夏だから君を

うづきあお

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《再び、夏》

【凛:指先の感傷】

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高校三年、夏休み。
碧人と夕立を浴びたあの日からそろそろ丸一年が経つ。

今日も校舎は日差しに蒸され、蝉は灼熱の歌を狂い歌う。
補習を終えた俺は靴を履き替え、一年前と何も変わらないグラウンドをゆっくり見回した。
忘れられたように隅に立つのは古びたバスケットゴール。
じゃれるように勝負する俺と碧人の影が、陽炎の中に淡く浮かんだ気がした。

爪先は体育館へと向き、碧人を迎えに行く。
ガラスの扉を両手で開いたが、さっきまで激しく走り回っていたバスケ部員の気配はなく電気も暗く落とされていた。
靴を脱ぎ捨て、体育館の真ん中へと進む。
シンと静まり返る中に濃厚な熱気の跡を探せば、自分もコートに立っていた頃を思い出した。

「凛」

二階の戸締まりをチェックしていた碧人がひょこりと顔を出し手を振る。

「もう終わるから待ってて」

屈託のない笑顔の背後から、荒い目のガラスを通し眩しいほどの光が差し込む。
碧人には夏がよく似合うと思った。
透明なボールに手を添え、ゴールに向けてシュートを打つ。
綺麗な弧を描くイメージに集中していると、後ろから長い手に抱き寄せられた。

「お待たせ」
「……碧人、ボールある?」
「何?シュート打ちたくなった?」

碧人は俺から離れると、壁のそばに置いていたスポーツバッグからボールを取り出した。

「ほら」

床で弾く重いボールが正確に腕の中に飛び込んでくる。
手に吸い付くゴムの感触に鼓動が少し速まった。

「碧人」
「うん?」
1 on 1ワン オン ワン

びしりと人差し指を立てると、碧人は目を見張り少し笑った。

「へとへとの俺に鬼の仕打ちだな」
「それくらいのハンデで丁度いいだろ。俺がオフェンスな」
「うわぁ」

俺のワガママに嘆きながらも、碧人はディフェンスにまわる。
敵として目の前に立たれると長身の人は更に大きく見えた。

—— タァン、タァン

ドリブルの音が体育館の空気を支配する。
碧人に敵わないことくらい百も承知だが、俺の全身が負けたくないと熱くなる。
肺の底まで息を吸い、強気でゴールを見上げた。
神経を尖らせていた碧人がロングシュートを警戒して半歩下がる。
でも俺は知ってる。
碧人がこれをフェイクだと読んでいることを。
一瞬の間にドリブルで抜けようとした俺を、思った通り大きな左手が阻止しに迫る。
ここで視線で反対側にもフェイクをかけ、相手の体が勝手に反応した僅かなズレを狙い真上に飛ぶ。
得意のジャンプシュートを打ち放ったが、ボールはリングに嫌われ外側に弾かれた。

「くそっ」
「うわ、あっぶな。相変わらず凛のシュートモーションはやっ」
「次だ次。もう一回。俺が勝つまで」
「それ本気?また倒れるぞ」
「大丈夫、今日は調子がいいから」
「じゃあ三本だけな。本気でいくけどいい?」
「手加減なんかしたら一生口効かない」
「えっ」

サウナ状態の体育館に、たった二人の息が弾む。
どれだけ技術を振り絞ってもやはり碧人を抜くのは難しい。
最後に投げたボールはボードに当たるだけでリングをかすりもしなかった。

「っはぁ、はぁ、はぁ。だめだ、かてない……」
「はぁ、はぁ……、これで負けたら、ちょっと俺の日々の努力が泣くけど。でも凛は俺の癖知り過ぎててめちゃくちゃやり辛い」

冷たい床に大の字で転がったままひたすら肩で息をする。
伸ばした手に碧人の指先が触れ、そっと握りしめた。

「碧人」
「ん?」
「……最後の試合、惜しかったな」

僅かに強張る、指先の感触。

「でもすごかった。うちみたいな平凡な学校が全国の舞台インターハイに捻じ込めただけでも相当な快挙だし」

碧人が受験する大学はかなりの難関で、ぎりぎりまで部活をしながら挑めるほど甘くはない。
今日、碧人は最後の練習に参加し正式にバスケ部を引退をしたのだ。
汗に濡れた手がぎゅっと握り返してくる。

「まぁ出来る限りは頑張ったかな。やっぱ全国ってすごいわ」

勝敗を分けた、たったの二点。
その二点差がどれだけ碧人に重くのしかかったのかは分からない。
ただ、平気な顔で笑っている碧人がまだ立ち直っていないことくらいは分かる。
薄暗い体育館の中で手を握ったまま目を閉じ、無言で慰め合う俺たちの上に、蝉の声が柔らかく降り注いだ。

「凛さ、今日うちに来てよ」
「碧人の家に?なんで?」
「俺のお疲れ会するって母さんがきかなくてさ。正直放っておいて欲しいけど、凛がいてくれるならいいかなって」
「まぁ、顔出すくらいならいいけど」

繋いだ手が一度離され、今度は一本ずつ指を絡められる。

「明日補習ないんだろ?泊まっていってよ」
「でも急だし、流石にそれは迷惑なんじゃ……」
「迷惑なわけないじゃん。俺なんかしょっちゅう凛の家に泊まってるのに」

甘えるような指先が、一人にしないでと控えめに訴えている。
断る理由も特にない。

「ん、分かった。じゃあ先に着替えだけ取りに行く。一緒に来る?」
「うん」

二人で体を起こすと、碧人は軽く唇を重ねてから立ち上がった。
沢山受け取った後輩からのプレゼントを手に、俺たちは肩を並べて体育館を後にした。
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