冷徹王太子の愛妾

月密

文字の大きさ
3 / 78

二話

しおりを挟む


 六年後ーー。

「ご機嫌は如何かな」
「クロヴィス兄様!」

 部屋で読書をしていると扉が軽くノックする音が聞こえ、中に入って来たのは男性にしては細身で落ちた金色の長い髪を一つに束ねた青年だった。彼はこの国の第二王子のクロヴィス・ブルマリアス。ベルティーユがこの国に来てから何かと世話を焼いてくれている。

「珍しいお菓子が手に入ったから、ベルと一緒に食べようと思ったんだ」

 彼はそう言うと侍女にお菓子の包みを手渡した。それを受け取った侍女はお茶を淹れる為に部屋から下がった。

「異国の食べ物を似せて作った物で、サンザシを飴で塗した物なんだって。栄養素も高くて美容にも良いらしいよ」

 丸くて赤い果実が串に刺されキラキラと輝いている。珍しい形状のお菓子に、ベルティーユは目を丸くしながらも恐る恐るそれを口に入れた。

「甘酸っぱくて美味しい」
「お気に召した様で何よりだ。ねぇベル、僕にも食べさせて?」

 五歳年上のクロヴィスは、普段は頼り甲斐のある兄の様な存在だがたまにこうやって甘えてくる。だが別に嫌ではない。

「はい、クロヴィス兄様、お口開けて下さい」

 まるで幼子の様に口を開ける姿に笑いが込み上げてくるが、我慢をしながら彼の口へとサンザシを運んだ。

「うん、本当だ、すっきりした甘さで食べ易い」
「昼間から何いちゃついてるんだよ」
「あぁ、ロランか。君も食べるかい?」
「いや俺はいらない」

 呆れ顔で部屋に入って来たのは癖っ毛の短い黄みが強い金髪の中肉中背の青年で、この国の第三王子のロラン・ブルマリアスだ。クロヴィスより一歳下で、明るく人当たりは良いが、たまに冗談混じりにさらりと嘘を吐くので対応に困る事もある。だが悪い人ではない。

「相変わらず兄さんはベルに甘々だねー。それ他国から態々材料取り寄せてシェフに作らせてたやつだよね」
「おい、ロラン! どうして君は一々バラすんだ」
「ベルの気を引く為に必死だねー」
「う、煩いっ‼︎」

 揶揄い軽快に笑うロランにクロヴィスは顔を真っ赤にして怒っている。それを見てベルティーユも笑った。
 本当に仲の良い兄弟だと思う。ただ彼等には上に王太子である兄がいるのだが、彼は同じ兄弟でも余り仲の良い様には思えなかった。何でも聞いた話では、王太子は騎士団長を務めており城を空ける事も多く、兄弟であるクロヴィスやロランとは余り顔を合わせていないそうだ。それに二人とは違って、ベルティーユが生活している離宮に王太子が姿を見せる事はほぼない。年に数度、見掛ける事があるが冷淡な印象で会話をする事もない。無論礼儀として挨拶はするが、酷く冷たい目で睨まれるだけだ。悲しいがベルティーユの立場を考えれば至極当然とも言えるのでもう諦めている。

「そう言えば、もう直ぐベルの誕生日だったね。何が欲しい?」
「ロラン、君抜け駆けするつもりか⁉︎」
「こういう事は早いもの勝ちなんだよ」

 十二歳でブルマリアスに来てからベルティーユは六回目の誕生日を迎える。十八歳は特別で、母国リヴィエでは成人と認められ成人の儀を執り行う。リヴィエと慣習が似た部分のあるブルマリアスでも同じ様な事を執り行うと耳にしたが、人質の身であるベルティーユには縁遠い話だ。

「ベル、当日は愉しみにしていてね」

 そう言ってクロヴィスは、何時もみたいにベルティーユの頭を優しく撫でてくれた。
 たまに自分が人質である事を忘れてしまいそうになる。傍から見たら何と能天気なと思うかも知れないが、クロヴィスを始めとして皆ベルティーユに本当に良くしてくれる。
 この国へ来たばかりの時、不安気にしているベルティーユの手を優しく握り締め「僕の事はお兄様と呼んで」そうクロヴィスが言ってくれた。ロランも侍女達も、何時も優しい笑顔で接してくれる。正直、ブルマリアスには良い印象など無かったが此処に来て考えが変わった。国や民族が違っても、人は分かり合えるし何等違いなどない。これまでは行き違いなどで互いに啀み合い分かり合えなかったが、話をする事が出来る今それも終わる筈だ。この六年、和平協議は難航していたが最近になりようやく互いに歩み寄りを見せた。数ヶ月後の次の協議では、正式に書面を交わすと聞いている。そうなれば、ベルティーユも母国へと帰る事が出来るだろう。クロヴィス達と離れるのは寂しく思うが、やはり兄や弟達に会いたい。それに和平が結ばれれば、これからはリヴィエとブルマリアスを自由に行き来する事が出来る筈だ。それに何よりリヴィエやブルマリアスの民達にもようやく平穏な日々が訪れる。その事が今は愉しみであり、また嬉しくて仕方がなかった。






しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

私の意地悪な旦那様

柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。 ――《嗜虐趣味》って、なんですの? ※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話 ※ムーンライトノベルズからの転載です

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

代理で子を産む彼女の願いごと

しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。 この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。 初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。 翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。 クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。 フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。 願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...