冷徹王太子の愛妾

月密

文字の大きさ
46 / 78

四十五話

しおりを挟む

 ベルティーユが意識を取り戻したのは、あれから数日後の事だった。

 目を覚ますとベッドの横にクロヴィスが居た。一瞬記憶が混濁し何故彼がいるのだと驚いたが、直ぐに記憶が蘇る。

(そっか、私……連れてこられて、それでクロヴィス様に、首を……)

 薄暗い部屋の中、頼りない洋燈の灯がクロヴィスを照らし出している。その表情は虚でどこか顔色が悪い様に思えた。

「ベルっ⁉︎ 良かった! 目を覚ましたんだね……」

 薄目を開けていると彼と目が合った。するとその瞬間、倒れ込む様にして抱き付かれる。

「あぁベルっ、ベル、ベル……」

 息苦しいくらいにキツく抱き締めながらクロヴィスは只管にベルティーユの名を呼び続けていた。

「ごめんね、ごめんね……僕の所為だ、僕の、僕の、僕の……やっぱり僕はダメな人間なんだ……最低だ、最低だ、最低だッ‼︎」


 体感で何時間にも思えるくらいに長く感じたが、実際には一時間もしなかったと思う。クロヴィスはあの後あの状態のままで延々と同じ様な言葉を譫言の様に呟き続けた。

 それからクロヴィスは部屋に戻って来ても、性的な強要も暴力も振るわなくなった。ただベルティーユを抱き締めて眠る、それだけだ。

「ベル……僕の、ベル……」

 その姿はまるで幼子の様に見えた。



「ねぇ、食べないの? 体力なくなるわよ」

 この部屋に連れて来られてから一ヶ月以上は経っただろうか。

 クロヴィスが目を覚まし部屋を出て行った後から戻って来るまでの間に二回、何時も侍女が食事運んで来る。この部屋にはテーブルなんて物はないので、食事の入った器やカトラリーなどは毎回全て無造作に石畳の上に置かれる。今もまた然りだが、とても食べる気にはなれず手を付けないでいると頭上からそんな声を掛けれた。何時も侍女は食事を運んで来ると無言で去って行くのにと不審に思いベルティーユは俯いていた顔を上げた。

「貴女は……どうして此処に……」

 するとそこには茶色の髪と茶色の瞳、見知った女性が立っていた。

「別にそんな事、今はどうだっていいでしょう?」
「え、あのっ」

 彼女は懐からナイフを取り出すとそれを勢いよく振り上げる。鉄の打つかる音と共に、ナイフはベッドに突き刺さり繋がれていた鎖が切れた。

「シーラ……」
「これ着て」

 彼女は肩から掛けている鞄から侍女服を取り出すと、ベルティーユへと放った。

「目立たない様にって持って来たけど……まさかの裸とかあり得ない! クロヴィス様って変態なの⁉︎」

 戸惑いながらも取り敢えずシーラに従い侍女服に袖を通すが、上手く着れず手間取ってしまう。

「ちょっと早くしてよね! こんな所見つかったら私、結構まずいんだから」

 すると横から手が伸びてきて、着替えを手伝ってくれた。

「逃げるわよ」
「え、待って下さ……あ!」

 踵を返すシーラに慌ててベルティーユも追いかけようとするが、体力が落ちている所為か蹌踉めき地べたに膝をついてしまう。

「もう何してんのよ! ほら、早くしなさいよね!」

 口調はキツいが、駆け寄りベルティーユ身体を支えると手を引きながら部屋を出ようする。ベルティーユはそんな彼女を止めようとするも間に合わず開けてしまった。見張りがいるにと焦ったが、外に出ると扉の横でぐったりと寝転んでいた。

「あぁ、大丈夫よ。暫くは起きない筈だから」

 
 暗く長い廊下を小さな洋燈を頼りに走って行くと階段を駆け上がる。扉が見えてシーラが開けようとした時、彼女は何かを思い出した様に手を止めた。すると着ていた外套マントを脱ぎベルティーユの頭からスッポリと被せる。更に靴を脱ぐと履くように言われた。

「シーラはどうするんですか」

 外套マントはいいとしても、靴を自分が履いてしまったら彼女が裸足になってしまう。

「別に。私は慣れてるし……それに、そもそも貴女鈍臭いのに裸足でなんて走れないでしょう。だからいいの!」
「……ごめんなさい、それにありがとうございます」

 礼を述べるとシーラは照れた様に顔を背け鼻を鳴らした。

「もう直ぐ日暮れだけど扉を開けても直ぐに目を開けないで、潰れるわよ」

 彼女が扉を開ける直前、ベルティーユは言われた通り目を伏せシーラに支えられながらゆっくりと歩いて行く。彼女に触れている箇所を通して緊張しているのがヒシヒシと伝わってきた。
 何度目かの角を曲がった所でシーラが立ち止まった。

「どう? そろそろ目、開けられそう?」

 これまで意識した事はなかったが、目は閉じていても光を感じられるので少しずつ慣らされるのを感じる。ベルティーユがゆっくりと瞼を開けるとそこは見られない屋敷の中だった。

「屋内は侍女が数人と貴女がいた地下室に見張りの侍従が一人だけみたいだけど、屋敷の外には見張りの兵士が何人もいるの。見つかったら確実に殺されるわ、私が」
「え……」
「貴女は殺されないから安心して? 貴女を傷付けでもしたら、間違いなくその兵士はクロヴィス様に八つ裂きにされるでしょうから。大丈夫よ、貴女が鈍臭くて、もし仮に見張りに見つかって私が殺される様な事があっても、貴女を全然恨んだりしないから」

 彼女の物言いに目を丸くする。ベルティーユは殺されないが、シーラは見つかれば確実に殺される。自分を殺したくないなら努力しろという意味だろうか……。要するに彼女は自分自身を人質にして脅しているらしい。

「でも殺されないって言っても逃げ出した事が知られたら、貴女だってクロヴィス様に怒られるわよ」

 怒られるなんて生易しいものではない。最近は大人しく何もしてこないが、またあの時の様に首を絞められる可能性もある。次は本当に死ぬかも知れない……。

「でもそれでは、どうやって逃げれば……」
「そんなの簡単よ」


 何時ぞやのレアンドルの屋敷の時と同様に、屋敷裏に回るとシーラは塀に手を付きながら何かを探る。前にも同じ事があったな……と暫し呆然として見ていると塀の一部が動き隙間が出来た。
 ブルマリアスの屋敷って何処もこんな風に隠し扉があるのが普通なのだろうか……。

「ほら! 先に行って」
「は、はい」

 シーラの声に我に返ると腕を引っ張られ隙間に押し込められる。ベルティーユは難なく通り抜けると塀の外へと出れた。直ぐにシーラも後を追って隙から顔を出すが、やはり苦戦している。

「やだ、嘘⁉︎ お尻が引っ掛かって抜けない‼︎」

 何となく予想出来た展開に思わず笑いそうになるが、「ちょっと! 見てないで助けてよ!」と言われ慌てて手を貸した。




しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或
恋愛
◆第18回恋愛小説大賞で【優秀賞】を戴きました。 ありがとうございました! 「どちらかが“過ち”を犯した場合、相手の伴侶に“人”を損なう程の神の『呪い』が下されよう――」 ファローダ王国の国王と王妃が事故で急逝し、急遽王太子であるリオーシュが王に即位する事となった。 まだ齢二十三の王を支える存在として早急に王妃を決める事となり、リオーシュは同い年のシルヴィス侯爵家の長女、エウロペアを指名する。 彼女はそれを承諾し、二人は若き王と王妃として助け合って支え合い、少しずつ絆を育んでいった。 そんなある日、エウロペアの妹のカトレーダが頻繁にリオーシュに会いに来るようになった。 仲睦まじい二人を遠目に眺め、心を痛めるエウロペア。 そして彼女は、リオーシュがカトレーダの肩を抱いて自分の部屋に入る姿を目撃してしまう。 神の『呪い』が発動し、エウロペアの中から、五感が、感情が、思考が次々と失われていく。 そして彼女は、動かぬ、物言わぬ“人形”となった―― ※視点の切り替わりがあります。タイトルの後ろに◇は、??視点です。 ※Rシーンがあるお話はタイトルの後ろに*を付けています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

処理中です...