冷徹王太子の愛妾

月密

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十五話

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 最近、レアンドルと一緒に食事をする様になった。彼のたまの休日には、午後にお茶をする事もある。始めは顔を見るのも躊躇って、会話も一言二言だった。だが少しずつ彼の顔を見て目を合わせながら言葉数も増えた。内容なんて些末な事ばかりだが、そこは重要ではない。彼が側に居てくれるだけで気持ちが落ち着く。こんな風に思うなんて不思議だ。

「遠征に、ですか……」
「あぁ、二、三ヶ月は戻れない」

 今日は久々の休日で、彼は朝から屋敷にいる。午前は執務室で事務仕事をし、午後になりこうして一緒に中庭でお茶のひと時を愉しんでいた。だがレアンドルから、明日から遠征に向かうと聞かされ気分は一気に沈んだ。

「君は何も心配する必要はない。何時もと変わらず過ごすといい。もし何か困り事があった時は直ぐに侍女かホレスに言う様に。分かったか?」
「はい、分かりました……お気を付けて」

 隠しきれない不安な気持ちが顔に出てしまったのだろう。彼が、ベルティーユを安心させる為に気遣ってくれたのが分かった。

「そんな顔をしてくれるな。俺が下手を打つ筈がないだろう。それより、その……悪いがこれに中身を入れて貰えないか?」

 そう言いながら懐から小さな布袋を取り出した。それは以前ベルティーユがレアンドルに贈った物だ。あれから彼は気に入ってくれた様子で、何時も身に付けてくれている。その事が単純に嬉しかった。だが香りは半年程は持つ筈だ。まだあれから半月程しか経っていない……。ベルティーユは小首を傾げると、彼は申し訳なさそうに謝罪してきた。何でも袋の中身が気になり開けてみたそうだが、手を滑らせ落としてしまったそうだ。意外とそそかしい一面もあるのだと内心笑ってしまった。

「勿論です」

 彼から直接布袋を手渡され受け取った。その際に彼の白い手袋が視界に入り、思わず眉根を寄せてしまう。
 レアンドルはベルティーユの前では何時も手袋を着用している。無論正装時以外にも好んで着用している人間もいるが、彼はそうではない。以前何となしにヴェラとレアンドルの手袋の話をした時に、ベルティーユが来る前は屋敷内で手袋をしている所は見た事はないと教えて貰った。

 彼が自分に触れてこない事と関係しているのだろうか……。


 その日の夜、ベルティーユは自室へと戻ると早速香り袋の入れ替え作業を始めた。彼が気に入っているカモミールのお香を粗めに砕きそれを用意しておいた布袋より小さな綿の布に丁寧に包みこむと布袋へと入れて紐で閉じた。後は明日の朝に渡すだけだ。
 作業も終わりふと壁掛け時計を見ると、思いの外時間が掛かってしまっていた。後少しで日付けが変わってしまう。レアンドルが早朝には出発すると話していた事を思い出し、慌ててベッドに潜り込んだ。お見送りをするのに寝坊でもしたら笑えない。

 ベッドに入ってから四時間半後。ヴェラがベルティーユを起こしに来てくれた。まだ頭が覚めない中、簡単に身支度を整えロビーへと急いだ。


「レアンドル様」

 ロビーへ着くと、そこには既に身支度を完璧に整えたレアンドルの姿があった。

「ベルティーユ、朝早くからすまないな」
「いえ、私がレアンドル様のお見送りをしたいだけなので、お気になさらないで下さい」
「そうか」

 その時、一瞬だけ彼が笑った気がして心臓が跳ねた。理由は分からないが脈が早くなり落ち着かない。

「あ、あの、これを」
「手間を掛けたな、ありがとう……うん、やはり良い香りだ」

 香り袋を彼に手渡すと、彼は一度鼻へと近付け香りを確かめた後、確りと握り締めてから懐へと仕舞った。

 改めてレアンドルを見たベルティーユは唇をキツく結んだ。普段とは違い重装備だ。それに緊張しているのか、空気が張り詰めているのを感じる。彼はこれから戦さ場に行くのだと嫌という程に思い知らされる。

「では、行って来る」
「はい……お気を付けて……」

 何時もはロビーでお見送りをするのだが、今朝は門の前までベルティーユは付いて行った。
 そこには既に漆黒の艶やかな馬が準備され、迎えの騎士団員等の姿もあった。彼は迷う事なく騎乗する。そのまま駆け出すかと思われたが、不意に声を掛けられた。

「ベルティーユ」
「?」
「……もし俺に何かあった時は、君の事は信頼出来る人間に頼んであるので心配しなくていいからな」

 昨日はそんな事言っていなかった。下手を打つ筈がないとそう言っていた……。それなのに、こんな出立間際にこんな風にいうなんて狡い。思わず目の奥が熱くなってしまうが、唇をキツく結び耐えた。

「レアンドル様のご無事を祈りながら、お帰りをお待ちしております」
 
 返事の代わりにベルティーユの目を見て頷くと、レアンドルはは手綱を打った。
 朝靄を少しずつ晴らす様に朝の日差しが射し込み、その間を彼は駆けて行った。その姿が見えなくなっても暫くベルティーユはその場に立ち尽くしていた。

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