夏だから君を

うづきあお

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《春だけに君と》

【凛:無防備】

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まだ春めくには少し遠い三月。
二人の関係なんて、そんなに変わらないと思っていた。
碧人はどちらかといえば人の気持ちを優先するタイプだし、いつもマイペースであまり浮ついたりもしない。
だから、あんな宣言されても普通に今まで通りでいられるって……

「あ、碧人」
「ん?」
「ん、じゃないってば。もたれられたら字が書きづらいだろ」
「問題解けた?」
「もうちょっとだから邪魔すんなって」
「がんばれ」
「おいっ」

正月以来、碧人は両家の承諾を得て学校帰りに俺の家で勉強を見ることになった。
本人曰く、俺はまた勉強に向き合えるようになるし、碧人は二人の時間が増えるし一石二鳥だそうだ。
一月は週に二回の頻度だったが、二月で二日に一度、そしてクラブが減る三月に入ってからはほぼ毎日だ。

「もしかして、お前暇なの?」

あまりにも俺のそばでごろごろしているので嫌味を言ってやると、今度はべったりと背中から覆いかぶさられた。

「ひま」
「やっぱり」
「だって凛、全然自分で勉強できるじゃん。俺ちょっとしかやることない」
「お前も勉強しろよ!ほんといつしてるんだよ⁉︎」

文句は口をつくが、俺が一人でも落ち着いて勉強できるのは碧人がそばにいるからだ。

「あおと、重い」
「……」
「無視すんなって。ていうか近い」
「そう?」
「うっ、み、耳元で喋んなって前も言っただろ。なんかぞわぞわするんだって」

そう、あの日以来碧人はイヤイヤ期を終え、なんと究極の甘えん坊になってしまった。
流石に外でベタベタしてくる事はないが、二人になった途端どこかしらもたれかかってくる。

「碧人さ、ちょっと外面頑張りすぎなんじゃない?」
「うん?」
「反動が物凄くここに出てる気がするけど」
「んー、分かんないけど、こうやってるととてつもなく癒される」
「俺は猫か」
「名前がリンだしな。猫っぽい」
「碧人だってごろごろ懐いて犬みたいだろ」

碧人は笑いながら俺の左手に触れた。
一本、また一本と指を辿られる。
無視を決め込んでいたが、大きさの違う指がすれるたびに耳が少し熱くなった。

「なにしてんの」
「骨張ったいい形してるなぁと思って。指も長いし。俺の指は丸いというか、厚みがあるからさ。全然違う」
「変な触り方すんなよ。くすぐったいだろ」
「凛ってかなり敏感だよな」
「誰だってあんなのぞわっとくるだろ」

あ、まずい。
頬が火照る。
碧人は全然平気な顔してるのに、すぐに赤くなってしまう自分が悔しい。
これが経験値の差なのか……。
それにしても最近の碧人の無防備度はすごい。
今だってネクタイを外し、襟元を大きく緩めたシャツからは綺麗な鎖骨が見えている。
ちょっと乱れた髪。
学校ではかけない眼鏡。
油断しきった顔。
普段きちんとしている碧人とのギャップに、こっちの調子もなんだか狂う。
別に悪い気はしないが、これが特別ってことなのだろうか。

「碧人、今日何時に帰んの?」
「んー、いつも通り9時くらいかな。流石にそれ以上はお腹空くし」
「だから食べていけばいいのに。母ちゃんも熱烈希望だぞ」
「毎日そんなことしてたら逆に来にくくなるからいいよ。放課後もおにぎり食べてるし」
「でも、金曜今日くらいゆっくり泊まってけばいいのに」

せっかく一緒にいるのに勉強ばかりじゃつまらない。
拗ねた顔をしていると、俺から少し離れた碧人が顎に手を添え考える素振りをした。

「でもなぁ、そうなると流石に我慢の限界もくるかも」
「我慢?」

これだけ時間を割いてもらってる身としては、やはり碧人に負担をかけているのかと心配になる。
思考が丸々瞳に映ったせいか、碧人は笑みを口元に乗せると急に俺を引き寄せた。

「うわっ、何……」
「凛」

わざと耳元で囁かれ体が強張る。

「泊まっていいの?」

やたら甘い声に今度は身体中からどっと汗が出た。

「ちょっ、あお……」
「我慢しなくていいの?」
「だ、だめ!だめ!」
「だめ?」
「だめ!」
「分かった」

碧人はにっこり笑うとすぐに手を離した。
こっちはドッドッと脈打つ心臓を押さえているのに、けろりとした様子でまた寝転がりスマホをいじってる。
確かに、確かに俺が嫌だと言った事はしない。
しないけど、それにしても思ってる以上に押しが強い!

「そういやこいつ、オフェンスの鬼だった」

スポーツでエースを勝ち取るような奴が、攻めで手を抜くことなんてあるはずがなかった。
ここでふと思い立つ。
俺だってバスケで得意なのは攻めオフェンスだった。
碧人に対してザルみたいなディフェンスばかりしてるより、いっそ自分から攻めれば振り回されないのではないだろうか。

「……凛?」

黙り込んでしまった俺に碧人が少し気まずそうに見上げてくる。
俺は顔を上げると出来るだけ余裕を込めて言った。

「碧人、今日泊まってけよ。ただし、これに一晩中付き合ってもらうけどな」

格闘ゲームのケースを手に取ると、碧人はぽかんとした。
だが次に見せたのは純粋に嬉しそうな顔だった。

「いいの?今回は負けないけど」
「言ったな?よし、なんかやる気になってきた」

俺が対等にやり合えるのは、今はこれしかないようだ。
ちょっぴり複雑な思いを知ってか知らずか、碧人は「友だち」として今日は深夜まで付き合ってくれた。
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