夏だから君を

うづきあお

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《再び、夏》

【碧人:ずっと】

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久々にぐっすり寝込んでいた俺は、日も明るい七時過ぎに目を覚ました。
しばらくぼんやり座り込んでいたが、階下から聞こえる笑い声に凛の存在を思い出す。
着替えも後回しにリビングへ向かうと、ニコとココを抱えた凛がソファから笑いかけてきた。

「あ、碧人。おはよ」
「碧兄おはよ!珍しく遅かったね」

凛の隣には緋那が、凛の後ろには姉が居座り両手に櫛とコテを持っている。
既にいじられた凛の黒髪はふわふわのくるくるだ。
テーブルには父と兄が腰掛け、母は忙しく朝食の用意を整えている。
いつもの朝にあまりにも凛が自然と溶け込んでいて、俺は間抜けのように突っ立っていた。

「何ぼんやりしてるのよ、碧人。ねぇ見て見て、凛くん可愛さ増し増しじゃない?」
「白音さん、これ以上は流石に……」
「心配しなくてもお化粧はしないってば。残念だけど!」
「凛、こっち向いて。ねぇ笑って笑って」
「碧ちゃんおはよう。はいお水」

賑わいの中で母に手渡されたウォーターサーバーの水を習慣のままに飲み下す。
まだ動きの鈍い俺の元に、凛が猫二匹を緋那に託してから駆け寄ってきた。

「碧人、着替えて庭に行こう」
「庭?」

凛の指差す先には木崎家の庭に設置されたバスケットゴールがある。
昔、よく二人で遊んでいた場所だ。

「でも、また咳が出たら……」
「大丈夫、休みながらする。今日こそは絶対負けないし!」

昨日一本も取れなかったことがよほど悔しかったのだろう。
凛がいつものように腕を絡めながら俺を急かす。
家族の目もあり戸惑っていると、父がひとつ咳払いをした。

「長谷川くん」

俺はぎくりとしたが、父は振り返った凛に水を注いだグラスを差し出していた。

「喘息持ちなら気温の変化を甘く見てはいけない。ちゃんと水分を取って、気をつけて外に出なさい」

俺は穴が空くほど父を見た。
だが更に驚いたことに、凛は弾む足取りで父からグラスを受け取ると一気に飲み干し笑顔を見せた。

「ありがとうございます」
「無理はしないように」
「はい!」

昨日の空気の重さなど嘘のような和やかなやり取りだ。
凛はまだ混乱する俺を引っ張り、部屋まで上がった。

「ちょっ、凛、俺が寝てる間に何があったの?」

ご機嫌な人が肩をすくめる。

「内緒」
「え、なんで⁉︎」
「ほらほら、それより早く着替えろって」

ポンポンと背中を叩いてくる手を取り、力任せに抱き寄せる。

「教えてよ」
「だめ」
「秘密にするなんて、ずるくない?」

ふわふわくるくるで可愛すぎる凛は、くすぐったそうにするだけでやはり教えてはくれない。
まぁいいけど。
白状させる方法はそれなりに思いつくし。
耳に甘噛みしてやると、凛はびくりと反応した。

「うっ、こ、こら!」
「いいよ、今度凛の体に聞くから」
「あのなぁ」

凛は腕を突っ張って俺から離れたが、ふと目が合うと間近に覗き込んできた。

「いつもの碧人の顔だ」
「え?」
「だいぶ立ち直ってきたみたいだな」
「あ……」

言われて初めて、インターハイ以降付き纏っていた憂鬱が晴れていたことに気付く。
何をしていても試合終了のブザーの音がずっと頭から離れなかったのに、昨日凛がうちに来てからそんなことすっかり忘れていた。

よしよしと白い手が髪を撫でてくる。
愛しさに胸が締め付けられ、俺は凛をもう一度抱きしめた。
朝食は母特製のパンケーキだったに違いない。
覚えのある甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
そっと口付けると、思った通り凛の唇からは微かにシロップの味がした。
舐めすくってから深く舌を入れると、細い腕が俺の背中に回される。
しばらく続く、甘い味。
心ゆくまで堪能していると、呼吸を乱した凛が俺の肩に手をつき離れた。

「ん……はぁ、もういい?」
「やだ。俺ばっか凛が好きすぎてずるい」
「そんなことないと思うけど」

凛はさらりと流れた髪を耳にかけると、俺の胸に額をついた。

「俺だって碧人が好きだ。だから辛い時はちゃんと俺に言ってよ。俺は碧人の全部が欲しいんだから」

凛の声が胸から振動して体中に響いていく。
甘えるような声と仕草に、俺は唐突に一年前の凛を思い出した。

一年前。
俺の腕の中に凛はいなかった。
一番そばにいても、一歩離れてただ見ていることしか出来なかった。
潔癖で強く、それでいて脆く儚い人。
その心は他人ひとには見せず、たった一人で膝を抱える姿を隠しながらも、凛は高潔に揺れる花みたいだった。
それが今は俺に身を委ね、安らかに目を閉じている。
体温に寄り添い素直に胸の内を話してくれる。
こんなに幸せなことが他にあるだろうか。
俺は満たされる心のままに凛の首筋に唇で触れた。

「ありがとう。俺も凛の全部が今すぐ欲しいよ」

噛み付くように跡をつけたことは怒られたけれど、それもまた幸せだ。
愛してるよ、凛
どうか来年も再来年も、その先もずっと。
凛が俺のものでありますように。




— 再び、夏 了  ー
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