冷徹王太子の愛妾

月密

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三十八話

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 衣服の乱れを直し意識を手放したベルティーユを横抱きにすると、レアンドルは寝室へと向かった。
 ベッドに寝かせて頬を撫でると「ん……」と小さく声を洩らす。
 言い訳ではないが、今日はするつもりはなかった。初めて彼女と肌を合わせてからまだ数日しか経っていないが、どうしても我慢出来なかった。以前まではどうにか抑えていたが、どうやら一度外れたタガは戻せないらしい。ヒシヒシとそれを実感する。正に今彼女の寝顔を見ているだけでも衝動に駆られそうになる。性欲は人並みだと思うが、これまで余り女性と情を交わす事はなかった。正直誰としても変わらない、その瞬間は発散して身体は満たされるがどこか虚しさを感じる……それが好きではなかった。だからまさか自分がこんな色狂いになるなど思いもしなかった……。彼女が屋敷に来てから少しずつ侵食してきて、彼女を味わったら最後ーー貪っても貪っても欲しくて仕方がない。

「……レアンドル、さま?」

 頬だけでは飽き足らず調子に乗って唇や首筋などに触れていると、彼女が目を覚ましてしまう。

「すまない、起こしてしまったな……」

 少し前にも似た様な事があったと苦笑する。

「いいえ、私こそ何時の間にかまた眠ってしまっていたみたいで、すみません」

 レアンドルがベッドに腰掛け頭を撫でると、彼女は身体を起こしおずおずとしながら擦り寄って来た。ぴったりとくっついて上目遣いで見上げてくる。

(……これは、狡いだろう)

 余りにも可愛過ぎてまた下半部が疼いてくるが、グッと堪える。今日はこれ以上はダメだ。ベルティーユと話さなくてはならない事がある。懸命に無心になろうとするが、柔らかな彼女の身体に内心悶えた。

 日頃の鍛錬のお陰で何とか耐え切ったレアンドルは、居住まいを正し改めてベルティーユに向き直る。すると彼女も何かを察したらしく、ベッドから下りレアンドルの横に座った。

「先日の話をしたい」

 

 始めにアンナを侍女に迎え入れた理由から話した。それに伴い、彼女の素性、弟のキースの存在と彼が騎士団に所属し伝令係を務めている事、またあの夜のキースの行動……そしてそれらを仕組んだのがロランだという事を淡々と説明をする。

「アンナとキースの処遇は保留にしている。正直、まだ決め兼ねている。昔の俺なら迷いなどなかった筈なのにな……君と出会う前の俺なら」
「それは、どういう意味ですか?」

 ずっと黙ったまま顔を強張らせ話を聞いてたベルティーユが小首を傾げる。

「俺は幼い頃からずっと父である国王が延いてはブルマリアスが正義だと考えていた。敵を殺す事に躊躇いなど微塵もない。ブルマリアスに反するものは敵であり悪だと信じて疑わなかった。だが和平条約為に人質としてやって来たあの日、君が妹と重なった……。妹は少し我が強い所もあったが、本当に良い子だったんだ……だから死んだと聞いた時は悲しかったよ」
「レアンドル様……」

 悲しいと口にしながら無意識に口角が上がる。矛盾した言動が自分でも理解出来ない。
 するとベルティーユがレアンドルの手に自らのそれを重ねた。今にも泣き出しそうな顔をする彼女に今の自分の感情を知る。

「すまない、話が脱線したな。それでまだ十二歳に過ぎない君を見て、正直不憫でならなかった……。それからだな、徐々に自分でも知らないうちに俺の中の正義が崩れていった。人を斬っても無心だったのが雑念が増えていき、苦悩した。そんな中で君の笑顔を見ると気持ちが軽くなったが、その度に分からなくなっていった。今自分が斬った相手には親兄弟、友、恋人、もしかしたら子ががいるかも知れないーー斬る度にそう思う様になっていった。人一人殺せばそれで終わりじゃない、その者には大切な人間がいて多くの絶望や憎悪を生み出す。正にアンナやキースがそうだ。だが二人が特別な訳ではない。ブルマリアスには彼女達の様な人間が五万といる。無論リヴィエにもな……。だがそれ等は全て国家の犠牲者だ。アンナとキースの父親は確かにリヴィエの人間に殺されたかも知れないが、そもそもがブルマリアスが戦などしなければ死なずに済んだ筈なんだ……。こんな事を君に訊くのはおかしな話だとは分かっているが、二人の処遇について君の意見を訊きたい」

 そんな風に彼女に問うが本当は結論なんて疾うに出ている。自分は王太子である以上その責務を果たさなくてはならない。そこに人としての甘さや哀れみなどは不要だ。だが彼女ならどんな答えを出すのか興味があった。



◆◆◆

 彼が優しい人だとは分かっている。だがきっとベルティーユが思っている以上に彼は優しい。本当は人を殺せる様な人じゃないのだろう。

 レアンドルからアンナと彼女の弟であるキースという人物の話を聞かされた。そして何故彼女があんなにも冷たい目でベルティーユを見ていたのか、腑に落ちた。安易に彼女の気持ちを理解した振りはしたくないが、言葉では表せないくらいにとても苦労してきたのだろう。だがーー。

「この国では、もしも今回の様に王族を謀る様な事があった時はどうなるんですか」
「間違いなく、重刑だ」
「ーー」

 ブルマリアスの国の形態を考えれば予想はしていたが、言葉にされると重くのし掛かる。

「でしたら、そうするべきかと」
「⁉︎」

 ベルティーユがそう答えると、予想外だっただろう彼は心底驚いた顔をする。それはそうだろう。自分だって本当はこんな事を言いたくない。
 そもそもベルティーユ自身も処刑をされる筈だったのを彼に救って貰った立場だ。自分は良くて彼女達は赦さないなど傲慢過ぎる。

「もしアンナ達に情けを掛ければ、レアンドル様のお立場が悪くなります。これは私の想像ですが、既にそうなりつつあるのでは?」

 ベルティーユは自分でも余り賢いとは思っていない。だからこれは勘の様なもの。ただあの時、シーラは国王の捺印が入った承諾書を持っていた。無論偽物とも考えられるが、今回の件にクロヴィスやロランが関わっている事を思えば本物と捉える方がいいだろう。
 
「一つ、訊いても宜しいですか?」

 黙り込む彼は頷いた。

「クロヴィス様は今、どうされていますか」

 レアンドルは目を見張り唇をキツく結んだ。その様子に何となく分かってしまう。

「……フォートリエの屋敷に行った後、実は城に行き父に会って話をした。クロヴィスへの処罰を訴え今回の件を問い質すつもりだったが……兄弟喧嘩の一言で済まされた。だからクロヴィスは今も城でこれまで通り過ごしている。無論ロランもな。それにシーラの事も結局知らぬ存ぜぬを突き通されたよ」

 何時も威風堂々としている彼が、とても小さく見えた。

「レアンドル様。もうこれ以上アンナ達の様な人達を増やさない為には国そのものを変える他ありません」

 正直、レアンドルの本心は分からない。だがもし本当にアンナやキースの様な犠牲者を増やしたくないのならばそれしか方法はない。その為には今彼が権威を失墜させる訳にはいかない筈だ。きっと彼もそれはよく理解している。
 
「……ベルティーユ、君は国はどう在るべきだと思う?」
「人は誰しも幸せになる権利があると思います。それはリヴィエの人間だからとかブルマリアスの人間だとかは関係ありません。でも自分が幸せになる為に他者を虐げ略奪するのは絶対にしてはいけない。私はリヴィエの人々もブルマリアスの人々も、勿論他の国の人々も争う事もなく平和で安心して生きれる様になって欲しいんです」

 偽善や理想だと思われるかも知れない。だがそれでも願わずにはいられない。今直ぐには無理でも、何時かきっとそんな未来が来る事をーー。

 不意にレアンドルは立ち上がると、ベルティーユの前に跪いた。手を確りと握り締められ、灰色の瞳がベルティーユの瞳を射抜く。そこから彼の強い意志がヒシヒシと伝わってきた。

「ベルティーユ、約束する。俺は必ずブルマリアスを戦とは無縁の国にする。リヴィエとは和平条約を結び、争っている他国とも条約を結び必ず中立国に名前を連ねる。そして、皆が笑って暮らせる国にしてみせる」
「レアンドル様……」
「だから君は俺の側で見ていて欲しい」
「……はいっ」

 彼からの申し出に、何度も頷き思わず涙ぐんでしまった。そんなベルティーユをレアンドルは優しく抱き寄せ口付けをした。

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