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六話
しおりを挟む「ゆめ……?」
長い夢を見ていた。途中までは平穏で幸せな、目を覚ます寸前は思い出すだけで息苦しくなる、そんな切ない夢だった。
朝日が小さな窓から差し込んでいる事に気付き、ベルティーユはゆっくりと息を吐いた。
(今日で、五日目の朝……)
ロランが話していた事が事実なら、今日ベルティーユは処刑される。だが不思議と恐怖はない。多分心身ともに疲弊し、もう何も考えたくないからだと思う。ただ一つ心残りはーー。
(故郷に、帰りたかったな……)
もう一度だけリヴィエに帰って兄や弟、リヴィエの人々に会いたかった。
ベルティーユは胸元の内側からある物を取り出した。姫百合を模った銀細工のブローチだ。母の形見であり、母が亡くなってからずっと肌身離さず身に付けている。心の支えでお守り代わりだった。大切な物なので普段は人目につかない衣服の裏側に仕舞っていた。
(お母様……)
何の為の六年間だったのか、今となってはもう分からない。自分が処刑されれば、和平どころの話ではなくなる。もしかしたら休戦する六年前よりも関係は更に悪化して収拾がつかない状態になるかも知れない。民はどうなるのだろう……。リヴィエだけでない、ブルマリアスの民もそうだ。これまで以上に他国を巻き込みながら、また罪のない命が沢山失われてしまう……。
(でも、もう私には何も……出来ない……)
考えたくないと思いながらも、呆然とそんな事を考えていた。我ながら諦めが悪いと思う。
そんな時だった。物音一つしない静寂の空間に、足音が響いた。階段をゆっくりとだが確実に踏み鳴らす、そんな足音だった。そしてその音は牢の前で止まった。どうやら時間らしい。
ふと母の凛とした笑みを思い出した。ブローチをキツく握り締める。
ベルティーユは歯を食いしばり全身の痛みに耐えながら立ち上がった。意識は朦朧としているが、背筋を正し顔を上げた。
リヴィエは小さな国だ。たまたま島国でたまたま潮の流れに守られている。もしリヴィエが大陸に在ったならば、疾うの昔にブルマリアスに敗北し占拠されていた事だろう。だがそれでも自分はリヴィエ国の第一王女に生まれ、今は王妹という立場になった。結局無力で何一つ守る事が出来なかったが、リヴィエの王族としての誇りは最期の瞬間まで捨ててはダメだ。
「そんなに警戒しなくていい。俺は君を取って食ったりはしない」
淡々とそう話すと、彼の指示で牢の扉が開けられる。その様子をベルティーユは呆然てして眺めていた。
足音の主はてっきりベルティーユを連れに来た兵士か何かだと思ったが違った。
何故彼がーー。
「牢から出ろ。君の身柄は俺が引き受ける事になった。これより君は俺の妾だ」
余りの出来事に理解が追いつかず、目を丸くして動けない。だが彼はそんな事は意に介さず「ついて来い」と言い放つと早々に踵を返す。困惑しながらもベルティーユは慌てて彼の後を追った。
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