冷徹王太子の愛妾

月密

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二十六話

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 一時間程前ーー。

 事務仕事を済ませたレアンドルは、寝室へと戻って来た。長椅子に座り、水差しの水をコップに注ぎ口を付けて一息吐く。ふと時間を確認すると、短針は十一数字を示している。そろそろ報告の時間かと思った矢先、丁度部屋の扉がノックされた。だが中へ入って来たのは彼女ではなく、ホレスと騎士団員だった。

『団長、夜分遅くに申し訳ありません』
『どうした』

 彼はキース・ラクロ、騎士団員で伝令係を務めている。確かまだ十代後半と若いが、確りとした青年でレアンドルは信頼を寄せている。

『実は副団長から緊急招集が掛かりまして……申し訳ありませんが、直ぐに城へお戻り頂けませんか』
『副団長がか?』
『はい……詳細は詳しく聞かされておりませんが……』

(こんな時に緊急招集か……)

 間が悪い。今は正直屋敷から離れたくない。今の所大した動きはないが、油断は出来ない。だが緊急招集で団長であるレアンドルが向かわないなどあり得ず、責務を放棄する事は出来ない。
 
『分かった、直ぐに支度をする』

 夜も遅い為、態々馭者を起こしてくるのも時間も取られ面倒だったので、レアンドルは馬で行く事にする。
 不安は残るが、後の事はホレス達に任せレアンドルは屋敷を出た。


 夜空には無数に星が美しく輝き、風はなくとても静かな夜だ。自らが起こす風だけが髪や衣服を靡かせ、馬の蹄の音が辺りに響いていた。
 レアンドルとキースは、月明かりを頼りに馬で夜道を駆けていた。だが暫く走った所で「団長‼︎」少し後ろについて来ていたキースが呼び止める。手綱を引き、レアンドルはその場で馬を止めた。

『どうしたんだ』
『……』
『キース?』

 彼もまた馬を止めると何故か馬から降りた。そんな様子を訝しげに見ていると、その場に崩れ落ち地面に膝をつき頭を下げた。

『申し訳、ございませんっ……嘘、なんです。本当は緊急招集なんて、ないんです……』
『……どういう事だ』
『頼まれたんです。団長を屋敷から連れ出して、出来るだけ時間を稼ぐ様に……だ、団長⁉︎』

 その瞬間、手綱を打ち素早く馬の向きを変えるとキースをその場に残しレアンドルは駆け出した。
 
 
 来た道を疾走し、レアンドルはようやく屋敷に戻ると見張りの兵に声を掛け周囲を探させる。

「ホレス‼︎」
「レアンドル様、もうお戻りに」
「直ぐにベルティーユの部屋を確認しろ‼︎」

 屋敷に戻りロビーで待機していたホレスに声を掛け、ベルティーユの部屋へと急いだ。
 勢いよく扉を開けるとやはり彼女がいない。床に布袋が落ちている事に気が付き拾い上げる。そして直様中身を検めると、レアンドルがベルティーユに贈ったお香だった。

「何事ですか⁉︎」

 騒がしい事に気が付いたヴェラやアンナ、他の使用人達もあっという間に集まって来る。レアンドルがベルティーユがいなくなった事を簡潔に伝え使用人達に屋敷の中を探す様に命じる。すると一人だけ挙動不審な様子を見せる人物がいた。

「アンナ、何か知っているのか」
「いえ、私は……」
「正直に答えろ、二度は言わない」

 レアンドルの剣幕にアンナは顔を青ざめさせ口を開いた。
 
 外へ飛び出し塀の外側から屋敷の裏手へと向かった。この屋敷の敷地内から出るには、正門を使うしかない。塀を攀じ登る事も考えられるが、流石に女性には難しいだろう。ましてか弱いベルティーユには不可能だ。後はもう一つ方法がある。屋敷裏の非常用の扉だ。
 この屋敷は随分と古く何時建てられたのかも定かではない。レアンドルが別邸として使い始めるまでは暫く誰も住んでいなかった。住み始める前に、隅々まで屋敷内を確認させ必要ならば修繕をした。その際に裏の隠し扉を見つけた。扉と呼ぶには些か小さ過ぎて隙間と言った方が近いかも知れない。それをこの屋敷を建てた人物が使用していた事を考えると、最初の屋敷の主人は女性か若しくは子供と考えるのが妥当だろう。成人男性の平均よりも身長があり筋肉質なレアンドルには到底通り抜ける事は不可能だ。

 屋敷の周辺は木で囲まれており、裏手は森が広がっている。女性の足で、ましてドレスを着ている事を考えるとまだそう遠くへは行ってないだろう。
 木々の隙間から僅かに月明かりが射し込む中、レアンドルは木の幹に姿を隠し気配を消す。足音を立てない様に先ずは塀に沿って歩いて行った。夜目は利くので洋燈などの灯りは必要ない。まして今夜の様に月明かりがあるなら十分過ぎるくらいだ。

 不意に気配を感じたレアンドルは足を止めた。まだ少し距離はあるが僅かに話し声が聞こえる。そして妙な水音らしき音も。嫌な感じがする中、気配を探りながら位置を予測しゆっくりと幹と幹の間を渡って近付いて行く。そして直に人影をその目で捉えた。

「僕とした事が、我慢出来なくてつい味見しちゃったよ。愉しみは後でとって置こうと思ったのに……。まあいいや時間もないし、続きは後でね。さあベル帰ろうか。君の為に新居を用意したんだよ。そこで二人だけで暮らそう」

 地面に倒れ込む女性の顔を掴みそんな反吐が出る台詞を吐く男。先程の水音と男の言葉、そして女性の今の状態が繋がったその瞬間、怒りで頭が真っ白になった。
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