冷徹王太子の愛妾

月密

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二十七話

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「っ‼︎」

 クロヴィスが此方の気配に気付く前に、レアンドルは背後に回り込むと首を掴み彼女から引き剥がした。乱暴に地面に向けて投げ捨ててやると、受け身が取れず転がった。

「な、何で、兄さんが此処にっ……」
「それはこっちの台詞だ、クロヴィス。お前こそ、こんな所で一体何をしていた」
「それは……」

 俯き加減で黙り込む様子に、何か打開策を考えているのだと分かる。だがそんな事をした所で時間の無駄だ。

「……ベルを返して下さい」
「彼女はお前のものではない」
「分かってますよ、兄さんのものでしょう? でももういいじゃないですか。十分ベルティーユで愉しんだんでしょう? 性欲処理が必要なら、幾らでも代わりを連れて来ますから。だから……僕のベルを返せッ‼︎」

 これ見よがしに大きな溜息を吐いたと思えば、完全に居直った。

 レアンドルは未だ立ち上がる事すら出来ないクロヴィスの前に片膝をつくと、今度は正面から首を鷲掴みにして持ち上げる。
 
「ゔッ‼︎」

 自分よりも背も低くく男性にしては細身のクロヴィスの身体を持ち上げるのは造作も無い。徐々に力を入れていくと苦しいのだろう、呻き声が洩れ聞こえる。
 あの時はまだ弟を手に掛ける事に心の何処かで躊躇いがあった。腹違いとはいえ半分は血の繋がりのある弟だ。だが今は躊躇う気持ちなど皆無だった。寧ろあの時の自分に腹立たしくさえ感じている。何故さっさと殺しておかなかったのかとーー。
 
「ゔぐッ……くる、し、っ……」

 このまま締め殺すか、それとも足先から順番に斬り落としていき指先、腕、耳を削ぎ落とし眼球をくり抜いて……いやきっと、ひ弱な弟は途中で意識を失うだろう。

(それでは意味がないな)

「あっ……あっ、うっ……」

 本来ならば腰から下げているこの剣で一振りして首を落とせば簡単だ。甚振り殺すのは性に合わない。戦さ場などでは、こんな風に拷問を行う事もあるが正直余り気分のいいものではない。
 だがこの後に及んで反省する訳でもなく居直る様な人間に情けなど不要だ。

 彼女が受けた苦しみを味合わせてやるーー。

 さてどうしたものかと悩んでいると、クロヴィスの呻き声が徐々に小さくなっていき、手足が痙攣を始めた。それでも力を緩める気には慣れず呆然と眺める。

「レアンドルさまっ‼︎ もうやめて下さいっ……死んでしまいます……」
「っーー」

 不覚にも自分とした事が、クロヴィスに気を取られ彼女の気配が移動した事に全く気がつかなかった。
 何時の間にかベルティーユはレアンドルの背後に回り背中に抱き付いてくる。

クロヴィスこれは君を傷付け苦しめたんだぞ。それなのに、庇うのか⁉︎」

 彼女の思考が理解出来ない。
 クロヴィスを庇う彼女にまで苛ついてしまい思わず声を荒げた。

「それでも、ですっ‼︎……」
「っ……」

 背中から彼女の温もりと共に身体を震わす振動が伝わってくる。本当は怖いのだろう。何時も控えめでが弱い彼女が、必死に自分自身を奮い立たせているーーそう思った瞬間、スッと頭が冷え冷静さを取り戻した。
 クロヴィスの首から手を放すと、鈍い音を立て力なく地面に身体が転がった。ピクリともしない弟に一瞬息をしていないのかと思ったが「ぅ……」と僅かに声を洩らすのが聞こえ、まだ生きている事を知る。

 暫し呆然と立ち尽くしていると、丁度良く見張りの兵等がやって来た。ぐったりと横たわるクロヴィスを念の為拘束させ城へと連行させた。
 その場にベルティーユと二人きりとなり、気不味い空気が流れる。互いに無言のまま、彼女はあからさまに顔を背けていた。

「戻るぞ」

 頭では触れてはダメだと思いながらも、苛立ちもありレアンドルはベルティーユの腕を掴むと屋敷へと歩き出す。彼女は意外にも拒否する素振りもなく、素直に付いて来たのでレアンドルは内心安堵した。



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