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第七話
しおりを挟むラヴァン侯爵家の執務室ーー仕事机には山積みにされた書類が置かれている。
その机の前に座っているのはブラッドだ。
家督を継ぐのはまだ先の話だが、ラヴァン家の仕事の半分を任されている。
「随分と苛ついてるな」
「別に……」
大した用事もなく屋敷を訪ねて来た伯爵令息のオスカー・カディオ、ブラッドの友人だ。
彼はソファーに座り出されたお茶を啜りながらどうでも良い事を延々と話している。
いつもならば適当に受け流しているのに今日はそれが出来ない。指摘されたように苛立ちが隠しきれずにいた。
「そういえば、フィオン伯爵令嬢とはどうなったんだ?」
「どうもなっていないよ。そもそも婚約すらしてないし」
あのフィオン家の夜会の以前から、伯爵家からはしつこく縁談の申し入れが来ていた。別に縁談話は他家からも沢山来ているので特別な事ではなく適当に遇らっていたが、あの夜会で痺れを切らしたエヴリーヌが強硬手段に出た。
人前で恰も婚約者のように振る舞った。腕に絡みつき身体を寄せながら離れず「私とブラッド様の仲ですから」などと意味深長な発言を繰り返した。
やんわり訂正をしたので知人などには誤解はされずに済んだが、遠巻きの人間達には彼女の思惑通り誤解されて噂となった。
(まあその後、フィオン伯爵には僕が直々に抗議してあげたけど)
抗議と名の脅迫をしたので今後あちらから関わって来る事はないだろう。噂も収束しつつある。そもそも社交界の噂話など三日も経てば飽きられてまた別の物に変わるので、余程の事でなければ杞憂に終わる。
ただ彼女には誤解をされたままだろう。
あの時完全に判断ミスをした。
クリスタから婚約の話をされた時、どんな反応をするか興味が湧いた。予想では可愛く焼きもちをやくのではと考えたが……実際は彼女から突き放され別れを告げられてしまった。
直ぐに訂正する為に追いかけようとするも、馬鹿みたいな話だがショックのあまり身体が動かなかった。
これまで彼女から拒絶された事は一度たりともない。
婚約が解消されても、屋敷に出入り禁止になっているにも関わらず、会いに行けば彼女は自分を受け入れてくれた。当然だ。何故なら彼女はーー
(クリスタは僕のものだ。昔から、彼女がこの世に生を受けた瞬間からずっと……そしてこれからもそれは変わらない)
それなのに彼女は自分を拒絶した。
あの瞬間、目の前が真っ暗になり何も考えられなかった。
それから何もかもが上手くいかない。
彼女がまた婚約をした。腹立たしい事ではあるが、問題はそこではない。
これまでの男達は最も簡単に罠に引っ掛かったのに、今回は何度やっても上手くいかない。
相手の趣向を調べ上げ、男の理想の女を用意する……そう難しい話ではなかった。駒になりそうな下級貴族の娘を男の理想の女に仕立て上げ、後は男を誘惑させるだけだ。
無論女達は喜んで協力をした。何故ならたったそれだけで、ロワリエ侯爵のお眼鏡に適った男と結婚する事が出来る。彼女達にとっては正に僥倖だっただろう。
これまではそれで上手くいっていた。なのに今回の男はまるで靡かない。この三ヶ月、何度も何度も罠を仕掛けた。だがあの公爵の息子は女達に見向きもしなかった。
そもそもあの男の理想の女が不明だ。
ライムントは堅物の仕事人間で、これまで婚約者は何人かいたようだが全て解消されている。破棄ではないので、互いに納得した上で円満に別れたと考えるのが妥当だろう。但し男側が公爵家である故、ライムントが不貞を働いたとしても公爵家が揉み消したとも考えられる、と言ってもあの男は女っ気がまるでないので可能性は低いが。
解消理由が分かれば別の手立てを講ずる事が出来る知れないが流石公爵家だ、情報管理が徹底されており隙がない。
兎に角、このままでは彼女はあの男と結婚してしまう。考えただけで悍ましい。そんな事は絶対に許せない。
ただ今回は相手が悪過ぎる。
いっそ消してしまおうかとも考えたが、流石にそれは現実的ではない。
もしバレたらそれこそ彼女とは永遠に会えなくなってしまう。
(そんな事はダメだ。僕が死ぬ時は、クリスタが死んだ直後以外あり得ないーー)
彼女のいない世界で一秒だって息は出来ない。苦しくて苦しくて気が狂うだろう。
だが彼女より先には死ねない。もし先に死んでしまったら、きっと彼女に寂しい思いをさせてしまうし、他の男のものになってしまうかも知れない。そんな事、許せる筈がない。
だから自分が死ぬのはクリスタが死んだ直後しかあり得ないんだ。
「へぇ、そうだったのか。まあ社交界の噂なんて信憑性は低いからな。それより、まだ諦められていないのか? クリスタ嬢と婚約解消してからもう三年くらいだろう。いい加減気持ちを切り替えてさ、別の女性に目を向けてみたらどうだ。それこそお前と結婚したい令嬢なんて山ほどいるんだしさ」
諭すようなオスカーの言葉にブラッドは鼻で笑った。
「は? 馬鹿なの? 僕が彼女以外の女なんて欲する筈ないだろう。穢らわしいな」
「……なんていうか、本当お前変わらないな」
呆れ顔で同情の眼差しを向けられるが、ブラッドはまるで意に介さない。
「人様の家の事情に首突っ込む事はしたくないけどさ、それならもう一度ロワリエ侯爵に嘆願してみたらどうだ? 時間も経っているし、もしかしたら侯爵の気持ちも変わっているかも知れないだろう」
オスカーは詳しい事情を知らないので仕方がないが、そんな単純な話ではない。
「あ、でも、彼女婚約者出来たんだってな。まあまた直ぐに婚約破棄になるだろうから……って何するんだよ⁉︎」
ブラッドはオスカーの腕を掴むと強引に立たせ部屋から叩き出す。
外に控えていた使用人に「お見送りしてやって」と声を掛け扉を閉めた。
何やら喚いていたが知った事ではない。
「クリスタ……」
彼女を手放す事になったのは全て愚かな両親等の所為だ。
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