冷徹王太子の愛妾

月密

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四十六話

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 屋敷裏に広がる森を足場の悪い中、ベルティーユ達は駆けて行く。まだ追手は来ていない様だがそれも時間の問題だろう。次第に日は沈み、周囲は真っ暗闇に包まれる。灯りはシーラが手にしている小さな洋燈一つのみで心許ない。

「此処にしましょう」

 夜に動き回るのは危険だと判断し休む場所を探していると段差に行き当たり、自分の背丈程の高さを下に降りた。すると小さな洞穴を見つけた。何の迷いも無く入って行くシーラに戸惑いながらもついて行くと中は別段何かがある訳でもなく胸を撫で下ろす。
 

「ほら」

 少し間を空けてベルティーユはシーラの隣に座ると、彼女は鞄から布に包んだパンを取り出した。そしてそれを半分にすると此方に差し出す。

「私はお腹は空いてませんので、シーラが食べて下さい」
「あのね、これからまだまだ歩くのよ。途中でへばられたら困るの!」

 そう言いながら強引にパンを手渡された。

「……聞いてもいいですか?」
「何?」

 食欲のない中ベルティーユはどうにかパンを咀嚼して飲み込むと、シーラが水入れを手渡してくれた。

「何処へ向かってるんですか」
「……騎士団の所。王太子殿下は今は不在みたいだけど、副団長のジークハルト様がいる筈だから、きっと貴女を保護してくれる」

 それから暫く二人は黙り込んでいた。薄暗く静寂の中、互いのパンの咀嚼音と水を飲む音がだけが響いている。

「……どうして、助けてくれたんですか」

 彼女が現れた時、驚きもあったがどちらかといえば困惑の方が大きかった。彼女の正体は知らないが、クロヴィス側の人間だという事は明白だ。だから始めはクロヴィスがベルティーユの世話をする為に寄越したのかと思ったが、彼女は何故か足枷の鎖を壊すと用意していた服をベルティーユに着せて、あの部屋から連れ出してくれた。
 口調はお世話にも褒められたものではないが、ベルティーユを気遣ってくれているのも分かる。本当なら靴も外套マントも彼女に必要である筈なのに自分の物を貸してくれた。
 以前あんな事があったので、正直信用は出来ないがあの地下室に居るよりはマシだと思う。それにクロヴィスの元から自力で逃げる事は無理だが、シーラからなら可能性はあると判断したのが……杞憂だったかも知れない。

「それは……気分よ、気分。そんな気分だっただけ! 別に罪滅ぼしのつもりとかじゃないから」
「そうなんですか」
「そうよ」

 膝を抱えて頭を膝に乗せ身体を丸める。これなら地べたに寝転ぶよりはマシだろう。シーラに視線を向ければ彼女は全く気にする素振りを見せずに地べたに横たわり腕を枕代わりにしていた。

「ねぇ……ロランって、分かるわよね?」

 此方に背を向けながら、不意に彼女が呟いた。

「はい」
「私はロランとは従兄妹なの……」

 ロランの母親とシーラの父親は兄妹であり、シーラは正妻の娘ではなく遊び女との間に生まれた庶子だという。

「私の居場所なんてなかった……。誰も私を家族だなんて思ってない。使用人達だって同じよ。皆私を塵でも見る様な目で見てくるの。気に入らない事があると殴られたり蹴られたり、夜中だろうが雨が降ってようが平気で屋敷の外に放り出された。服とかは何時も汚い古着を着せさせられて、ご飯は残飯を食べてた。辛くて苦しくて辛くて、何時か絶対此奴等を見返してやるって思ってたわ。でもロランやブランシュはそんな私を人間として扱ってくれた」

 シーラの意外な素性にベルティーユは驚いた。しかもそれだけではない。随分と周りから酷い扱いを受けてきたという。
 何とも居た堪れない気持ちになり、何も言う事が出来ない自分が情けない。

「あの時……ロランに結婚してあげるから貴女を王太子殿下の屋敷から連れ出す様に言われたの。悪い事だって分かってたけど……必死だった、あの場所から逃げ出したくて、ロランと結婚して王子妃になって彼奴等を見返してやりたかった……でも今は莫迦だったって後悔してる」
「シーラ……」
「貴女は私の事嫌いかも知れないけど、私は貴女の事嫌いじゃない。ブランシュが死んだって聞いた時……凄く悲しかった。あの子、本当にいい子だったから……。でもブランシュが死んだ事に貴女は関係ない。リヴィエの人間は非道とか残忍とか言われてるけど、でも私からしたらブルマリアスの人間だって同じよ。悪い奴も良い人だっている。国なんて関係ないわ」

 彼女は寝返りを打ち身体を反転させるとベルティーユを見た。洋燈の消えかけている灯が彼女の凛とした表情を照らしている。

「惨めな自分が嫌い。誰かに追い縋らないと生きれない自分はもっと大嫌い。だからそんな生き方はもうやめるって決めた。貴女を無事に送り届けたら、王太子殿下に全部話して罪を償う。それに、伝えなくちゃいけない大事な事があるの」

 
 洞穴の出入り口から日差しが射し込み、その眩しさにベルティーユは目を開けた。どうやらいつの間にか眠ってしまった様だ。シーラを見るとまだ寝息を立てていた。昨夜の事を思い出し胸が詰まる思いになる一方で少しだけ安堵した。
 
『国なんて関係ない』

 シーラの様な考えの人間も少なからずいてくれると知れた。誰もが幸せになるのは難しいと分かっている。例え戦がなくなっても彼女の様に違う苦しみを抱え生きている人間もいる。だが国が変われば人も変わると信じている。先ずは不毛な争いをなくし、少しずつ変えていくしかない。


「ほら、さっさと行くわよ」
「はい」

 目を覚ましたシーラは昨日よりスッキリとした顔をしていた。
 周囲を警戒しつつ二人は外に出ると、騎士団の元へと向かった。

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