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五十二話
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作戦会議が行われてから、五日後の明け方ーー。
今の所、国王側からは動きはなく此方から仕掛ける事になった。相手方の動向が分からず正直不安が残る中、レアンドルの決断故仕方がない。
馬達が左右の耳をバラバラに動かし、落ち着かない様子で頻りに周囲を見ている。きっとこの緊迫した空気を感じ取っているのだろう。
先日、緊急時は元々この古城を騎士団が避難場所にしているのだと聞いた。その為、凡ゆる蓄えが備えられている。ベルティーユは色々と腑に落ちた。食料や水のみならず毛布に薬、炭、薪など生活に必要な物は十分過ぎるくらいに用意されていた。これまで常時団員達が交代で古城を管理していたそうだ。
それ等を踏まえた上でベルティーユは改めて周囲を見渡す。想像していたよりもずっと数が多い……。
(こんなに人が……)
ベルティーユがこの数日で接触した団員等は作戦会議に参加した幹部だけだ。なのでこんに沢山の人間がこの古城にいた事に驚愕した。そして彼等にはそれぞれ大切な家族や友人、または恋人だっているかも知れないと考えると辛くなる。
これから一部を除き騎士団は城へと向かう。無論レアンドルが騎士団を率いる事となるーー。
空が白み始め、涼やかな風が頬を掠めた。
レアンドルが号令を掛けると一斉に騎乗する。最後に彼が騎乗するのを確認した団員がゆっくりと門を開錠していく。
「ベルティーユ、行って来る」
「どうか、ご無事で……」
レアンドルはベルティーユを見ると頷き笑んだ。勇ましい声を上げ手綱を打ち、道を開けて待つ団員等の横を駆け抜けて行った。
レアンドル等が出撃してから丸一日が経つが、何の情報も入って来ない。悪い事ばかりが頭を過り、不安ばかりが募っていく。
「レアンドル様……」
ただ待つ事しか出来ず、情けない。ベルティーユは神にレアンドル達の武運を祈る。だがリヴィエの信仰する神は死と再生を司る女神であり、無事を祈った所で大した意味はないかも知れない。だがそれでも祈らずにはいられなかった。
そんな時だった、扉がノックされ一人の団員がやって来た。
「丸腰でしたし危害を加えるつもりはない様なんですが……自ら捕まりに来ましたし。話を聞けばベルティーユ様との面会したいと言っておりまして」
「分かりました、お会いします」
団員に案内をされた先は応接間だった。
ベルティーユは中に入るのを一瞬躊躇うが、意を決して扉を開けた。
「私に何かご用ですか……ロラン様」
部屋の中に入ると身体をロープで縛られたまま椅子に座っているロランの姿があった。
「あんたに危害を加えるつもりはない。俺はただあんたと二人で話がしたいんだ」
「いけません‼︎ 幾ら縛ってあるからと言っても危険です!」
ベルティーユが口を開く前に団員に止められたが、ロランの要求を受け入れる事にした。決して彼を信用している訳ではない。ただ彼からは悪意は感じられない。それにーー。
「シーラからの話をあんたに伝えたい」
彼の話を聞かなくてはならないと思った。
「ーー今話した事、全てが真実だ。証拠もある」
「……」
言葉出なかった。もしロランが言っている事が事実ならばベルティーユが人質として過ごして来た六年はとんだ茶番だ。それにそうなると彼女は初めからーー。
「ベル、俺と一緒に来て欲しいんだ」
「私が一緒に行って何になるんですか」
例え彼の言葉が事実でも関係ない、やはりロランを信用をする事は出来ない。彼を睨む様にして見据える。
「……今俺が話した事を、クロヴィス兄さんに話してやって欲しい」
予想外の理由にベルティーユは目を丸くし、息を呑む。
「何の為に……ロラン様からお話すれば良いだけの事ではないんですか」
「あんたが居なくなってから兄さんはこれまで以上に荒れてしまって……相変わらず二言目にはベル、ベルばかりでね。ねぇ、知ってる? あんたがここに逃げ込んだ後、兄さんは何度も無謀な命令を下しこの古城に突撃を仕掛けては兵士等を無駄死にさせている。それはそうだよね。だってクロヴィス兄さんはレアンドル兄さんと違って騎士でもなければ戦にだって行った事がない。戦術の知識だって乏しいそんな人間が指揮をとるんだ、滅茶苦茶になるに決まってる。それでも誰の言葉にも耳を傾けないんだ。皆、不信感を抱き始めている。でも、あんたの言葉なら兄さんはきっと聞いてくれる」
これは罠かも知れない……でも。
「これはあんたにとっても悪くない話だと思う。クロヴィス兄さんが反旗を翻せば国王側は圧倒的に不利になる。今あんたに話した事を臣下等に聞かせれば同じく寝返る者も出てくるだろうね。反リヴィエは少なくないが、疑問を抱いている人間だって存在はする。裏切り者が現れれば、疑心暗鬼に陥り指揮は乱れてくる筈。王子三人が国王を見限ったとなれば、感情ではなく損得で動く人間だって出てくる。何にせよ、レアンドル兄さん側に有利に働く筈だよ」
ベルティーユをどうにかして説得しようとしているのがひしひしと伝わってくる。こんなに必死な彼を見るのは初めてだ。
「今更虫がいいって分かっている。俺だってシーラからこの話を聞くまでは、正直あんたが憎くて憎くて仕方がなかった。ブランシュは嘆き苦しみ死ぬしかなかったのに同じ立場であるあんたが生きてるのが、赦せなかった……。もっと苦痛を味合わせたい、絶対に幸せなんかにさせてたまるかってさ。……俺とブランシュの母はさ、俺達が幼い頃にリヴィエの人間に目の前で殺されたんだ。それからずっとリヴィエを憎みながら生きてきた。だからあんたが人質としてブルマリアスに来た時から、内心ではあんたの事を疎ましく思っていた。でもあんたを大事に扱っていればリヴィエにもその事が伝わりきっとブランシュを同じ様に大事に扱ってくれると考えた。だけど一緒に過ごす内に分からなくなっていった。だってさ、あんた素直で優しくて本当莫迦みたいに良い子過ぎるから……」
彼が今笑っているのか怒っているのか、泣いているのかベルティーユには分からない。人間は一遍にこんな風に感情を表す事が出来るのかとただ漠然とそんな事を思った。
「今でもリヴィエの事は赦せない。でもブランシュを利用して死なせた父さん達の事はもっと赦せない」
もし今ここにレアンドルがいたら、きっと怒られると思う。自分でも莫迦だと分かっている。もしこれが罠で、命を落とす様な事があれば彼を悲しませる事になる。
(それでも、私はーー)
「分かりました。ロラン様、私をクロヴィス様の元へお連れ下さい」
今の所、国王側からは動きはなく此方から仕掛ける事になった。相手方の動向が分からず正直不安が残る中、レアンドルの決断故仕方がない。
馬達が左右の耳をバラバラに動かし、落ち着かない様子で頻りに周囲を見ている。きっとこの緊迫した空気を感じ取っているのだろう。
先日、緊急時は元々この古城を騎士団が避難場所にしているのだと聞いた。その為、凡ゆる蓄えが備えられている。ベルティーユは色々と腑に落ちた。食料や水のみならず毛布に薬、炭、薪など生活に必要な物は十分過ぎるくらいに用意されていた。これまで常時団員達が交代で古城を管理していたそうだ。
それ等を踏まえた上でベルティーユは改めて周囲を見渡す。想像していたよりもずっと数が多い……。
(こんなに人が……)
ベルティーユがこの数日で接触した団員等は作戦会議に参加した幹部だけだ。なのでこんに沢山の人間がこの古城にいた事に驚愕した。そして彼等にはそれぞれ大切な家族や友人、または恋人だっているかも知れないと考えると辛くなる。
これから一部を除き騎士団は城へと向かう。無論レアンドルが騎士団を率いる事となるーー。
空が白み始め、涼やかな風が頬を掠めた。
レアンドルが号令を掛けると一斉に騎乗する。最後に彼が騎乗するのを確認した団員がゆっくりと門を開錠していく。
「ベルティーユ、行って来る」
「どうか、ご無事で……」
レアンドルはベルティーユを見ると頷き笑んだ。勇ましい声を上げ手綱を打ち、道を開けて待つ団員等の横を駆け抜けて行った。
レアンドル等が出撃してから丸一日が経つが、何の情報も入って来ない。悪い事ばかりが頭を過り、不安ばかりが募っていく。
「レアンドル様……」
ただ待つ事しか出来ず、情けない。ベルティーユは神にレアンドル達の武運を祈る。だがリヴィエの信仰する神は死と再生を司る女神であり、無事を祈った所で大した意味はないかも知れない。だがそれでも祈らずにはいられなかった。
そんな時だった、扉がノックされ一人の団員がやって来た。
「丸腰でしたし危害を加えるつもりはない様なんですが……自ら捕まりに来ましたし。話を聞けばベルティーユ様との面会したいと言っておりまして」
「分かりました、お会いします」
団員に案内をされた先は応接間だった。
ベルティーユは中に入るのを一瞬躊躇うが、意を決して扉を開けた。
「私に何かご用ですか……ロラン様」
部屋の中に入ると身体をロープで縛られたまま椅子に座っているロランの姿があった。
「あんたに危害を加えるつもりはない。俺はただあんたと二人で話がしたいんだ」
「いけません‼︎ 幾ら縛ってあるからと言っても危険です!」
ベルティーユが口を開く前に団員に止められたが、ロランの要求を受け入れる事にした。決して彼を信用している訳ではない。ただ彼からは悪意は感じられない。それにーー。
「シーラからの話をあんたに伝えたい」
彼の話を聞かなくてはならないと思った。
「ーー今話した事、全てが真実だ。証拠もある」
「……」
言葉出なかった。もしロランが言っている事が事実ならばベルティーユが人質として過ごして来た六年はとんだ茶番だ。それにそうなると彼女は初めからーー。
「ベル、俺と一緒に来て欲しいんだ」
「私が一緒に行って何になるんですか」
例え彼の言葉が事実でも関係ない、やはりロランを信用をする事は出来ない。彼を睨む様にして見据える。
「……今俺が話した事を、クロヴィス兄さんに話してやって欲しい」
予想外の理由にベルティーユは目を丸くし、息を呑む。
「何の為に……ロラン様からお話すれば良いだけの事ではないんですか」
「あんたが居なくなってから兄さんはこれまで以上に荒れてしまって……相変わらず二言目にはベル、ベルばかりでね。ねぇ、知ってる? あんたがここに逃げ込んだ後、兄さんは何度も無謀な命令を下しこの古城に突撃を仕掛けては兵士等を無駄死にさせている。それはそうだよね。だってクロヴィス兄さんはレアンドル兄さんと違って騎士でもなければ戦にだって行った事がない。戦術の知識だって乏しいそんな人間が指揮をとるんだ、滅茶苦茶になるに決まってる。それでも誰の言葉にも耳を傾けないんだ。皆、不信感を抱き始めている。でも、あんたの言葉なら兄さんはきっと聞いてくれる」
これは罠かも知れない……でも。
「これはあんたにとっても悪くない話だと思う。クロヴィス兄さんが反旗を翻せば国王側は圧倒的に不利になる。今あんたに話した事を臣下等に聞かせれば同じく寝返る者も出てくるだろうね。反リヴィエは少なくないが、疑問を抱いている人間だって存在はする。裏切り者が現れれば、疑心暗鬼に陥り指揮は乱れてくる筈。王子三人が国王を見限ったとなれば、感情ではなく損得で動く人間だって出てくる。何にせよ、レアンドル兄さん側に有利に働く筈だよ」
ベルティーユをどうにかして説得しようとしているのがひしひしと伝わってくる。こんなに必死な彼を見るのは初めてだ。
「今更虫がいいって分かっている。俺だってシーラからこの話を聞くまでは、正直あんたが憎くて憎くて仕方がなかった。ブランシュは嘆き苦しみ死ぬしかなかったのに同じ立場であるあんたが生きてるのが、赦せなかった……。もっと苦痛を味合わせたい、絶対に幸せなんかにさせてたまるかってさ。……俺とブランシュの母はさ、俺達が幼い頃にリヴィエの人間に目の前で殺されたんだ。それからずっとリヴィエを憎みながら生きてきた。だからあんたが人質としてブルマリアスに来た時から、内心ではあんたの事を疎ましく思っていた。でもあんたを大事に扱っていればリヴィエにもその事が伝わりきっとブランシュを同じ様に大事に扱ってくれると考えた。だけど一緒に過ごす内に分からなくなっていった。だってさ、あんた素直で優しくて本当莫迦みたいに良い子過ぎるから……」
彼が今笑っているのか怒っているのか、泣いているのかベルティーユには分からない。人間は一遍にこんな風に感情を表す事が出来るのかとただ漠然とそんな事を思った。
「今でもリヴィエの事は赦せない。でもブランシュを利用して死なせた父さん達の事はもっと赦せない」
もし今ここにレアンドルがいたら、きっと怒られると思う。自分でも莫迦だと分かっている。もしこれが罠で、命を落とす様な事があれば彼を悲しませる事になる。
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「分かりました。ロラン様、私をクロヴィス様の元へお連れ下さい」
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