冷徹王太子の愛妾

月密

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四十話

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 朝、彼の腕の中で目を覚ます。互いの一糸纏わぬ姿に恥ずかしくなりながらも、おずおずと彼の背に腕を回し身体を更に密着させてみた。
 あれからレアンドルとは毎晩同じ寝室で寝ている。流石に毎日まぐわう事はないが、二日に一度、たまに連日彼はベルティーユの身体を求めて来る。しかも彼は日頃鍛えているだけあって兎に角体力があり、激しい。ベルティーユが苦痛になる事はしないが、余りに激し過ぎて度々意識が飛びそうになるのが最近の悩みだ。


「いってらっしゃいませ」
「あぁ、行って来る」

 毎朝登城する彼のお見送りをするのはこれまでと変わらない。だがハンスやヴェラが居るにも関わらずレアンドルはベルティーユを抱き寄せ口付けをするので恥ずかしくなる。なので少し睨むと軽く笑われた。
 
 彼が仕事に出掛けたら中庭の花達にお水をやって簡単な手入れをする。週に一度庭師が手入れには来てくれているが、レアンドルに自ら申し出て基本的にはベルティーユが管理している。彼がベルティーユの為にと用意してくれた花達やこの庭を自分の手で維持したかった。
 

「ベルティーユ様、背筋が曲がっております」

 昼食後、以前までなら読書をしたり庭を散歩したりして過ごしていたが、今は彼に内緒でしている事がある。それはダンスだ。少し前にレアンドルと踊る機会があったが……下手過ぎた。終始彼がリードしてくれていたのでどうにか様にはなっていたが、やはり彼と胸を張って踊れる様になりたいとヴェラに相談した所、ハンスが教えてくれる事になり驚いた。レアンドルとダンスをした時に、ハンスがヴァイオリンを弾いてくれたのを思い出し多才だと感心してしまう。
 今日の稽古も終わり、ベルティーユは休憩がてら本を開くと挟んでいた栞を手にする。あの日彼から貰ったゼラニウムの花を栞にしてみた。赤とピンクの花弁が実に愛らしい。切花は直ぐに枯れてしまうので、これならずっと大切に出来ると我ながら良い考えだと思う。

 そうこうしている内にあっという間に日は傾き夕刻になり、レアンドルの帰宅時間となった。彼を出迎えて一緒に夕食を摂り、その後彼は仕事がある為執務室に籠る。その間にベルティーユは湯浴みを済ませて、先に寝室で待っているのが日課だ。


「良い香りだ」

 寝る前に彼の疲労を和らげる為にお香を焚いていると、丁度湯浴みを済ませたレアンドルが寝室へと入って来た。

「レアンドル様、お疲れ様でした」
「何時もすまないな」

 長椅子に座っているベルティーユの膝に頭を乗せると、レアンドルはそのまま横になる。軽く髪を撫でると心地良さ気に目を細めた。最近の彼のお気に入りらしく、ベッドに入る前にこうして膝枕をしたがる。甘えて貰えていると思うと嬉しいが、彼の顔を見ると疲労が感じられて心配なってしまう。

「そういえば……ベルティーユ、これの中身をまた替えて貰えないか? 香りがなくなってきたみたいなんだ」

 ベルティーユがレアンドルに贈った香り袋を懐から取り出すと手渡された。彼は何時も肌身離さず持ち歩き大切にしてくれている。ベルティーユは香り袋を受け取りそれを鼻に近付けると、確かに香りがしない。その事に、あれからもうそんなに時間が経ったのだと実感をした。

「勿論です。明日にでも新しい物と入れ替えておきますね」

 
 それから暫くしたある日、何時もと変わらずレアンドルを見送って中庭の手入れを終えたベルティーユは一旦部屋へと戻った。するとヴェラが見るからに気合いを入れて待ち構えていた。袖捲りまでしている……。

「さあ、ベルティーユ様、お召し替え致しましょう!」


 瞬く間にドレスを脱がされ湯浴みをさせられる。化粧を施され髪を整えるが普段とは違い高い位置で結い上げられて、用意されたドレスに着替えた。

「ベルティーユ様、とてもお美しいです」

 フリルやレース、刺繍がふんだんに施された純白のドレスにベールの様な髪飾りーー姿見の前で映る自分の姿を見て、まるで花嫁の様だと思った。

 何が何だか分からないままヴェラに促され、中庭へと向かった。するとそこには正装をしたレアンドルの姿があった。それに……。

「サブリナ様……」

 どうして彼女が此処に……もしかしたらもう会えないのではないかと思っていた。サブリナの姿を見たベルティーユは思わず涙ぐみ気付けば駆け寄っていた。サブリナもまた薄っすらと目尻に涙を浮かべながらベルティーユを抱き留めてくれる。

「ベルティーユ様……お久しぶりでございます。お元気そうで、何よりです」
「ベルお姉さま、お久しぶりです!」
「アルフォンス様まで」

 サブリナの一人息子のアルフォンス・フォートリエ、最後に会った時はまだ五歳だった。母親譲りの赤髪と綺麗なヘーゼル色の大きな瞳を輝かせている。

「もうお会い出来ないものと思っていたので、お会い出来て嬉しいです。それにずっとあの日のお礼を言いたくて……」
「お礼などと、私は自分のすべき事をしたまでです。ただ私が無力故に、その後どうする事も出来ず……申し訳ありませんでした。ですが、レアンドル殿下がベルティーユ様をお救い下さったと知りそれが救いでした」

 ベルティーユより丁度十歳上のサブリナは、ベルティーユがブルマリアスに来てから幾度となく会いに来ては話し相手になってくれた。アルフォンスが歩ける様になってからは、彼も連れ遊びに来る様になった。

「おいサブリナ、感動の再会はその辺にしないと日が暮れるぞ」

 そう声を掛けられ、視線を向けるとそこには見たこともないくらいの巨漢が立っていた。何というか縦横デカい。ただ膨よかというのではなく見るからに筋肉質で確りとした身体付きだ。一見すると穏やかで優しく思えるが、ヒシヒシと威厳を感じる。

「ジークハルト・フォートリエ、サブリナの夫だ。初めてましてだな、リヴィエのお嬢ちゃん。俺の面倒臭い甥が色々と世話になっている」

 その言葉にベルティーユは見開いていた目を細め唇を確りと結んだ。サブリナの夫という事は、彼が王弟という事だ。
 
「お初にお目に掛かります、ジークハルト様。ベルティーユ・リヴィエでございます」
「はは、そんな緊張しなくていい。別に取って食ったりしやしない。それより……」

 豪快に笑うが、急に鋭い目付きに変わりゆっくりとベルティーユへと近付いてくる。その徒ならぬ様子に息を呑み身構えた。そしてジークハルトはベルティーユの前で止まると顔を近付けてくる。驚き仰け反りそうになった時、彼は耳打ちをする……といってもかなり声が大きく丸聞こえなので意味がない。

「夜の方はちゃんと満足させて貰ってるか? 彼奴は淡白そうだからな、物足りないんじゃないか?」
「え……」

 一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、次の瞬間少し遅れて言葉の意味を理解したベルティーユの顔は一気に真っ赤になった。何か言わなくてはと思うが口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。

「痛っ、サブリナ、お前何も叩く事ないだろうが!」
「純粋無垢なベルティーユ様になんと下品な事を仰るんですか‼︎」

 怒りで顔を真っ赤にしたサブリナに叱責されるジークハルトの少し離れた後方に立っているレアンドルがワナワナと震えているのが見えた。

「いやだってよ、純粋無垢って言ってもやる事はやって……お、おい! レアンドル、お前、こんな所で剣を抜くな‼︎ 危ないだろうが!」
「ベルティーユを穢す様な輩は駆除するしかありません」
「いやいや、冗談に決まってるだろうが!」

 本気で怒っているレアンドルに思わずベルティーユは吹き出してしまう。すると釣られた様にサブリナやアルフォンスも声を上げて笑い出す。ハンスやヴェラも含み笑いを浮かべている。

「すみません、遅くなりました……って、これは一体何の騒ぎですか」
「ルネさん」


 レアンドルはまだ不服そうだが一先ず怒りは収まり、その場は落ち着きを取り戻す。
 改めて中庭を見渡すと、何時もの白い楕円のテーブルの他にもう一脚増えその何方にも沢山のご馳走と酒類などか置かれていた。テーブルの中央にはフルーツがふんだんに飾り付けされた大きなケーキまで用意されている。

「ベルティーユ、誕生日おめでとう」

 レアンドルから包み込むように手を握られると、そっと何かを手渡された。ゆっくりと手を開いてみると……それは少し歪な香り袋だった。

「あー、その、すまない……。やはり俺には裁縫の才能がないみたいでな。上手く出来なかった……」
「あんな出来栄えですが、騎士団の執務室にまで裁縫道具持ち込んで休憩中に頑張ってたんですよ」
「ルネっ! 余計な事を言うな!」

(レアンドル様が、私の為に……)

 忙しい仕事の合間を縫ってわざわざ彼が作ってくれたという。
 香り袋を目の高さまで上げじっと見つめる。ベルティーユの瞳と同じ蒼色の小さな布袋は少し歪み縫い目は荒い。お世辞にも上手とは言えないかも知れない。だがそんな事は関係ない。これは彼が自分の為に作ってくれた世界でたった一つの物だ。
 
「?」

 嬉々として香り袋を弄っていると、重さや固さに違和感を感じ目を丸くする。

(何か入ってる?)

 レアンドルを見ると、少し頬を染め視線を逸らされた。
 ベルティーユは不思議に思いながらも丁寧に香り袋を開き、中身を確認するとーー。

「指輪……」

 戸惑っていると、彼が跪きベルティーユの手を握り締める。

「ベルティーユ、今はまだ難しいが……ブルマリアスとリヴィエが和平を結んだ暁には、俺と結婚して欲しい」

 きっと普通のなんの柵もない男女ならば、こんなに幸せな瞬間はない筈だ。歓喜の涙を流し彼の胸に飛び込むだろう。だがベルティーユにはそれは出来ない。
 レアンドルと結婚するという事は、ブルマリアスの王妃になるという意味だ。もしリヴィエとブルマリアスの和平条約が叶ったとして、元敵国の王妹を王妃に迎えるなどと無謀過ぎる。国の体制が変わったからといって直ぐに人の心は変われない。この先何百年と時間が過ぎれば分からないが……。

「レアンドル様……私は」

 お受け出来ません、そう言い掛けた瞬間レアンドルはスッと立ち上がった。

「難しい事は十分理解している。きっと貴族等だけでなく民からも不満や批判の声が多く上がるだろう。君も矢面に立つ事になり、辛い立場に置かれる事になる。それ等全てを踏まえた上で、俺は君に結婚を申し込んでいる。ベルティーユ、君を愛しているからという理由だけではないんだ。敵国同士だった国が本当の意味で分かり合えるには長い時間が必要だろう。だからこそ、その先駆けとして民達に示したい。ブルマリアスの人間もリヴィエの人間も何ら変わらない同じ人間なのだと。信頼し分かり合う事も愛し合う事も出来るのだと伝えたい……俺は君とならそれが出来ると思っている」

 やっぱり自分は淑女にはなれそうにない。
 指輪を握り締め、瞳から大粒の涙が溢れ出し止まらなかった。それを彼は優しく抱き締めてくれる。

「ベルティーユ……返事を聞かせて欲しい」

 きっと言わなくてもこの場にいる誰もがその答えを分かっているだろう。それでも尚、彼は少し不安そうにしながらそう訊ねてくる。そんな彼が愛おしくて仕方がない。

「不束者ですが、私をレアンドル様の妻にして下さいますか?」
「無論だ。俺の妻に相応しい女性ひとは、この世の何処を探しても君しかいない」

 口付けを交わしベルティーユとレアンドルは結婚の約束をした。レアンドルがこの場にいる者達が承認だと言って笑った。
 
 
 
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