夏だから君を

うづきあお

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《二人の世界》

【凛:陰日向】

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水曜日の昼休み。
碧人はクラブミーティングを終え、その足で俺がいる資料室まで迎えに来た。

「凛、今日一緒に帰れるかも!」

担任に持たされた分厚い資料を棚に直し、扉を閉める。
淡々と作業をこなす俺に、碧人は開口一番から明るい声でウキウキ話した。

「顧問が早退するらしくてさ。最近練習も根詰めてたし、リフレッシュデーにしてやった」
「ふぅん、キャプテン権力行使したんだ」
「普段はキャプテンという名の雑用係してんだから、たまにはいいじゃん」

埃っぽい資料室から出ると、旧校舎特有の古びた木造の廊下が緩やかなカーブを描きながら伸びている。
並んで歩くと耳障りの悪い軋みが時折足音に混じった。

「家は大丈夫なの?」
「今日はひーちゃんが早く帰るから大丈夫」
「そっか」

僅かとはいえ、二人だけの時間が取れるのは久々な気がする。
ほんのり込み上げる嬉しさが顔に出ないようにしていると、外から視界が遮断される階段の踊り場で後ろから抱き寄せられた。

「ちょ、こら」
「はぁ、やっと凛に触れた」
「やめろって。誰か来たらどうするんだよ」
「誰も来ないよ」

絡みつく指が耳たぶを擦り、襟首の隙間に入ってくる。
体の芯が熱くなるには充分なイタズラだ。

「離せって、んんっ」

抗議しようとした唇が碧人の同じものに塞がれる。
体は壁に押し付けられ、濡れた音が跳ね返った。

「ん、あお、と!」

無理矢理押し返すと、碧人は笑いながら頭を撫でてきた。

「ごめん。我慢できなかった」
「だからって、が、学校でって!」
「じゃあ続きは凛の部屋で。今日寄っていい?」

逃げ場を塞ぐように碧人が両手を壁につく。
俺の鼓動は上がりっぱなしで、激しく巡る熱がもはや息苦しい。
でも、どうしよう。

ここは学校で。
これ以上何かするなんてあり得なくて。
どうしようもない想いで碧人を見上げると、少し目尻の下がった優しげな眼差しが俺を映して丸くなった。

「凛?」
「はやく……」

二人になりたい。
溢れかけた本音が言葉になる前に、階上から甲高い声が割って入った。

「あれ?確かにこっちに行くの見かけたんだけどなぁ」
「ほんとに木崎先輩だったんですかぁ?」

俺と碧人はパッと離れた。
女子生徒二人が軽い足取りで階段を降りてくる。

「あ、やっぱりいた!木崎先輩!」

胸元で赤いリボンを揺らし、ふわふわした髪を一つに束ねた女の子が碧人の隣に降り立った。

「笹原?どうした?」
「先輩、探してたんですよ!部活なくなったんですから今日こそY校の試合申し込みに行きましょうよ」
「え、今日?」
「だって先輩、土曜日に行かなかったんでしょ?もう日にちがありませんよ!」

会話の内容からしてバスケ部の後輩マネージャーのようだ。
人懐っこい子なのか、嫌味のない笑顔で碧人の腕に手を絡めている。
俺は不自然にならない程度に一歩後ろに下がった。

「俺はいいから、行ってこいよ」

碧人に濡らされた唇が機械的に動く。
目は合わせないまま、俺は碧人の隣をすり抜け階段を降りた。

「凛、ちょっと待っ……」
「先輩!キャプテンなんですからちゃんと仕事してくださいよぉ!」

追って聞こえる声から遠ざかり、階段を下る足が速まる。
新校舎の明るい廊下に出ると、談笑する下級生を追い越し走った。
行き先は考えられない。
とにかく今は目一杯碧人から離れたい。

「は、はぁ、はぁ、……うっ、けほっ」

喉が締め付けられる感覚にえずきを覚える。
体育館横でしゃがみ込むと咳が止まらなくなった。
苦しい。
頭にろくに酸素が回らず視界が白む。
これは罰なのかもしれない。
胸の痛みを全て碧人のせいにしてなじりたくなる自分への。
それとも飢えてばかりいる醜い感情のせいか。
こんなの知らない。
こんなもの、一体どうすればいいんだ。
咳の合間からこぼれ落ちそうな感情を雑にぬぐい、俺はこの日から碧人を避けるようになった。
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