夏だから君を

うづきあお

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《再び、夏》

【凛:勇気と涙】

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俺にしがみつくように目を閉じていた碧人は、程なくして深い眠りに落ちていった。
ここ最近を思うと相当な疲れが溜まっていたに違いない。
しばらく待ってからベッドを降り、碧人が楽な姿勢で眠られるよう整え直してから掛け布団をかける。
前髪を撫でてやると、あどけない寝顔と呼吸がやたらと幼く見えた。

「ふふ、かわいい」

ついこぼれた呟きが木崎家と同じものだったので、何だか一人で笑ってしまう。
俺は顔を引き締めると部屋の電気を消し廊下に出た。
さっきまで賑やかだった一階も、今は静かだ。
でも灯りはまだついている。
ゆっくり深呼吸を繰り返し、足音を立てないようにリビングに向かい、ノックをしてから白い木の扉を開く。
食事を終えて寛ぐ碧人の父さんの背中が椅子越しに見えた。
他は誰もいない。

「あら、凛ちゃん?」

キッチンから碧人の母が顔を出す。

「どうしたの?喉乾いちゃった?」
「いえ、あの……」

握った手に汗が滲む。
ぎこちない足取りで新聞を広げる人の隣へ進み、潔く頭を下げた。

「あの、さっきは生意気なことを言ってすみませんでした」

碧人の父、誠一さんは静かに俺を見つめた。
冷や汗に濡れながら次の言葉を待っていると、視界の端で新聞が丁寧に畳まれた。

「かけなさい」

固い声で促され、恐々と頭を上げる。
緊張で干上がる喉を鳴らし、言われた通り誠一さんの対面の椅子に腰を下ろした。
本音を言えば逃げ出したくて仕方がなかったが、震えていた碧人の手を思い出しぐっと腹に力を込める。
これは、俺がしっかりしなければならない場面だ。

「長谷川くん」

名を呼ばれ、背筋が頭のてっぺんまで伸びる。
何を言われても受け入れるつもりで息を止めたが、誠一さんはため息混じりに謝罪を口にした。

「さっきはすまなかったね。驚いたとはいえ私も随分失礼なことを言った」

何度も瞬く俺に、碧人の母さんが温かいお茶を置いてくれる。

「今ちょうどその話も終わったところよ。私ねぇ、実は碧ちゃんが昔からずっと凛ちゃんを好きで、頑張って頑張って振り向かせたこと知ってるの」
「え……」
「芳恵ちゃんからずっと相談受けてたの。私たちも悩んで悩んで、でも、最終的には芳恵ちゃんが応援するって言ってくれて」

話し方だけでなく仕草まで優雅な人は、誠一さんにもお茶を出すとその隣に座った。

「凛ちゃん、さっきは全力で碧ちゃんを庇ってくれてありがとう」

思わぬ話に動揺していた俺は握った拳をそっと開き、少し俯いた。

「すみません。俺、そこまで深く考えてしたんじゃないです」

俺はただ、碧人を守りたいと思っただけだ。
上手く言葉が見つからずに黙り込んでしまったが、誠一さんはお茶を一口飲むと音を立てずに湯呑みをテーブルに戻した。

「君も知ってるかもしれないが、碧人は昔からそつなく何でも出来る分、全てを一人で背負いがちな子だ」

誠一さんの眉間に寄った皺を「私たちもつい碧ちゃんに頼りすぎちゃうから」と軽やかな声が補足する。

「君とのことも、碧人には相当な負担になるのではと思ったのだが……」

碧人によく似た薄茶色の瞳に俺が映る。

「二人の様子を知りもしないのに軽率な発言だった。正直ここまで全員から非難を浴びるとは思わなかったよ」
「当たり前でしょう?だって凛ちゃんはこんなにいい子なのに!」

ぷりぷり怒る声を制し、誠一さんはたった一人で乗り込んできた俺に苦笑を浮かべた。

「私にも少し時間が必要だが、どうやら君も一人で抱え込みやすい性格のようだね。私が言えた義理ではないが、これからは二人のことは、二人で乗り越えていきなさい」

俺を見つめる、温かな眼差し。
認めてくれた。
そう理解した途端に張り詰めていたものが肩から柔らかく溶け、急に目頭が熱くなった。

「あら、あらあら凛ちゃん」

碧人の母さんが慌てて立ち上がり、震える肩を抱いた。
俺は恥ずかしくて急いで目元を拭った。

「す、すみません」
「ううん、碧ちゃんの為に勇気を振り絞ってくれたのでしょう?凛ちゃん、これからも碧人をよろしくね」

優しい碧人が育ったのは、やっぱりどこまでも優しい家族の中だった。
包み込むような柔らかな手は、俺と碧人の未来まで、しっかりと抱きしめてくれていた。
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