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*電脳拘束
しおりを挟む休日の午前。外の気配はまだ眠っているようで、街路のざわめきもほとんど聞こえない。窓際の椅子に腰かけながら、私はぼんやりとカップを手に取り、部屋の中を見渡す。温度調整された空気は静まり返り、壁際の観葉植物すら眠っているように感じられた。烈人は洗面所で髪を整えるのに格闘している。
銀髪が跳ね、指先でぐしゃりと撫でつけられる。派手な色をしていても浮かないのは、顔の造形が華やかだからだろう。少し動くだけで視線を引く。目元の彫りも、口の端の形も、整っている。
「⋯⋯なんだよ、さっきから見てんなよ。お前はいいよな、癖毛もなくストレートで」
鏡越しに烈人が睨んでくる。それだけ髪色を変えれば髪質も粗くなってしまうのは当然だ。口には出さないが。行きつけもない美容院をあちこち通っている。そう言った所から友好関係を広めているのだろう。
この前も彼は誰かと一緒に歩いていた。夜遅くに、駅前で女性と並んで歩いている後ろ姿を見かけた。派手な格好をした烈人と同年代くらいの女性。腕を組んで明るく笑っていて、烈人はどんな顔をしていたのかは見ていない。
「今は恋人とか、いないのか?」
気まぐれのように問うと、烈人は眉をひそめて、洗面台の上に肘をついた。
「は? いたことねぇけど?」
「10日前に、駅で。女性と一緒に歩いてたのを見た」
「⋯⋯あ? そんな前のこと、よく覚えてんな」
それはずいぶんと身勝手な話に聞こえたが、彼はあっけらかんとしていた。私はただ、そうかとだけ返した。
烈人は自分から誰かを深く好きになったことがあるのだろうか。恋人という存在がどういうものか、理解しているのだろうか。
——私は?
自問して、口を閉ざす。
理解しあうことの困難さ、けれど触れたいという感情。
分かりあえないまま、それでも誰かの傍にいたいという願い。それは、兄弟でも、他人でも、誰にとっても同じなのかもしれない。
烈人は髪のセットが終わった様だ。私の目の前に立った。
「お前こそいたことあるの?恋人」
「いない」
「っは。つまんねぇ人生」
腹いせとでもいう様に、髪をぐしゃぐしゃにしてきて部屋に戻っていった。そろそろ髪を切らないと。と考えているとチャイムが鳴った。
AI操縦のドローンから受け取る。差出人は会社の名前。確か部署全体に配布された最新型の電脳シミュレーターだ。ストレス緩和、職務適応支援など、もっともらしい名目が並んでいた。AI認可済み、セーフティ完備、記録は限定的。私の分と烈人の分で二つ。
実際に届いたそれは、頭部装着式の簡易型だった。テスト版ということで無料で配布された。テスト段階なので、バグの可能性もある。だが、配布通知には一切そうした警告はなかった。使用して感想を提出しろと使命があった。
装着してみる。視界はやたらと鮮明で、現実の五感を錯覚させるには十分すぎる性能だ。ただの適性試験補助だろうと高を括っていた。
起動後、薄く光る電脳空間のUIに従って、標準メニューから「リラックス環境」を選択した、はずだった。
しかし次の瞬間、視界は崩れ、身体が揺れた。
落下?いや、違う。
宙を掴もうとしても手は拘束され、足元には固定された金属の輪。背中に触れる冷たい鉄板。息を吸い込むと、仄かに薬品と金属の混ざったような匂いが鼻を刺す。
「なんだ、これは?」
暗闇の中、徐々に視界が慣れていく。周囲は狭い部屋で、天井に点滅する赤いランプ。機械の稼働音。そして、正面の壁に浮かぶ冷たい文字。
──再教育区画Ω。
──解放条件:対象者の快楽値が閾値を超過するまで。
悪質なバグか、あるいは冗談かと疑う間もなく、首輪がピピッと音を立てた。細いコードが手足に絡みつく。電流のような痺れが神経を這い、脳の中心に火花を散らす。
拘束椅子──そう形容するしかない──の背に身体が固定され、下半身の衣服はいつの間にか剥かれていた。
逃げようとしても、身体は反応しない。現実では何も起きていないと理解しているのに、肌は震え、息が乱れる。
「千景?」
突然、正面の仮想の扉が強制的に開き、烈人が空間に現れる。何故。
「なんで烈人がここに──」
「呼ばれたんだよ。お前のデバイスに異常ログ、ってな」
烈人は眉をひそめながら辺りを見回す。
「で、これなんの部屋?」
「再教育区間、らしい。バグで飛ばされたみたいだ」
「ああ。つまり、お前がそこに表示されている“快楽値”を超えりゃ出られるってことか」
彼の目が細まる。嫌な予感がした。操作端末を握った彼は、UIを見てニヤリと笑う。
「じゃ、試してみるか。こっちも興味あるしな」
スイッチが押される。次の瞬間、椅子の下から伸びた何本ものワイヤーが、太腿や腰のあたりに巻きついた。電流ではない。もっと違う何か──神経を直接なぞる、得体の知れない快感が、皮膚の裏側を這った。
「──ッ⋯⋯!」
腰が跳ねた。声が漏れそうになるのを必死に噛み殺す。烈人は直接触れていない。だが、その指先ひとつで、私はこの部屋の「装置」に支配されている。
「感度上昇ボタンだって。なんでもありだな」
「や、やめ──っ、ひッ!」
烈人の手元で設定が弄られるたび、体に電流が走る。足の間に空気の振動が伝わり、どこにも触れられていないのに、奥が疼く。
視界が白む。全身が火照る。冷たい椅子に押しつけられるたび、羞恥と快楽が混ざり合う。
「AIが“解除不可”って、なんか色々あるな」
「う、⋯⋯ぐっ、あ⋯⋯!
烈人の操作で、次々と新しい機械アームが起動する。水音、振動、接触感、ありとあらゆる“擬似触覚”が脳に直接送り込まる。
数値が跳ね上がる。身体が反射で跳ねる。現実ではどこにも触れていない。腰が震え、視界が揺れる。快感が閾値に近づくたび、装置がそれを嗅ぎ取り、刺激を強める。
まるで実験体だった。
私は、烈人の操作する“制度”の中で、ただ快楽という数値を上げるためだけに喘がされていた。
「あっ、烈人⋯⋯ッこわれ、るから」
懇願にも似た声が喉を震わせた。
「死なねぇだろ? 試作品なんだし、使える機能は全部使わねぇともったいねぇ」
腕のような形をした機械アームが可動を始めた。肩から斜めに伸びたアームの先が割れてぬるりとしたシリコンが胸を撫でた。
感触は冷たく、異物でしかないはずだった。にもかかわらず、押し当てられた乳首がびくりと跳ねる。押し付けられたまま、左右に引っかかれるような圧がかかる。
吸引と振動、微細な刺激が交互に送り込まれ、皮膚の一枚下が過敏に反応していた。
理性がそれを恥と断じても、身体は無反応ではいられない。締めつけられるような疼きが、胸の奥から波紋のように広がっていく。反応するな。だが、胸元にひときわ強く圧がかかり、逃れようとした身体は逆に弓なりに仰け反った。
「っ、んぁ⋯⋯っ!」
あまりにも生々しい触感。吸い上げるように、揉みしだくように、熱を伴って胸を愛撫される。乳首が徐々に固くなると、それを感知したかのようにアームの先端が変化し、円を描くように舐めるように回転を始める。
「ひ、ぁ、んっ⋯⋯っ」
金属的な質感ではない。擬似粘膜──おそらくそうプログラムされた物質が、先端を何度も舐めるように撫で上げてくる。敏感な突起が刺激を受けるたび、腰が跳ね、脚がびくんと震える。
「感度、マックスまで上げるぞ」
烈人が設定バーを弄る。画面のモニターのメーターが眼前に表示されみるみるうちに上がっていく。
「あ、ああ⋯⋯っ!」
身体が、脳が、勝手に白く染まっていく。
そのとき、椅子の座面が開き、下から這い出るように太く艶めいたアームが姿を現した。狙いすましたように、後ろへ。
唾液のような液体を滴らせながら、じわりと、後孔に押し当てられる。腕くらいの大きさの凶悪な形のものが。入るわけがない。拘束も解けない。烈人を見るが、呑気な声ででっけぇな、と呟いていた。
「まあ大丈夫だろ。電脳空間だから」
烈人が無感動な声で告げると同時に、一気に中に押し込まれた。
「──ぁあああッ……!!」
感覚神経に直接信号を送られているのか、裂けることもなかった。入ってきたのは、異常なまでに現実的な“擬似肉棒”だった。内壁に密着し弱い部分を直接弄られる。
「は、ぁぅ、ッ、!!」
自分の奥の形が丸ごと把握されているようだった。快楽の数値が閾値に届くまで、アームは止まらない。腰をがっちりと固定されたまま、内部に押し込まれ、擦られ、根本まで捩じ込まれる。
「は……、ぁっ……は、や……、ん、あっ……っ」
前──脚のつけ根にかけても、新たなアームが伸びてくる。上下の両面から、舌のようにうねる感触で乳首を吸われ、陰茎を包み込まれる。
「ぁっ、あ、や……あっ!」
粘膜を模した柔らかい構造体が、先端を丁寧に舐め上げる。表面を何度も擦られ、丸呑みにされるように包み込まれると、ただそれだけで頭が真っ白になった。
「気持ちいいか? 数値、すげぇぞ。お前、こういうの、好きなんじゃねぇの」
「違っ……、違うっ、烈人、止めて、くれっ」
息が続かない。喉が震える。機械に嬲られ、烈人に見られ、声まで拾われ──羞恥と快楽で身体が壊れるかと思った。
太いアームが、ぐっ、と奥まで沈む。的確に、何度も突かれたあの一点を圧してきた。容赦なく、記憶の中の痛みと快楽をなぞるように。
「──っっッ!!」
目の前が一瞬、白く弾けた。下腹が痙攣し、脚が突っ張る。
そのとき、システム画面にログアウトの表示が浮かび上がった。
──快楽閾値到達、解放条件達成。
──元の電脳ロビーに戻されていた。
私は床に倒れ込み、頬を赤らめながら息を整える。まだ余韻が体に残っていてうまく体勢も保てない。烈人はと言えば、腕を組んで端末を眺めていた。
「⋯⋯ログ、残ってない。さっきの部屋、異常区画。AIの検閲範囲外だったみたいだ。記録もない。なんだよもっとちゃんと見ておけばよかった」
肩を組まれた瞬間、私は咄嗟にログアウトした。逃げるように、いや、制度に巻き込まれないための、最低限の自衛。現実世界に戻っても体の奥底がどうにも痺れてしかなかった。
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