夏だから君を

うづきあお

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《再び、夏》

【碧人:震えた手】

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あぁ、最悪だ。
俺の我慢の限界と、父の帰宅がものの見事に重なってしまった。
予備知識ゼロな父は、まだ俺の腕の中にいる凛に目を止め訝しげに眉を寄せた。

「碧人、その子は?」

俺はゆっくり凛を離し、代わりに手を繋いで改めて紹介した。

「俺がいつも仲良くしてもらってる長谷川はせがわりんさん。それから、今は正式に付き合ってる」

凛は俺に合わせてぎこちなく頭を下げた。

「こ、こんばんは。初めまして。それから、お邪魔してます」

父は想定外すぎる相手に困惑している。
ずれ落ちそうな眼鏡を押し上げ、固い顔で凛を見下ろした。

「付き合ってるって、君、男の子だよね?」
「……はい」
「君たちが言うのは、世間一般で言うところの男女の付き合いなのか?」

凛の手から動揺が伝わる。
空気は重い。

「父さん、凛は俺が……」
「碧人は黙ってなさい」

俺だけでなく、援護しようとした母たちも父のひと睨みで黙らされる。
繋いだ手は僅かに震えていた。
父の反応はごく普通なのだろう。
先に勘づいていた芳恵さんや母が寛大に受け止めてくれただけで、まだまだ俺たちの関係は周りに受け入れられにくい。
元々同性愛者でもない凛は、殊更にその事実を今全身で感じているはずだ。
俺はもう一度擁護しようとしたが、その前に繋いでいた手がそっと離された。

「俺は、碧人が好きです」

きっぱりとした声が部屋に響く。
凛はこぶしを握ると、父を真っ直ぐに見上げていた。

「男とか女とかじゃなくて、碧人だから好きで、碧人だから大切で、碧人だからそばにいたいだけです」
「それは友だちとしても充分成り立つものではないのかな?」

詰めるように畳み掛けられても、凛は一歩も引かなかった。

「いやです。俺は碧人の、全部が欲しいので」

父の眼鏡が再びずれ落ちると共に、我慢できなくなった母達が一斉に声を上げた。

「ちょっと父さん!初っ端から失礼だし頭固過ぎない⁉︎」
「そうよそうよぉ!可愛い凛ちゃんに何の不満があるのよぉ!」
「やめてあげなよ!みんなの前でそんなこと言わせるなんて凛くんが可哀想じゃない!それに絶対先に手出したの碧人だって!」
「父さん、今の時代は自由恋愛が容認されてるんだぜ」
「ニャー!ニャー!」
「チョット、アンタ、カワイーンダカラ!」

興奮したペット達も交えながら迫る様は凄まじい。
父はさすがにたじろいだ。

「ま、待ちなさい。夜中に騒ぐんじゃない」

持ち直すように咳払いをすると俺に向き直る。

「長谷川くんの気持ちはよく分かったが、碧人も同じなのか?」

俺がはっきり頷くと、父の疲れ切った口元からため息がこぼれ落ちた。

「そうか」
「父さん、あの……」
「もう話すことはない。上へ行きなさい」

父は腕時計を外すとさっさと洗面所へ行ってしまった。
凛と二人で呆然としていると、母が席を立ち俺の肩に手を乗せた。

「部屋へ上がっておいで。誠一さんなら大丈夫、後は母さんたちに任せなさい。凛ちゃんも気にせずゆっくり休んでね」

バラバラ聞こえる「おやすみ」を背に、俺と凛はリビングを追いやられた。
繋いだ手はそのままで階段を上り、自室に入るとすぐに凛を抱きしめる。

「うわっ、ちょ……」

それだけじゃ全然足りなくて、凛をベッドに押し倒し全身で抱き込んだ。

「ごめん、凛」

凛は少し笑うと両手で俺を抱き返した。

「何で謝ってんの?俺なら全然平気だから」
「うん……」

父に立ち向かった凛の言葉が、まだ俺の胸を熱く揺さぶる。
手が離れた時に気がついた。
震えていたのは、俺だった。
だから凛は俺を守る為にあそこまできっぱりと言葉にしたのだろう。
俺が堕としたのに、俺のせいなのに、凛は何の躊躇いもなく自分を盾にした。
こういうところが、本当にかなわないと思う。

階下から途切れることなく聞こえる賑やかな声。
うちには沢山の命と、それから優しさが溢れている。
俺はこの家族が好きだ。
でも、今は扉を閉めて凛の体温だけを感じていたい。
服の下に滑らせた手はペシリとお叱りを受けたけれど、凛は俺が眠りに落ちるまで体を貸し続けてくれた。
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