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十三話
しおりを挟む花束を手渡すと彼女は涙を流した。涙の理由はレアンドルには分からない。だがこの数ヶ月、彼女はずっと葛藤してきた筈だ。信じていた者からある日突然突き放され、暴力と辱めを受け心も身体もボロボロになり絶望の淵に立たされた。彼女自身の兄の問題もある。その心情はレアンドルの想像を絶するものだろう。
レアンドルは自らの上着を脱ぐとベルティーユの肩へと掛けた。そのまま彼女へと手を伸ばすが、躊躇ってしまい一度手が止まった。これまで極力彼女には触れない様に自制してきたが、小さく頼りない華奢な身体を震わせ涙を流す彼女を目前にして限界だった。上着の上からなら赦されるだろうかーー意を決して彼女を抱き締めた。
ベルティーユは涙を流しながら譫言の様に「ごめんなさい……ごめんなさい……」と謝り続け、泣き疲れ眠るまでレアンドルはそんな彼女を抱き締め続けた。
「レアンドル様……」
「シェフに謝っておいてくれ。悪いが残っている料理は温め直して夕食にでも出して欲しいと」
ホレスに後の事は任せ、眠ってしまったベルティーユを抱き上げると彼女の部屋へと向かった。
「お帰りなさいませ」
最近ベルティーユが少しずつだが元気を取り戻してきた。彼女とお茶会をした日の夕食、何時も部屋で食事をしている彼女が申し訳なさそうにしながら食堂に姿を現した。「ご迷惑をお掛けしました」と頭を下げてから正面に腰を下ろした。その後、二人はお茶会で残った料理を食べ、食後にはケーキも一緒に食べた。
その日を境にベルティーユは部屋から出る事が増え、レアンドルが外出する際は必ず見送りと出迎えをしてくれている。
「あぁ、ただいま」
自分で言いながら気恥ずかしさに思わず顔を背ける。これまでの人生の中で「ただいま」など言った事が無かった。ホレスや使用人等からは屋敷に帰れば「お帰りなさいなせ」と声は掛けられるが「あぁ」「戻った」と返すだけだった。まさか「ただいま」と言うだけの事が、こんなにも照れ臭いとは思わなかった。
「先日、レアンドル様から頂いた新しいお香ですが、とても良い香りでした」
「そうか、それは良かった」
ブルマリアスではお香なる文化はない。だが以前リヴィエの話を耳にする機会があり、それを思い出したレアンドルは他国に出回ってないか調べた。すると意外にも近隣の国で手に入れる事が出来ると知った。少々時間や労力は要したが、彼女が喜んでくれているなら安いものだ。
「あの、それでこれを……」
「これは?」
「香り袋です」
レアンドルは、ベルティーユの小さな手に乗せられた小さな布袋を見て目を丸くする。銀色の布袋は飴が一つ入るか分からない程に小さく、また香り袋など聞いた事がない。
「頂いたお香を使って作ってみたんです。レアンドル様に……」
話を聞くに、この小さな布袋にお香を小さく砕いていれてあるらしい。持ち歩けるお香ーーつまりは香水の様な物かと解釈をした。
レアンドルは差し出された香り袋を潰さない様に慎重に指で摘み上げると鼻へと寄せてみた。すると先日彼女へ贈ったお香と同じ香りがした。
「確かに香ってくる。だがこれを俺が貰っても良いのか?」
「はい、勿論です。お気に召すかは分かりませんが……」
「そうか、ならば有り難く頂こう」
礼を言うと、彼女が少しだけ笑った気がした。
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