40 / 78
三十九話
しおりを挟む何の特徴もない茶色の髪と茶色の瞳に、何処にでもいるつまらない顔の女。それに加えて頭も性格も悪く救いようが無い。
「ねぇ、ロラン! 聞いてるの⁉︎」
「聞いてるよ」
「なら何とか答えてよ! 何時私と結婚してくれるの⁉︎」
結婚を餌に今回の件を手伝わせたのはいいが、煩くて仕方がない。早々にドニエ侯爵に連絡をして引き取らせるかとロランはシーラを見て溜息を吐く。
「結婚の話は、ドニエ侯爵と話して追々進めるよ。だから暫く君は屋敷に帰りな」
面倒そうに言うと、彼女は顔を真っ赤にして更に憤慨する。
「嫌よ! あんな屋敷にもう二度と帰りたく無い! ロランだって知ってるでしょう⁉︎ あの屋敷の人間は皆私を蔑んでる……まるで塵でも見る様な目で私を見ては嘲笑うの」
シーラ・ドニエーージャコフ・ドニエ侯爵の娘で一応侯爵令嬢だ。というのも、彼女は正妻の娘ではない。そしてジャコフはロランの母方の伯父にあたる。現在この国の王子は三人であるが、皆腹違いの兄弟で妹のブランシュだけはロランの母と同じだ。
シーラの母は遊び女と聞いているが、正直ジャコフという人間はそんな女の産んだ子供引き取る様な律儀な男ではない。何か打算がなければ有り得ないと思っていた。そして最近になりようやく理由が分かった。ジャコフ家は息子ばかり三人で、娘がいない。政治的道具にするなら娘の方が利用し易い。今回の事が良い例だ。まあロランは端からシーラを娶るつもりはないが。
「ねぇ、私頑張ったでしょう? 結婚、してくれるわよね?」
「はいはい、分かったって。でもさ、結果的に今回失敗しちゃっただろう? だから兄さんもご立腹でさ……次の策練らなくちゃいけないし、俺もこう見えて忙しいんだよねー」
シーラは今回の事で顔が知られているし、もう使い道はない。伯父の手前、これまである程度は構ってやって来たがそれも仕舞いだなと思う。
「ねぇ、どうしてロランは王太子殿下じゃなくてクロヴィス様の味方をするの? やっぱり仲が良かったから?」
仲が良いか……確かにレアンドルよりは接する機会は多く、歳も近いしブランシュと良く三人で一緒にいた。ブランシュの事は本当に可愛がってくれていたし、別にクロヴィスの事は嫌いではない。だが好きかと言われたら、分からない。
(でもまさか、クロヴィス兄さんがあんなになっちゃうなんてね……)
兄は驚く程に脆弱だった。ブランシュが死んで呆気ない程簡単に壊れた。そしてまたベルティーユへの執着が凄まじかった。正に愛憎というべきだろう。
ロランだってブランシュが死んだ事に憤慨しまた悲嘆に暮れた。だがクロヴィスの様に壊れたりはしない。それは妹への想いがその程度だったのか、はたまた冷たい人間だからかは分からない。だがそれでもリヴィエを憎み赦せない気持ちは変わらないのは事実だ。
(俺は絶対に赦さないからね、ブランシュ……)
「さあ、どうだろうね。俺はただブランシュは死んだのに、あの子だけのうのうと生きている事が赦せないーー絶望を味合わせて、もっと苦しんで苦しんで、苦しませたい……それだけだよ」
「……でも、ブランシュが死んだのはあの子の所為じゃないでしょう?」
「何、それってまさか庇ってるつもり?」
一体何を言い出すかと思えば……余りに戯言をほざくので思わず鼻で笑ってしまった。
「わ、私が、言うのも違うけど……あの子だって、好きで人質になった訳じゃ無いし……。リヴィエの人間は非道とか残忍とかよく聞くけど、私からしたらブルマリアスの人間だって同じだし……悪い奴は悪いし……それにあの子、そんな悪い子じゃなかった、痛っ‼︎」
気付いたらシーラの頬を叩いていた。思っていた以上に力が入っていたらしく、彼女は床に倒れ込む。
「分かった様な口を聞くな! 次そんな下らない事を言ったらどうなるか分かってるんだろうね」
「ロラン、ごめんなさいっ‼︎ もう言わないから、私を見捨てないでっ」
縋り付くシーラに舌打ちをして、ロランは彼女を放置したまま立ち去った。
12
あなたにおすすめの小説
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
私の意地悪な旦那様
柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。
――《嗜虐趣味》って、なんですの?
※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話
※ムーンライトノベルズからの転載です
代理で子を産む彼女の願いごと
しゃーりん
恋愛
クロードの婚約者は公爵令嬢セラフィーネである。
この結婚は王命のようなものであったが、なかなかセラフィーネと会う機会がないまま結婚した。
初夜、彼女のことを知りたいと会話を試みるが欲望に負けてしまう。
翌朝知った事実は取り返しがつかず、クロードの頭を悩ませるがもう遅い。
クロードが抱いたのは妻のセラフィーネではなくフィリーナという女性だった。
フィリーナは自分の願いごとを叶えるために代理で子を産むことになったそうだ。
願いごとが叶う時期を待つフィリーナとその願いごとが知りたいクロードのお話です。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる