君は英雄の愛した青い光

うづきあお

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3.美しき青

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 ユアは灰色に染まる森を進み、蝙蝠コウモリと藪に覆われた不気味な屋敷へと足を踏み入れた。アレンの目には廃墟同然にしか映らなかったが、意外にも中はこざっぱりと整い人が生活している清潔な空気がある。

「服を脱いでここへ座ってください。すぐに治癒魔法にとりかかりますから」

 ユアが取り出したのは救急箱ではなく長い杖。棒の先には古びたランプが取り付けられてある。

「ユアも魔導士なのか?いや、それにしてもこの森では魔術や魔法の類は使えないはずだ」
「質問は受け付けません。言っておきますが傷が塞がればすぐに追い出しますからね」

 アレンは言われた通り外套とシャツを脱ぎソファに腰を下ろす。何をされるのかと目を皿のようにしていたが、ユアの手のひらにそっと視界を塞がれた。

「見ない方がいいですよ。貴方には鮮やかすぎるでしょうから」

 火のないランプにぽぅと光が集まる。膨れ上がった光はランプからこぼれ落ち、ユアとアレンの周りを淡く漂った。
 ひんやりと冷たいような、それでいてどこか温かい。アレンはむず痒さに我慢できず、目をふさぐユアの手を退けた。

「あ、ちょっと……!」
「なんだこれは!?」

 驚愕が部屋に響く。ランプの集めた光は白でも黒でもなく、見たことのない色に輝いていたからだ。

「もぅ、あと少しで終わるんだから大人しくしててくださいよ」

 ちっ、面倒臭いと文句と舌打ちまで聞こえた気がしたが、生まれて初めて色を見たアレンはそれどころではない。

「まさかこれが世界から失われた色なのか?」
「の、一つです。これはね、青という色です」
「文献で読んだことがある。真昼の空や海は、かつては鮮やかな青色で染まっていたと……」

 あまりの美しさに、アレンはすっかり心を奪われている。漂う青い光を手に乗せ、もし全ての色を取り戻せたなら、いったい世界はどれほど輝くのだろうかと思いを馳せた。

 光ばかり見ていたアレンだが、ふとユアのシルエットに違和感を覚え顔を上げた。そして二度目の驚きに今度は凍りつく。ユアの髪が長い。艶めいた毛先は背中を覆いながらしっとりと流れ、鎖骨の下には柔らかに膨らんだ二つの山がある。

「……おかしい。ユアが女に見えるのだが」
「ああ、気にしないで。魔力を引き出す時はどうしてもジゼルに戻ってしまうんだ」
「ジゼルだと?君は……魔女ジゼルなのか?」
「そうだとも言えるし、違うとも言える。最初に言ったけど質問は受け付けないよ」

 あまりの不可思議にアレンの頭は限界を迎えたようだ。疲労や空腹も相まり、理解しようにも何も考えられなくなる。
 ただ、淡い光が辿るユアの肌は瑞々しく、次第に別の意味で目が吸い寄せられていく。アレンを絡めとる優しげな眼差し、長い睫毛、程よく濡れた髪や滑らかなうなじ。匂うような色香にくらりと眩暈が誘われる。アレンの固い喉仏が知らずに上下した。

「だめ、触らせないよ」

 頬に伸ばされたアレンの手を押さえ、ユアが耳元で囁く。欲情を煽られ心臓まで握られた男を後目に、魅惑の人は光の消えたランプを手放し両手を広げてにこりと笑った。

「はい、治療終わり。帰って」

 その姿はすっかり青年に戻っている。我に返ったアレンは耳まで真っ赤に染まり、まだドクドクと音を立てる鼓動に動揺した。

「今のは、その、そういう魔術では……?」
「誘惑系?まさか。僕が使ったのは治癒の魔法だけ。よく見てよ、ちゃんと傷口が消えてるでしょ?さぁ帰った帰った」

 ユアはアレンに服を押し付け、さっさと追い出しにかかる。だがシャツに袖を通したアレンは地蔵のようにソファに根を張り、どれだけ押しても動く気配がない。それどころかユアの細腰に手をまわし、至極真面目な顔で引き寄せた。

「ユア、これは決してふざけているわけではないのだが」
「いや何してんですか」
「君が欲しい」
「ふざけんな」

 ユアはアレンを引き剥がそうとしたが、岩に抱きすくめられたように動けない。まずい気がした。
 アレンは吐息をこぼし、ユアの肩に額をつく。

「ユアの青はきっと世界に色を取り戻す大きなきっかけになる。頼む、どうか力を貸してくれないか」
「あ、そっち?」

 拍子抜けしたユアはホッと胸を撫で下ろし、はいはい無理ですと手をひらつかせた。それでもアレンは諦めきれずユアを口説き落とそうとしたが、外に人の気配を察知し勢いよく立ち上がった。
 だが、もう遅い。ユアの屋敷は火矢に射抜かれ、あっという間にどす黒い炎に包まれた。
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