった。
「不躾ですまないが、私……俺を君のところで匿ってくれないか」
「いやです」
即答で斬られアレンの目が点になる。
「いや、その、俺は今追われる身で誰にも見つかるわけにはいかないんだ」
「尚更お帰りください。僕も一生誰にも見つかるわけにはいきませんので」
「なんだ、同志ではないか」
「何勝手な事言ってるんですか」
身分を明かすのも一手だが、この青年にそんなものが通用するとはどうにも思えない。アレンは態度を改め、自分より二、三は年下であろう相手に真摯に頭を下げた。
「では怪我の手当をする間だけでいい。場を少し借りたい」
体を覆う外套をめくれば、脇腹と左肩に血がこびりついている。どちらも致命傷ではないが、青年の眉をひそめさせるには十分な効力を発揮した。
「……仕方ないですね。貴方、口は固いですか?」
「俺は人の秘密や事情をペラペラ喋る男ではないぞ」
「では僕のことは決して誰にも話さないと約束してください。特に国の偉い人には」
王太子殿下はにこりと胸を叩く。
「約束する」
「あ、なんかやだな、その胡散臭い感じ。まぁ、もう二度と会うことはないでしょうしいいですけど」
「そうつれないことを言うな。俺はアレン。君の名は?」
水滴を拭っていた青年がぴくりと指先を止める。落とした雫の先には茎の長い花が不安定に揺れていた。
「そうですね。ユア、でいいです」
「でいい、とは?」
「そんなことよりそこどいてください。貴方が邪魔でずっと服が取り出せなかったんですから」
アレンを押しのけ、草葉に隠していた衣服を引っ張り出したユアが黙々と着替える。なんとも掴みどころのない不思議な青年だった。
かねてより魔導士が増えすぎるのは危険であると、研究家は口を揃えて警鐘を鳴らしていた。
人類の半数を占めるようになった魔導士にマナは吸い尽くされ、全世界から黒と白以外の色が消失したのが一世紀前。空や海は鈍色となり、火山や星は暗黒色、草花と大樹は墨のような葉を広げ、人々ですら己の髪や肌の色を知る術はない。
猛威を振るう魔導士たちに最後まで抵抗していた北の国カハルも、もはや陥落寸前であった。
「殿下、どうか貴方様だけでも隣国へお逃げください!」
「くそっ……」
アレンは悔しさに呪詛を吐き、腹心の部下の肩を強く握る。
「いいか、私は死の森へ行く。城が攻め込まれたら王太子は死の森へ逃れたと大声で触れ回れ」
「なんですと!?まさか……」
「魔力を吸う森なら魔導士たちも迂闊に深追いはできまい。お前たちは敵が分散した隙に王を、母たちを、安全なところへお連れしろ」
もはや王家の全滅は免れられないだろうが、最後の一秒まで王の存続を諦めるわけにはいかない。王太子アレンは一人囮になるつもりだった。
「殿下……アレン様。私は貴方と彩づく世界をいつかこの目で見とうございました」
色のない涙を落とす宰相は、アレンを赤子の頃より見守り続けてきた一人だ。最後に固く肩を抱き、未練を断ち切り袂を分かつ。アレンは一人城を抜け出し、死の森を目指して馬の尻に鞭をふるった。
国が堕ち、追手が迫る。幾度となく襲われたが、よく訓練された愛馬はその命と引き換えに主人を森の奥へと送り届ける使命を果たした。
泣き濡れている暇はない。今は生き抜くことが最優先だ。
死の森には人の魔力を吸い尽くす魔女ジゼルが潜むという。アレンの読み通り、魔導士たちは深追いを諦め一度手を引いた。新たな追手が差し向けらるまでしばしの猶予が与えられたわけだ。
三日三晩逃げ惑ったアレンは、奇跡的に清水が湧く泉に辿り着いた。存分に喉を潤し、靴を脱ぎ捨て疲弊しきった足を冷たい水に浸す。
(父上たちは、無事なのだろうか……)
望みがないことくらい、アレンにも分かっている。生きねばと燃える反面、途方もない孤独がのしかかり、もう殺してくれと願うのもまた彼の隠した本音であった。
やたらと静かだった。この泉だけが時に切り離されたかのようで、いつしか生死の揺らぎなどどうでもよく思えてくる。意識半ばで鏡のような汀を見つめていると、トプンと水紋が広がった。
「なんだ?」
目を凝らしたアレンの前に大きな水の柱が立った。激しい水飛沫と共に現れたのは人であり、気付けばアレンは一糸纏わぬ青年に押し倒されていた。
「な……」
「早くどいてよ。いつまでそうしてるのさ」
ポタポタと青年から垂れ落ちた水滴がアレンの頬に模様を作る。
「き、君は誰だ?」
魔女ジゼル……ではないだろう。中性的な顔立ちだが、一目で青年だと分かるほどに胸は平たい。
「さぁ出ていって。ここは僕の領域なんだ」
「領域?君はこんな森に住んでいるのか?」
全裸の青年に押し倒されたままなのは具合が悪く、アレンが慎重に体を起こす。鍛え抜かれたアレンの体躯に比べれば相手はまるで華奢であり、その気になれば逆に組み敷くことも容易いだろう。
勿論、アレンは人として適正な距離を保つに留める。突然のことで驚きはしたが、人に会えたことは素直にありがたかった。
「不躾ですまないが、私……俺を君のところで匿ってくれないか」
「いやです」
即答で斬られアレンの目が点になる。
「いや、その、俺は今追われる身で誰にも見つかるわけにはいかないんだ」
「尚更お帰りください。僕も一生誰にも見つかるわけにはいきませんので」
「なんだ、同志ではないか」
「何勝手な事言ってるんですか」
身分を明かすのも一手だが、この青年にそんなものが通用するとはどうにも思えない。アレンは態度を改め、自分より二、三は年下であろう相手に真摯に頭を下げた。
「では怪我の手当をする間だけでいい。場を少し借りたい」
体を覆う外套をめくれば、脇腹と左肩に血がこびりついている。どちらも致命傷ではないが、青年の眉をひそめさせるには十分な効力を発揮した。
「……仕方ないですね。貴方、口は固いですか?」
「俺は人の秘密や事情をペラペラ喋る男ではないぞ」
「では僕のことは決して誰にも話さないと約束してください。特に国の偉い人には」
王太子殿下はにこりと胸を叩く。
「約束する」
「あ、なんかやだな、その胡散臭い感じ。まぁ、もう二度と会うことはないでしょうしいいですけど」
「そうつれないことを言うな。俺はアレン。君の名は?」
水滴を拭っていた青年がぴくりと指先を止める。落とした雫の先には茎の長い花が不安定に揺れていた。
「そうですね。ユア、でいいです」
「でいい、とは?」
「そんなことよりそこどいてください。貴方が邪魔でずっと服が取り出せなかったんですから」
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