夏だから君を

うづきあお

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《sentimentalism》

【碧人:あの手この手】

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長谷川家に帰り着いたのは、午後九時の手前だった。
芳恵さんは俺たちの姿を見るなり心底ホッとした笑顔で出迎えてくれた。

「あぁ、よかった。凛ってば何の連絡も寄越してくれないから心配したじゃない」

凛は口を開こうとしたが、上手く取り繕えなかったのかまた俯いてしまった。
芳恵さんが「何かあったのか」と俺に目配せをする。
玄関扉を閉めた俺は、凛を引き寄せるように後ろから抱きしめた。

「大丈夫です。ちょっと不安定期に入ったみたいで」
「あら……」

凛は俺の手を振り解き、無言のまま二階へと上がってしまった。
芳恵さんが困ったように顎に手を添える。

「碧人くん、凛の扱いに手を焼いてない?あの子結構気性が激しいところもあるから……」
「むしろもっとぶつけて欲しいくらいですよ。凛は俺に対して遠慮してばかりだからなぁ」
「ふふ。よっぽど碧人くんが大切なのね。あの話、凛にはもうした?」
「いえ。とりあえず一月の共通テストの結果が出ないと何とも……」

頬をかく俺を見て、凛によく似た目元が嬉しそうに細められる。
飾り棚に置かれたクリスタル時計が九時を知らせると、芳恵さんは足元に置いていた大きな荷物を肩にかけた。

「じゃあ私はパパの所へ行ってくるわね。日曜の夜には戻るからって凛にも言っておいて」
「はい。っていうか、いつも追い出してしまってすみません」
「私は私の都合で行ってるだけよ。ご飯は冷蔵庫に入れてあるから適当に食べてね」

芳恵さんは最後に俺の手を握り、「凛をよろしくね」と笑顔で家を出て行った。

「さて……」

玄関を上がり、気合いを入れ直す。
本番はここからだ。
一晩丸々使ってでも、凛の本音を胸の奥から引きずりださなければ。
右足は勇ましく階段の一段目を踏み鳴らしたが、ふと凛の怯えた目が脳裏に蘇った。
あんな顔を見たのは去年の春、碧人の気持ちには応えられないと泣いた時以来だ。

「やっぱ俺のせい、だよなぁ」

江原たちじゃない。
きっと何よりも凛を追い詰めているのは俺自身なんだ。
昨日凛が「好きだ」と言いながら見せた涙こそが本音の一部で、俺はその意味をもっと問うべきだった。
……どうしよう。
どうしようか。
どうすればもう一度凛を剥き出しにさせることができる?
今は警戒されているだろうから、いつもと同じじゃきっと足りない。
放課後の夕暮れに負けないくらい、凛の思考回路ごと溶かしてしまうような刺激が欲しい。
あの手この手を考えながら階段を登っていると急に閃いた。
そうだ。
凛が今まで絶対に嫌だと言い張っていたことがもう一つあった。

「凛、入るよ」

ノックに返事はなかったが、構わず扉を開く。
予想通り部屋の電気は落とされ、凛は制服のままベッドにうつ伏せていた。

「芳恵さんもう行ったよ。日曜の夜に帰ってくるって」
「……」
「無視しても駄目だから。だいたいそのままで寝るつもり?」

反応のない相手に話しかけながらベッドに近づく。
凛が思い切り背中を向けたから、こっちも無遠慮に手を突っ込み抱え上げてやった。

「えっ、ちょっ……!」
「ってわけで、風呂にいくよ」
「わ、分かった!分かったから降ろせって!自分で行くから!」
「だめ。今日は俺も一緒に入る。凛のこと丸ごと洗ってあげるよ」
「んなっ……」

凛は身を捩って猛抗議した。

「絶対嫌だ!嫌だからな⁉︎」
「はいはい。心配しなくても昨日のお礼もきっちりしてやるから」
「昨日……?」

何のことか思い至った凛は全身を硬直させた。
俺は真っ赤に熟れた凛の頬に口づけ、抱え上げたまま風呂場まで直行した。
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