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《二人の世界》
【碧人:味方】
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徹底的に、避けられている。
休み時間も放課後も、チャイムと同時に急いで凛の教室に向かうのに、探し人はいつもいない。
長谷川家に寄っても芳恵さんは不在で、凛も絶対居るくせに出てきてはくれなかった。
メッセージに既読は付かず電話も繋がらない。
長年の付き合いの中で、凛にここまで避けられたのは初めてだ。
ショックのあまり目の前でボコボコと吹き出す鍋をぼんやり見下ろしていると、珍しく早く帰ってきた兄がキッチンに顔を出した。
「碧人、鍋吹いてるぞ」
「え?あ、やばっ」
慌てて火を止めコンロをキッチンペーパーで拭う。
どれだけ落ち込んでいても忙しさは俺を離す気がないようだ。
鍋敷きをテーブルのど真ん中に置き、できたての寄せ鍋をドンと置くと、お腹を空かせた家族がわらわらと集まってきた。
「いい匂い、お腹すいたぁ」
「緋那、座る前に箸持ってきて」
「えー、翠兄ちゃん持ってきてよぉ」
「俺は母さん下ろしてくるから」
「ちぇ」
「ひーちゃん、ポン酢はいる?」
「いる!」
「あ、白音!俺の鉢に胡麻だれ入れといて」
「はいはい。あ、碧人、チョーの餌もうやっといたよ。ニコとココも」
長男の翠、長女の白音、妹の緋那。
盆でもないのに、ここまで食卓に揃うのは珍しい。
母の為に皆出来るだけ早く帰るようにしているのだろう。
その母が兄の手を借り食卓まで運ばれて来ると、一同は揃って手を合わせた。
「頂きます」
ニャーンと甘えた返事が足元でくぐもる。
静まったのも束の間。
箸が動き出せばまた賑やかな会話が飛び交った。
「母さん具合はどう?」
「うん、少し動けるようになってきたみたい」
「もぅ、一時はどうなるかと思ったわ。急に休みなんて取れないし、碧人が頑張ってくれてほんと助かった」
「あ、でも碧人、米切れてたぞ、米」
「明日は確か翠と白音がいないのよね?緋那は?」
「リサリサと約束してるから出かけるよ。今週は碧兄が居るんでしょ?」
何度か自分の名が聞こえたが、俺は鉢に移した豆腐をぼんやりと見ていた。
頭の中ではここ最近の冷めた凛ばかりが浮かぶ。
来週末なんて言ってられない。
早く、会いにいかないと。
「あの、さ。明日ってやっぱ誰も手あかないの?」
思わぬ一言だったのだろう。
全員が箸を止めた。
「何だ、何か急ぎの用なのか?」
「私はちょっと無理かな。平日何度か早く帰らせてもらったから穴埋めしないと」
「私だってリサリサと買い物行きたいよ」
俺は白い箸置きに揃えて箸を置き、背筋を伸ばした。
「俺、今付き合ってる人いるんだ」
同じ形と色の目が揃って丸くなる。
俺がこうして宣言するのは初めてだからだ。
それにしてもこうして見ると皆そっくり母親似だな。
「ここ最近ほったらかしになってて、ちょっと怒らせちゃったみたいでさ。だから……」
「えー⁉︎凛ちゃん怒っちゃったの⁉︎って、痛ったぁーい!」
思わず立ち上がりかけた母が二度重ねて絶叫する。
俺は母の口から凛の名が出てきた事に唖然とし、痛がる悲鳴に一人だけ遅れをとった。
「え、な、なんで」
「知ってるわよぉ。私、芳恵ちゃんにずっと前から相談受けてたんだもん。でも碧ちゃんから聞くまでは黙ってようって、いたたた」
母は姉に掴まりながら親指を立てた。
「碧ちゃん。母さんなら平気だから、明日行っておいで」
「いやでもそんな状態で……」
「大丈夫よぉ。寝てるだけだし」
全く大丈夫そうではないし、追い討ちのように猫二匹が棚の本を蹴たてて床にばら撒いている。
兄と姉が困ったように顔を見合わせるのを目にした俺は、やはり家は空けられないと悟った。
「ごめん。やっぱり……」
「あー、もう!行って来なよ碧兄!」
隣からツンとした声が割って入る。
緋那は食事中でも肌身離さぬスマホをテーブルに置き直した。
「ほら、リサリサにはもう断ったから私がいてあげるよ。そのかわり料理なんて出来ないから何か作り置きしてよね!」
反抗期真っ盛りの態度だが、緋那は俺と目が合うとニッと頬を上げた。
「ね、碧兄の彼女ってどんな人?」
「えっ」
「可愛いい?インスタとかやってないの?」
今度は好奇の目が俺に集まる。
だが俺より早く、ふっふっふと不穏な笑いが母の喉から湧きあがった。
「すごく可愛いわよぉ。お兄ちゃんたちなら凛ちゃん見たことあるんじゃない?」
「そんな女の子いたかな?」
「ほら、昔うちにも遊びに来てた長谷川凛くんよ」
全員の箸が再び止まる。
沈黙の後、爆発的な声が上がった。
「長谷川凛⁉︎あのバスケやたら上手かった目玉クリクリの小僧か⁉︎」
「うっそ!あの小動物みたいな子よね⁉︎」
「え、男の子なの⁉︎碧兄、男の子と付き合ってるの⁉︎最先端か!写真は⁉︎早く!見せて見せて!」
怒涛の勢いにのけ反っていると、母が何故か得意げに手を二度鳴らした。
「はいはい、お鍋も食べないと煮詰まっちゃうわよ。せっかく碧ちゃんが作ってくれたのに。あ、でも乾杯くらいはしましょうか。みんなグラス持ってグラス」
「乾杯って、この水で?」
「いいの!はい、持った?じゃあいくよ?」
緋那が俺の手に無理やりグラスを押し付けたのを確認すると、母はにっこり笑って杯を掲げた。
「碧ちゃん、いつもみんなの為に頑張ってくれてありがとう。今度絶対凛ちゃん連れて来てね。はい、かんぱーい!」
「母さん、その音頭合わせにくい」
兄のツッコミも相まり、ややバラつきながら謎の乾杯が繰り広げられる。
その後も疲労困憊な俺に容赦ない質問攻撃は続いたが、とりあえず明日は絶対凛に会うと決め、今日は久々に早めに寝る事にした。
休み時間も放課後も、チャイムと同時に急いで凛の教室に向かうのに、探し人はいつもいない。
長谷川家に寄っても芳恵さんは不在で、凛も絶対居るくせに出てきてはくれなかった。
メッセージに既読は付かず電話も繋がらない。
長年の付き合いの中で、凛にここまで避けられたのは初めてだ。
ショックのあまり目の前でボコボコと吹き出す鍋をぼんやり見下ろしていると、珍しく早く帰ってきた兄がキッチンに顔を出した。
「碧人、鍋吹いてるぞ」
「え?あ、やばっ」
慌てて火を止めコンロをキッチンペーパーで拭う。
どれだけ落ち込んでいても忙しさは俺を離す気がないようだ。
鍋敷きをテーブルのど真ん中に置き、できたての寄せ鍋をドンと置くと、お腹を空かせた家族がわらわらと集まってきた。
「いい匂い、お腹すいたぁ」
「緋那、座る前に箸持ってきて」
「えー、翠兄ちゃん持ってきてよぉ」
「俺は母さん下ろしてくるから」
「ちぇ」
「ひーちゃん、ポン酢はいる?」
「いる!」
「あ、白音!俺の鉢に胡麻だれ入れといて」
「はいはい。あ、碧人、チョーの餌もうやっといたよ。ニコとココも」
長男の翠、長女の白音、妹の緋那。
盆でもないのに、ここまで食卓に揃うのは珍しい。
母の為に皆出来るだけ早く帰るようにしているのだろう。
その母が兄の手を借り食卓まで運ばれて来ると、一同は揃って手を合わせた。
「頂きます」
ニャーンと甘えた返事が足元でくぐもる。
静まったのも束の間。
箸が動き出せばまた賑やかな会話が飛び交った。
「母さん具合はどう?」
「うん、少し動けるようになってきたみたい」
「もぅ、一時はどうなるかと思ったわ。急に休みなんて取れないし、碧人が頑張ってくれてほんと助かった」
「あ、でも碧人、米切れてたぞ、米」
「明日は確か翠と白音がいないのよね?緋那は?」
「リサリサと約束してるから出かけるよ。今週は碧兄が居るんでしょ?」
何度か自分の名が聞こえたが、俺は鉢に移した豆腐をぼんやりと見ていた。
頭の中ではここ最近の冷めた凛ばかりが浮かぶ。
来週末なんて言ってられない。
早く、会いにいかないと。
「あの、さ。明日ってやっぱ誰も手あかないの?」
思わぬ一言だったのだろう。
全員が箸を止めた。
「何だ、何か急ぎの用なのか?」
「私はちょっと無理かな。平日何度か早く帰らせてもらったから穴埋めしないと」
「私だってリサリサと買い物行きたいよ」
俺は白い箸置きに揃えて箸を置き、背筋を伸ばした。
「俺、今付き合ってる人いるんだ」
同じ形と色の目が揃って丸くなる。
俺がこうして宣言するのは初めてだからだ。
それにしてもこうして見ると皆そっくり母親似だな。
「ここ最近ほったらかしになってて、ちょっと怒らせちゃったみたいでさ。だから……」
「えー⁉︎凛ちゃん怒っちゃったの⁉︎って、痛ったぁーい!」
思わず立ち上がりかけた母が二度重ねて絶叫する。
俺は母の口から凛の名が出てきた事に唖然とし、痛がる悲鳴に一人だけ遅れをとった。
「え、な、なんで」
「知ってるわよぉ。私、芳恵ちゃんにずっと前から相談受けてたんだもん。でも碧ちゃんから聞くまでは黙ってようって、いたたた」
母は姉に掴まりながら親指を立てた。
「碧ちゃん。母さんなら平気だから、明日行っておいで」
「いやでもそんな状態で……」
「大丈夫よぉ。寝てるだけだし」
全く大丈夫そうではないし、追い討ちのように猫二匹が棚の本を蹴たてて床にばら撒いている。
兄と姉が困ったように顔を見合わせるのを目にした俺は、やはり家は空けられないと悟った。
「ごめん。やっぱり……」
「あー、もう!行って来なよ碧兄!」
隣からツンとした声が割って入る。
緋那は食事中でも肌身離さぬスマホをテーブルに置き直した。
「ほら、リサリサにはもう断ったから私がいてあげるよ。そのかわり料理なんて出来ないから何か作り置きしてよね!」
反抗期真っ盛りの態度だが、緋那は俺と目が合うとニッと頬を上げた。
「ね、碧兄の彼女ってどんな人?」
「えっ」
「可愛いい?インスタとかやってないの?」
今度は好奇の目が俺に集まる。
だが俺より早く、ふっふっふと不穏な笑いが母の喉から湧きあがった。
「すごく可愛いわよぉ。お兄ちゃんたちなら凛ちゃん見たことあるんじゃない?」
「そんな女の子いたかな?」
「ほら、昔うちにも遊びに来てた長谷川凛くんよ」
全員の箸が再び止まる。
沈黙の後、爆発的な声が上がった。
「長谷川凛⁉︎あのバスケやたら上手かった目玉クリクリの小僧か⁉︎」
「うっそ!あの小動物みたいな子よね⁉︎」
「え、男の子なの⁉︎碧兄、男の子と付き合ってるの⁉︎最先端か!写真は⁉︎早く!見せて見せて!」
怒涛の勢いにのけ反っていると、母が何故か得意げに手を二度鳴らした。
「はいはい、お鍋も食べないと煮詰まっちゃうわよ。せっかく碧ちゃんが作ってくれたのに。あ、でも乾杯くらいはしましょうか。みんなグラス持ってグラス」
「乾杯って、この水で?」
「いいの!はい、持った?じゃあいくよ?」
緋那が俺の手に無理やりグラスを押し付けたのを確認すると、母はにっこり笑って杯を掲げた。
「碧ちゃん、いつもみんなの為に頑張ってくれてありがとう。今度絶対凛ちゃん連れて来てね。はい、かんぱーい!」
「母さん、その音頭合わせにくい」
兄のツッコミも相まり、ややバラつきながら謎の乾杯が繰り広げられる。
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