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《秋だけど君は》
【凛:秋の風】
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紅葉は赤く、枯れ葉落ちる秋の夕暮れ。
部屋の中は静けさで満ち、窓辺では茜色に染まったレースが音もなく風に揺れていた。
「凛」
「……」
「凛、こら。集中しろ」
「いてっ」
俺の額を指先でつついた碧人は、反対の手でシャーペンをカチカチと鳴らした。
「勉強見ろって俺を引っ張り込んだのは凛だろ?」
「ああ、うん」
開いたままの数学の教科書に視線を落とす。
その途端に動悸と息詰まりを感じた。
「あ、そういや母さんが、今日は金曜だし碧人も晩御飯食べてけってさ」
誤魔化すように話題を振ると、碧人は何度か瞬きをした後で扉の先に目をくれた。
「急に上がり込んだのに、なんか悪いな」
「あっちはむしろ大喜びしてたけどな。碧人がうち来るのも久々だし」
年々男ぶりを上げていく碧人に、ミーハーな母はもはやファンと化している。
今頃大はしゃぎで買い出しに行ってるに違いない。
俺は座椅子の背もたれに体重を預けながら恨めしく問題集を見下ろした。
「碧人は何でも出来ていいよなぁ。なんで頭までいいの?いつ勉強なんかしてんの?」
「はいはい、そのテスト前だけ卑屈になるのはやめような」
「碧人はきっと欲しいものは何でも手に入る人生なんだろうなぁ」
「欲しいものなんて今だって全然手にできてないけど」
「え、そうなの?」
それは意外だ。
俺は単純に興味を引かれた。
「何?」
「ん?」
「碧人の欲しいものって、何?」
好奇心丸出しで身を乗り出して聞くと、思わぬ真面目な眼差しとぶつかった。
一瞬の沈黙。
開いた窓から入る赤い秋風。
僅かに上がる心拍数と一緒に小さく息を飲んだが、もの言いたげな碧人の瞳はすぐに伏せられ、いつもの柔らかい笑みに変わった。
「これが解けたら、教えなくもない」
指差されたのはテキストの中でも一番難易度の高い応用問題。
「はぁ⁉︎こんなの無理だって!全然教える気ないだろ⁉︎」
「ほら、続き続き。凛の引っかかった問題どこ?」
碧人の落ち着いた声が難解な数式を読み解いていく。
それはとても居心地の良い、いつも通りの二人の空間だった。
だが俺はぼんやりと数字を追いながら、あの夏の日のことばかり思い出していた。
あれは、あの夕立ちは、きっと碧人の戯れのようなものだったのだろう。
碧人には兄も姉も、歳の近い妹もいる。
それに彼女だって今までにも何人かいたはずだ。
だから、あれはほんの気まぐれで揶揄っただけに違いない。
「ったく、この節操なしめ」
「ん、何?」
「なぁんでもぉ」
揺さぶられてしまう未熟な自分に腹が立つやら情けないやら。
考え出すと止まらなくなるので、俺はそれを振り払う為にやっと目の前の数式に集中した。
午後八時。
階下から呼ぶ声に勉強を打ち切る。
俺と碧人がリビングに降りると、大量の手作り餃子が景気良く油を弾きながら待っていた。
「うわぁ。食欲そそられる」
碧人が俺の隣の椅子を引きながら相好を崩す。
母はルンルンと鼻歌を歌い、ホットプレートから餃子を皿に移した。
「二人とも育ち盛りなんだからしっかり食べてよね。凛も最近ぐんぐん身長伸びてきてるのよ」
「母さん……、だからってこれいくつ作ったんだよ?父さん今日夜勤なんだろ?」
張り切り具合があからさまで恥ずかしくなったが、碧人は至ってのんびり手を合わせた。
「頂きます。やった、俺ん家ではゆっくりこんなこと出来ないからなぁ」
「碧人君のところは六人家族だものね」
「もう焼肉もすき焼きも物凄い争奪戦で、俺に肉回ってくるのほんと最後なんだよな」
「じゃあ明日のお昼はすき焼きにしてあげる。今日はお泊まりでしょ?」
餃子のタレを小皿に入れていた俺は危うくこぼしかけた。
「なんで勝手に決めてんの。ただでさえ俺が無理矢理引っ張ってきたのに」
「あら、どうしてよ。家だって近いんだからちゃっちゃとお泊まりグッズくらい持ってくればいいじゃない」
「碧人にだって休日の予定があるかもしれないだろ」
庇う俺に構わず当の碧人はにこにこしながら餃子を食べている。
「俺は別に構わないけど、いいんですか?」
「もちろん!」
「やった。うん、これも美味しい!」
傍目にもほくほくと嬉しそうな碧人に肩から力が抜ける。
いつも部活だの用事だのと断ることが多かったから正直意外だ。
母はご飯のおかわりをつぎながら、うんうんと頷いた。
「凛、後でお小遣いあげるからついでに好きなもの買っておいで」
「え、いいの?」
珍しい一言に俺の目が輝く。
母はご機嫌に指でOKサインを出した。
「じゃあおやつ買い込んで今夜は徹夜でゲームしようぜ!うわぁ、楽しみになってきた」
「こんなに餃子があるに、まだおやつ食べるつもりなのかよ」
「夜食は別腹!」
予定外の楽しみにウキウキと胸が躍る。
ゲームもおやつもジュースも勿論だが、俺は碧人と久々に遊べることが何よりも嬉しかった。
部屋の中は静けさで満ち、窓辺では茜色に染まったレースが音もなく風に揺れていた。
「凛」
「……」
「凛、こら。集中しろ」
「いてっ」
俺の額を指先でつついた碧人は、反対の手でシャーペンをカチカチと鳴らした。
「勉強見ろって俺を引っ張り込んだのは凛だろ?」
「ああ、うん」
開いたままの数学の教科書に視線を落とす。
その途端に動悸と息詰まりを感じた。
「あ、そういや母さんが、今日は金曜だし碧人も晩御飯食べてけってさ」
誤魔化すように話題を振ると、碧人は何度か瞬きをした後で扉の先に目をくれた。
「急に上がり込んだのに、なんか悪いな」
「あっちはむしろ大喜びしてたけどな。碧人がうち来るのも久々だし」
年々男ぶりを上げていく碧人に、ミーハーな母はもはやファンと化している。
今頃大はしゃぎで買い出しに行ってるに違いない。
俺は座椅子の背もたれに体重を預けながら恨めしく問題集を見下ろした。
「碧人は何でも出来ていいよなぁ。なんで頭までいいの?いつ勉強なんかしてんの?」
「はいはい、そのテスト前だけ卑屈になるのはやめような」
「碧人はきっと欲しいものは何でも手に入る人生なんだろうなぁ」
「欲しいものなんて今だって全然手にできてないけど」
「え、そうなの?」
それは意外だ。
俺は単純に興味を引かれた。
「何?」
「ん?」
「碧人の欲しいものって、何?」
好奇心丸出しで身を乗り出して聞くと、思わぬ真面目な眼差しとぶつかった。
一瞬の沈黙。
開いた窓から入る赤い秋風。
僅かに上がる心拍数と一緒に小さく息を飲んだが、もの言いたげな碧人の瞳はすぐに伏せられ、いつもの柔らかい笑みに変わった。
「これが解けたら、教えなくもない」
指差されたのはテキストの中でも一番難易度の高い応用問題。
「はぁ⁉︎こんなの無理だって!全然教える気ないだろ⁉︎」
「ほら、続き続き。凛の引っかかった問題どこ?」
碧人の落ち着いた声が難解な数式を読み解いていく。
それはとても居心地の良い、いつも通りの二人の空間だった。
だが俺はぼんやりと数字を追いながら、あの夏の日のことばかり思い出していた。
あれは、あの夕立ちは、きっと碧人の戯れのようなものだったのだろう。
碧人には兄も姉も、歳の近い妹もいる。
それに彼女だって今までにも何人かいたはずだ。
だから、あれはほんの気まぐれで揶揄っただけに違いない。
「ったく、この節操なしめ」
「ん、何?」
「なぁんでもぉ」
揺さぶられてしまう未熟な自分に腹が立つやら情けないやら。
考え出すと止まらなくなるので、俺はそれを振り払う為にやっと目の前の数式に集中した。
午後八時。
階下から呼ぶ声に勉強を打ち切る。
俺と碧人がリビングに降りると、大量の手作り餃子が景気良く油を弾きながら待っていた。
「うわぁ。食欲そそられる」
碧人が俺の隣の椅子を引きながら相好を崩す。
母はルンルンと鼻歌を歌い、ホットプレートから餃子を皿に移した。
「二人とも育ち盛りなんだからしっかり食べてよね。凛も最近ぐんぐん身長伸びてきてるのよ」
「母さん……、だからってこれいくつ作ったんだよ?父さん今日夜勤なんだろ?」
張り切り具合があからさまで恥ずかしくなったが、碧人は至ってのんびり手を合わせた。
「頂きます。やった、俺ん家ではゆっくりこんなこと出来ないからなぁ」
「碧人君のところは六人家族だものね」
「もう焼肉もすき焼きも物凄い争奪戦で、俺に肉回ってくるのほんと最後なんだよな」
「じゃあ明日のお昼はすき焼きにしてあげる。今日はお泊まりでしょ?」
餃子のタレを小皿に入れていた俺は危うくこぼしかけた。
「なんで勝手に決めてんの。ただでさえ俺が無理矢理引っ張ってきたのに」
「あら、どうしてよ。家だって近いんだからちゃっちゃとお泊まりグッズくらい持ってくればいいじゃない」
「碧人にだって休日の予定があるかもしれないだろ」
庇う俺に構わず当の碧人はにこにこしながら餃子を食べている。
「俺は別に構わないけど、いいんですか?」
「もちろん!」
「やった。うん、これも美味しい!」
傍目にもほくほくと嬉しそうな碧人に肩から力が抜ける。
いつも部活だの用事だのと断ることが多かったから正直意外だ。
母はご飯のおかわりをつぎながら、うんうんと頷いた。
「凛、後でお小遣いあげるからついでに好きなもの買っておいで」
「え、いいの?」
珍しい一言に俺の目が輝く。
母はご機嫌に指でOKサインを出した。
「じゃあおやつ買い込んで今夜は徹夜でゲームしようぜ!うわぁ、楽しみになってきた」
「こんなに餃子があるに、まだおやつ食べるつもりなのかよ」
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予定外の楽しみにウキウキと胸が躍る。
ゲームもおやつもジュースも勿論だが、俺は碧人と久々に遊べることが何よりも嬉しかった。
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