婚約破棄の日の夜に

夕景あき

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婚約破棄の日の夜に

 私が王妃教育で学んだ、この国の歴史の裏側は血なまぐさいものでした。王位を巡って兄弟達の骨肉の戦いが長年繰り返されてきたそうです。
 そのため、争いを避けるために現国王陛下が、生まれた順に王位継承権を授けると決められたのです。
 国王陛下はとても厳しい方だから、よほどの事がない限り、その決定が覆ることはないでしょう。

 そんな厳しい国王陛下も参列している、高等魔法学園の卒業パーティーで突如それは始まりました。

「ロージー、君との婚約を破棄する!君の悪行の調べはついている!ティアラ嬢の事を平民だからと差別し、嫌がらせを行ったな!」

 金髪碧眼の第一王子が壇上で声をはりあげ、私を指さしました。
 第一王子の腕の中には、ピンク色のロングヘアで華奢なティアラ嬢が涙目で震えています。

 「嫌がらせとは、なんの事でしょうか?」

 パーティー会場の出席者達からの痛いほどの視線を受け、私は怯みそうになりましたが、胸を張り毅然と問い返しました。
 そんな私を、第一王子が憎々しげに見下ろし叫びます。

「シラを切るな!調べはついている!ティアラ嬢の教科書をゴミ箱に捨てたな。そして彼女を井戸に突き落とし、怪我をさせた。すべてロージーが行った事だと、ティアラ嬢が泣きながら証言してくれた!」

「私·····こわくて·····」
 
ティアラ嬢が涙声を震わせながら、第一王子に縋り付きました。
 涙をこらえるようにティアラ嬢が俯き、そしてニヤリと口角が上がったのが私の位置からは見えました。

「·····私はそんな事はしていません」

 掠れた私の声は、第一王子には全く届かないようです。

 悔しさと悲しみが、私の胸を満たしました。

 第一王子とは、愛情はなくとも友情はあったと思っていました。
 よく、観劇に誘われましたし。
まぁ、観劇の前後に会話は一切なかったですが·····。
 幼い頃はよく様々な遊びに誘われて、一緒に遊びました。
 まあ、中等科に入ってからは観劇以外は、一切誘われませんでしたが·····。

 高等科3年の春にティアラ嬢が編入してからは、第一王子はティアラ嬢とばかり過ごすようになりました。人気のない中庭で、2人が熱心に語り合っている様子をよく見かけました。
 そんな天真爛漫なティアラ嬢に、私の友人達は憤ってました。でも私は第一王子にどうしても友情以外の感情を持てなかったので、ティアラ嬢に対する嫉妬心はあまりなかったのです。ただ第一王子の変わりように困惑してました。
 ティアラ嬢が来てから、第一王子の私への眼差しが変わりました。たまに夜会などで、私と共に過ごさないといけない時、第一王子はまるで私の粗を探しているかのように、鋭い眼差しで私をじっと観察しているのです。
 婚約者として第一王子と仲睦まじいフリをせねばと思うのですが、最近の第一王子の異様な眼差しがどうも苦手で、彼に対してぎこちない笑みになってしまいます。『素直すぎて演技が苦手な点が、次期王妃を目指す者としての最大の欠点』だと王妃教育で常々言われております。
 夜会の度に私は第一王子の眼差しに戸惑い、注意散漫になり人にぶつかりそうになったりもしていましたが、そんな私を黒髪碧眼の第二王子がすかさずフォローしてくれました。
 第二王子は私の2歳年下ですが大変優秀なので、学園では飛び級制度を使って、3年の私と同じ講義をとっていることもあります。また、第二王子はまだ婚約者が決まっておらず、第一王子に劣らぬ美男子という事もあり女生徒からの人気が高いです。
 そんな第二王子が学園でも、いつも私に会いに来てくれて、大変気にかけてくれるので私は笑顔になれました。
 この1年、私が前向きでいられたのは、第二王子のお陰と言っても過言ではありません。

 私が現実逃避でこの1年を振り返って、ぼーっとしてたせいでしょうか第一王子は激昂して私に詰め寄ってきました。

「ロージー!貴様は素直に罪を認めて、跪いてティアラ嬢に謝るのだ!」

 追い打ちをかけてくる第一王子からの攻撃を遮るように、私の前に第二王子が颯爽と立ち塞がってくれました。慌てて飛び出してきてくれたらしく、黒髪が乱れています。

「兄上、無実の罪でロージー嬢を責めないでください!」

 第二王子の言葉に、第一王子は、激昂して叫びました。

「ティアラ嬢が言うのだ、ロージーが犯人で間違いない!王位継承権を賭けてもいい!万が一、間違っていたら、お前に王位を譲り、俺は平民になってやろう!」

 第二王子は第一王子のその言葉に、目を光らせました。

「それでは兄上、ロージー嬢が犯人ではないと証明してみせましょう。ティアラ嬢から事前に嫌がらせの詳細は聞き込みしております。·····まず、破られた教科書を教室のゴミ箱で発見したのは5日前の17時頃で間違いないですね、ティアラ嬢?」

 ティアラ嬢は、涙をハンカチで拭う仕草をしながら小さく頷きました。
 それを受けて、第二王子は乱れた黒髪をかきあげながら説明しました。

「用務員に確認したところ、ティアラ嬢の教室のゴミ箱のゴミは、毎日必ず16時に回収するとの事です。つまり犯行があったのは16時から17時の間になります。しかし、5日前の16時から17時はロージー嬢にはアリバイがあるのです。なぜなら、その日のその時間、ロージー嬢は私と図書館で一緒に勉強していたからです!」

 ティアラ嬢は第二王子の話を聞き一瞬、眉間にシワを寄せましたが、すぐに弱々しい表情になり言いました。

「教科書の件は、ロージー様ではなく、その手先のどなたかがやったのかも知れません·····でも、井戸へと私を突き落としたのはロージー様です!信じてください!」

 ティアラ嬢の涙声を震わせながらの懇願に、会場中の男性陣のほとんどが同情の視線をむけたのが、雰囲気で伝わりました。
 そんな中でも、第二王子は冷たい表情でティアラ嬢に問いかけます。

「そうですか。では、井戸へ落ちたのは3日前のあの日のことで間違いないですか?ティアラ嬢」

 第二王子の問いかけに、ティアラ嬢は少し不安そうに頷きました。

「そうなのです。井戸の水を汲んでくるよう先生に言われて向かったら、後ろからロージー様に突き飛ばされて、井戸に落ちたのです。幸いにも第一王子と第二王子のお二人がちょうど通りかかって、私を助けてくれましたが·····」

 ティアラ嬢の言葉を受け、第二王子は頷きました。

「兄上と共に、ちょうど通りかかって、助けた時に私は井戸の周りを検分しました。前日は、雨だったので地面はぬかるんでおり足跡がくっきり残っておりました·····二人分の靴跡が。1つはティアラ嬢のハイヒール。·····もう1つは男性の足跡でした。ロージー嬢の靴跡は一切見当たりませんでしたよ。そして現場に残っていた靴を履いていた男性は、すでに特定しており、このパーティー会場にお呼びしております」

 第二王子の言葉を受け会場が、ざわめきました。

「ティアラ嬢を井戸に突き落とした犯人は貴方ですね·····用務員さん!」

 第二王子が指さした先には、くたびれた服を着た赤銅色の短髪の体格の良い青年が立っていました。
 会場中の視線を受け、彼は悔しそうな顔で俯きます。
 第二王子は彼に向かって、話を続けます。

「調べはついています。あなたはティアラ嬢の恋人だった。だからティアラ嬢を心配して追いかけて、彼女の学園編入と共に用務員になった。しかし、ティアラ嬢と第一王子との仲が深まることに嫉妬した。嫉妬のあまり警告として、教科書を破いた。そして井戸にて彼女を問いつめ、言い争いになった挙句にティアラ嬢を井戸に突き落とした·····違いますか?」

「··········すべて、その通りです。俺がやりました·····」

 苦しそうな 用務員さんの発言を、ティアラ嬢は金切り声で遮りました。

「嘘よ!全部仕組まれたのよ!そんな用務員は私会ったことも無いわ!犯人はステファンではなくて、ロージー嬢よ!信じてください!」

 ティアラ嬢は、第一王子にすがりつきました。
 第一王子は青ざめた顔で言いました。

「君·····今、用務員の彼をステファンと呼んだね·····会ったことも無いはずの用務員の名前をなぜ知ってるんだ·····」

 ティアラ嬢はハッとした顔で、口元を覆い隠しました。
 
 その瞬間、威厳のある大きな声がパーティー会場に響きました。

「茶番は、もういい!」

 上階にいた国王陛下が席をお立ちになり、会場の皆を見渡してから、第一王子と第二王子に向かって言いました。

「発言には責任が伴う。王族は特にその責任が重い。先だっての宣言通りに、第一王子の王位継承権は剥奪し、明日より平民になってもらおう。もう顔を見たくもない。お前はもう王族でも私の息子でもない。今日中に王宮を出て、その平民の娘と何処へでも行くが良い。王位継承権は第二王子に渡す。·····そうだな。第二王子には真実を暴いた褒美に1つ願いを叶えてやろう」

 国王陛下のお言葉に、第一王子はガックリとうなだれ、第二王子は目を輝かせました。
 会場中が注目する中、第二王子は目を輝かせながら、なぜか私の片手をとりました。
 そして、陛下に向かって声をはりあげました。

「それならば陛下。ロージー嬢を私の婚約者にして下さい!」

 国王陛下はフンと鼻を鳴らして、頷きました。

「よかろう。ロージー嬢はすでに第一王子に婚約破棄されている身だ。好きにするが良い。まぁ、ロージー嬢が了承するならばの話だがな」

 国王陛下のその言葉をうけ、第二王子は跪いて私に真摯な眼差しで問いかけました。

「ロージー嬢、私の婚約者になってくれるか?」

 私は混乱しフワフワと心も頭も落ち着かない中でしたが、第二王子にコクリと頷き「はい」と返事をしました。

 すると、会場中にワッと歓声が上がりました。

 第二王子に大事そうに両手をとられ微笑まれて、私は顔が真っ赤になるのを止められませんでした。

 


※※※


 混乱の卒業式パーティーがあった、その日の夜。

 私の屋敷に、4人の方がお忍びで訪れました。
 その面子に、私の頭は疑問符でいっぱいです。

「悲しい思いをさせて、申し訳ありませんでした!!」

第一王子とティアラ嬢が頭を下げるのは、分かります。でも、なぜ第二王子と用務員さんまで頭を下げているのか謎です。

「実は俺たち四人で、ロージー嬢を騙していたんだ!」
 
「ど、どう言う事ですの?」

 私の動揺に、第一王子が懇願するように話し始めました。

「すべて俺が悪いんだ。俺が心を奪われてしまったせいなんだ·····演劇に」

「え、演劇?」

 そこからの第一王子の話は、思いもよらない内容でした。
 
 お話によりますと、中等科の時に私と観劇に行った舞台を見て、演劇に心を奪われたそうです。第一王子は自分も演じたい、俳優になって色々な役を演じてみたい、そう強く思うようになったそうです。
 しかし、第一王子という立場で、俳優になる訳にもいかない·····そう、何日も思い悩み苦しんだ末に、第二王子に思いの全てを打ち明けたそうです。
 厳しすぎる父という共通の敵がいたので、実は第一王子と第二王子は仲が良かったのです。

 第一王子の話を聞き、第二王子も兄の婚約者である私に横恋慕してしまっている事を打ち明けました。
 第一王子は私を友人にしか思えなくて困っていたので、これ幸いと今回の作戦を考えついたのだそうです。
 私は理解が追いつかないまま、問いかけました。

「ではティアラ嬢と、用務員のステファンさんは?」

「彼らの演技は、見事だっただろう?スカウトして1年間演技してもらってたのさ。ティアラ嬢と二人でいる時には演技指導をしてもらっていた。昔、一緒に観劇した『王子と乞食』という演目を覚えているか?あの乞食役だったのがティアラだ!ステファンは衛兵役だったな」

「えぇ!?乞食って少年ではなかったですか?それがこの美少女ティアラ嬢と同一人物ですか?」

 私は信じられずに、開いた口が塞がりませんでした。 
 すると、ティアラ嬢が途端に男の子の声色となり、快活な少年の様な身振りで私に話しかけました。

「いやぁ、役者冥利に尽きるね。この通り同一人物だよ!今回の役も楽しかったけど、僕は本当は筋肉大好きだから、実はこのステファン一筋なんだ。第一王子には恋愛感情はないのさ。改修工事で資金繰りが悪化していた劇場のため、この1年お金で雇われていたのだよ」

 急に少年に見えてきたティアラ嬢が、ステファンの胸筋を撫でながら絡みはじめました。ティアラ嬢の態度が少年なので、同性愛の光景を目の当たりにしている気さえしてきて、私は顔を赤らめて目を逸らしました。
 そんな私の手を取り、第二王子が言いました。

「本当は、ロージーにも話して協力してもらおうと思ったんだけど、ロージーって素直だから·····演技が国王にバレてしまうかなぁと思って1年間も騙してしまったんだ。悲しい思いをさせて本当にごめんね」
 
 反省した大型犬のように眉尻を下げた第二王子を見ていると、胸のモヤモヤが溶けていきました。

「仲間はずれにされてたのは、寂しいですが·····辛かった期間のお陰で少し強くもなれた気がしますし、今幸せなので水に流します。皆さんの劇を見に行ける日を楽しみにしていますね」

「うぉぉ!いけ好かない第一王子の役は今日でおしまいだァ!浮浪者役や、犯罪者の役!イケてない学者の役や、道化の役とか演じたい!楽しみすぎる!」

 はしゃぐ第一王子の頭を、ティアラ嬢がどこからか取り出したハリセンで叩きました。パーンといい音がします。

「お前には、そういう役はまだ早い!まずもっと人間観察してもらう所からだな!そして、観察の仕方が下手すぎ!毎回、観察相手のことをガン見しすぎて、ビビらせるんだから。·····はー、せっかくこの顔なのに、三枚目とか演じたがるんだもんなぁ。演劇、カリキュラムを考え直した方がいいかもな·····」

どうやら、第一王子が急に私を異様な眼差しで見始めたのは、演劇の勉強で観察対象になっていた為のようです。
やれやれとため息つくティアラ嬢は、今は頼れる姉御肌に見えました。

その後もティアラ嬢と第一王子の軽妙なやりとりは続き、私は思わず声を上げて笑ってしまったのでした。




※※※


 卒業パーティーがあった日の夜の、王宮の執務室。
 そこには宰相と国王、2人の姿があった。

 宰相は書類を見て、国王に問いかける。

「おや、この劇団へ出資されるのですね」

 国王は、眉間に皺を寄せ厳しい顔で答えた。

「この劇団は、売上の一部を孤児院にも寄付する公共性の高い劇団だから投資しておくだけだ」

 「ふふふ·····共通の敵がいると、人は仲良くなりますもんね。骨肉の争いの歴史を断ち、兄弟仲を良くするための見事な演技です。敵となるような厳しい父親をあえて演じてみせている、1番の役者は貴方様ですね。陛下」

「下らんことを言っている暇があったら、仕事しろ!」

 国王の少し赤らんだ顔を見ながら、宰相はクスリと笑ったのだった。
 


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