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《二人の世界》
【凛:理性とプライド】
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土曜日の朝。
俺は今までにないくらい憂鬱の波に沈み込んでいた。
原因は激しい自己嫌悪。
碧人の家の事情は聞いているし、部活が忙しいのも理解できる。
それなのに持て余した感情は中々上手くコントロール出来なくて、ねばつくドロドロが体中を侵し息苦しさに溺れそうだった。
こんな事になるなら友だち以上になんてなるんじゃなかった。
どうあがいても自己嫌悪はそこへと辿り着き、いや、でもと繰り返す。
もう何度目か数えきれないため息がこぼれおちた。
ベッドに転がったまま窓ぎわで遊ぶ日差しを見つめ、外の気配に耳を傾ける。
静寂の中に碧人の姿を探していると、ノックの音が割り込んだ。
昼食の用意を整えた母が呼びに来たのだろう。
目だけはのろりとそちらへ向いたが、食欲など全く湧かず、小さく丸まり背を向けた。
扉は開き、また閉まる。
そっとしてくれたのかと安堵したが、突然背中がずしりと重くなった。
「凛」
「うわ⁉︎」
耳元で囁かれた低い声に体が強張る。
降りかかるのは慣れた匂いだ。
「え、あ、碧人⁉︎なんで⁉︎」
「芳恵さんに入れてもらった」
「だって、今週は無理だって……」
「ひーちゃんが代わってくれたよ。そんなことより、よくもここ数日避けてくれたな」
いきなりのゼロ距離に逃げ場はない。
宙をかいた手はシーツの上に押さえつけられ、俺が動けないように体全部に体重を乗せられた。
「重い!おりろって!」
「凛が逃げないなら」
「逃げるも何も、ここ俺の部屋だし」
「じゃあなんで俺を避けたのか教えてくれたらおりる」
「それは……」
喉の底で声が詰まり、口元だけが空回る。
理由。
理由なんて、言えるはずもない。
為す術はなく、枕に顔を押し付けうずくまる。
その頑なな態度に、碧人はゆっくりと体を離した。
「ごめん、お願いだから機嫌直してよ。凛に避けられるのすごい堪えるんだけど」
懇願する掠れ声。
それだけで碧人が今どんな顔をしているのかが分かる。
俺は碧人を傷つけたいわけでも、困らせたいわけでもない。
それなのに……。
「なんで来たの?なんで碧人が謝んの?どう考えても悪いのは俺なのに」
剥き出しの感情が抑えきれず、口からこぼれるのは責めるもの。
投げつけた言葉は自分の胸にも跳ね返り、ガラスで引っ掻くような細く長い線を引いた。
いい加減呆れられても愛想を尽かされても仕方がないのに、碧人の大きな手はあやすように頭に触れた。
「凛は何も悪くないよ。不安にさせたのは俺だから」
何度も撫でていく手が誠心誠意許しを乞う。
肩をたどり、腕、手。それから背中。
知らずに力が入っていた箇所はほぐされ、碧人の愛情深さが心地よさを呼び覚ます。
ささくれ立っていた心が凪いでくると、あれだけ濁っていた醜いドロドロは嘘みたいに溶けて流れた。
「……碧人の母さん、大丈夫なの?」
やっとまともに口が利けるようになると、碧人はホッとしながら頷いた。
「まだ動けないけど、だいぶ元気になってきたよ。そういえば凛に謝っといてだって」
「俺に?なんで?」
「実は凛のこと、うちでもちゃんと話したんだ。っていうか母さんは芳恵さん繋がりで先に知ってたみたいだけど」
「え⁉︎」
思わず上半身を起こすと、すかさず長い腕に引き寄せられた。
「捕まえた」
「え、ちょっ……」
「お願い。このまま充電させて」
「充電って」
「凛はあったかいなぁ」
仰向けになった碧人の胸の上で抱きすくめられる。
溶け合う体温は理性をとろりと削ぎ落とし、ずっと隠していた本音が胸を締めた。
「……碧人。俺は、別に不安だったわけじゃないよ」
両手をベッドにつき、碧人を見下ろす。
「ただ不満だっただけ」
本当は分かってる。
碧人が欲しいと、たった一言発すれば全てから解放されること。
それでもやっぱり言葉には出来なくて。
ちっぽけなプライドを捨てきれない俺を受け止め、碧人は手を伸ばしさらりと前髪に触れてくる。
呼吸が触れ合うまでそばに寄り、この日、初めて自分から唇を重ねた。
俺は今までにないくらい憂鬱の波に沈み込んでいた。
原因は激しい自己嫌悪。
碧人の家の事情は聞いているし、部活が忙しいのも理解できる。
それなのに持て余した感情は中々上手くコントロール出来なくて、ねばつくドロドロが体中を侵し息苦しさに溺れそうだった。
こんな事になるなら友だち以上になんてなるんじゃなかった。
どうあがいても自己嫌悪はそこへと辿り着き、いや、でもと繰り返す。
もう何度目か数えきれないため息がこぼれおちた。
ベッドに転がったまま窓ぎわで遊ぶ日差しを見つめ、外の気配に耳を傾ける。
静寂の中に碧人の姿を探していると、ノックの音が割り込んだ。
昼食の用意を整えた母が呼びに来たのだろう。
目だけはのろりとそちらへ向いたが、食欲など全く湧かず、小さく丸まり背を向けた。
扉は開き、また閉まる。
そっとしてくれたのかと安堵したが、突然背中がずしりと重くなった。
「凛」
「うわ⁉︎」
耳元で囁かれた低い声に体が強張る。
降りかかるのは慣れた匂いだ。
「え、あ、碧人⁉︎なんで⁉︎」
「芳恵さんに入れてもらった」
「だって、今週は無理だって……」
「ひーちゃんが代わってくれたよ。そんなことより、よくもここ数日避けてくれたな」
いきなりのゼロ距離に逃げ場はない。
宙をかいた手はシーツの上に押さえつけられ、俺が動けないように体全部に体重を乗せられた。
「重い!おりろって!」
「凛が逃げないなら」
「逃げるも何も、ここ俺の部屋だし」
「じゃあなんで俺を避けたのか教えてくれたらおりる」
「それは……」
喉の底で声が詰まり、口元だけが空回る。
理由。
理由なんて、言えるはずもない。
為す術はなく、枕に顔を押し付けうずくまる。
その頑なな態度に、碧人はゆっくりと体を離した。
「ごめん、お願いだから機嫌直してよ。凛に避けられるのすごい堪えるんだけど」
懇願する掠れ声。
それだけで碧人が今どんな顔をしているのかが分かる。
俺は碧人を傷つけたいわけでも、困らせたいわけでもない。
それなのに……。
「なんで来たの?なんで碧人が謝んの?どう考えても悪いのは俺なのに」
剥き出しの感情が抑えきれず、口からこぼれるのは責めるもの。
投げつけた言葉は自分の胸にも跳ね返り、ガラスで引っ掻くような細く長い線を引いた。
いい加減呆れられても愛想を尽かされても仕方がないのに、碧人の大きな手はあやすように頭に触れた。
「凛は何も悪くないよ。不安にさせたのは俺だから」
何度も撫でていく手が誠心誠意許しを乞う。
肩をたどり、腕、手。それから背中。
知らずに力が入っていた箇所はほぐされ、碧人の愛情深さが心地よさを呼び覚ます。
ささくれ立っていた心が凪いでくると、あれだけ濁っていた醜いドロドロは嘘みたいに溶けて流れた。
「……碧人の母さん、大丈夫なの?」
やっとまともに口が利けるようになると、碧人はホッとしながら頷いた。
「まだ動けないけど、だいぶ元気になってきたよ。そういえば凛に謝っといてだって」
「俺に?なんで?」
「実は凛のこと、うちでもちゃんと話したんだ。っていうか母さんは芳恵さん繋がりで先に知ってたみたいだけど」
「え⁉︎」
思わず上半身を起こすと、すかさず長い腕に引き寄せられた。
「捕まえた」
「え、ちょっ……」
「お願い。このまま充電させて」
「充電って」
「凛はあったかいなぁ」
仰向けになった碧人の胸の上で抱きすくめられる。
溶け合う体温は理性をとろりと削ぎ落とし、ずっと隠していた本音が胸を締めた。
「……碧人。俺は、別に不安だったわけじゃないよ」
両手をベッドにつき、碧人を見下ろす。
「ただ不満だっただけ」
本当は分かってる。
碧人が欲しいと、たった一言発すれば全てから解放されること。
それでもやっぱり言葉には出来なくて。
ちっぽけなプライドを捨てきれない俺を受け止め、碧人は手を伸ばしさらりと前髪に触れてくる。
呼吸が触れ合うまでそばに寄り、この日、初めて自分から唇を重ねた。
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