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46話 初恋
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初恋。
十七年の人生において私が初めて抱いた恋心。
頬に手を添えて欲しいと思う。優しい笑みを浮かべながら頭を撫でて欲しい。
ノエル様の顔を思い出しただけで胸に狂おしいほどの好きという感情が溢れてくる。
私のノエル様への気持ちは間違いなく初恋だった。
そしてその恋の熱は私の中で激流のように荒れ狂う。
白のツツジ。リナリア。アザレア。ポピー。
とりあえず花園に咲いている限りで、恋に関係のある花言葉を持っている花の前に順番にしゃがみこんで、じっと観察してみた。
私の同じ名前であるリナリアの花は特に念入りに。
でも、初恋なんてどうしたらいいのかという答えは得ることができなかった。
だって、初めての経験なのだ。
どうやって振る舞えば良いのかも分からないし、どう向き合えば良いのか分からない。
心の中で溢れ出すこの熱を制御できなくて持て余している。
(でも、ノエル様が私のことを好いていてくれたのはとても嬉しい)
ノエル様が私のこと好いていてくれたのはとても嬉しかった。
私とノエル様が両想いだということだけで幸せで胸がいっぱいになる。
そんななことを考えていると。
「ここにいた……」
「アンナさん」
アンナがやって来た。
「探したのよ。何してるのこんな所で」
「ちょっと考え事をしていて……」
「それは良いんだけど……折角だし、紅茶でも飲む?」
「はい」
私が頷くと、アンナは紅茶の準備をしに行った。
すぐにアンナが紅茶を持って来た。
「相談があるんですけど、アンナさんも一緒にどうですか?」
「でも私は……」
「今は誰もいませんし、お願いできませんか?」
「……しょうがないわね。少しだけよ」
アンナは渋々座ってくれた。
私は早速本題を切り出す。
「実は、ノエル様に告白されたんです」
「何それ!? 詳しく聞かせて!」
アンナが尋常ではない早さで食いついてきた。
「は、はい……私に実家から手紙が届いたんですけど」
私はアンナに今あったことを説明する。
説明を聞き終わったアンナは恍惚の表情を浮かべていた。
「素敵だわ……聞いてるこっちがキュンキュンして胸が苦しいくらい。それにしても前々から思ってたけど、あんたの父親本当にやばいわね」
「それは……まぁ。でも、もうノエル様がいるから問題ないんですけど」
私は微笑んで手元の紅茶に目を落とす。
紅茶は湯気をたてて、カップを握るとじんわりと手のひらが温かい。
「尊いわ……」
「え?」
「あ、いや何でもないわ。こっちの話。見守って来たカップリングがついに実ったんだって」
「そうですか……?」
アンナがしみじみとした目で私を見ていたので、何事かと思って聞いてみたら何でもないとアンナは首を振った。
私はよく分からなかったので深くは尋ねないことにした。
「それでですね……ここからが本題なんですけど」
私はモジモジと両手の指を組んだり、絡めたりする。
「私……実はノエル様のことが好きだったみたいです」
私がそう言うと、アンナは目を見開いて驚いていた。
「ど、どうしたんですかアンナさん」
「いや、今まで気づいてなかったんだと思って……」
「え? じゃあアンナさんは……」
「私だけじゃないわよ。この屋敷中の使用人がリナリアが好きって分かってるわよ」
「で、でも私はついさっき自覚したばかりで、それならみんな気づいてないんじゃ……」
「それは無いわ。自分では気づいてなかったんでしょうけどリナリアのノエル様を見る目、完全に恋する乙女だったわよ。あの目を見て気づかない人なんていないわ」
「そ、そんな……」
自分ではあまりよく分かっていなかったのに、側から見れば丸わかりだったなんてかなり恥ずかしい。
私、そんなにノエル様を情熱的な目で見たいただろうか?
私は恥ずかしくなって手で顔を隠す。
「……そんなにバレバレでしたか?」
「逆に、なんでバレてないと思ってるのが不思議なくらいだわ」
じゃあイザベラ様も分かっていたのだろうか。
ああ、あの質問の意味はそういうことだったのか。
私はイザベラ様の「ノエル様は好き?」と言う質問を思い出す。
イザベラ様からすれば私のノエル様への好意が分かっていたのだ。
「それで、ノエル様が好きだからどうしたの」
「は、はい。ノエル様を好きなのを自覚して、恋人になったのは良いですけれど、何をしたら良いのかを思って」
「は?」
「恋人って何をするものなのか分からなくて」
「確かに……言われてみれば分からないけど」
アンナも腕を組んで悩んでいた。
「でも何かしなきゃいけない訳じゃないんだからいつも通りに過ごしていれば良いんじゃない?」
「そういうものなのでしょうか……」
「それより、もうすぐ夕食の時間よ」
「確かにそうですね……もう戻りましょうか」
空を見れば陽が落ちてきて、夕日が輝く時間になっていた。
私は自分の疑問に答えを出せないまま自室に戻った。
そして自室に戻った後、夕食のため食堂までの道を歩いていたのだが、私はとある重大な事実に気がついた。
(あれ? これってもしかして今からノエル様と顔を合わせることになるんじゃ……)
ノエル様も当然夕食を食べるので、食堂にいるはずだ。
つまりこのまま食堂に行けばノエル様と顔を合わせることになるのではないだろうか。
その事実に気がつくと私は一気に緊張してきた。
私はまだノエル様と顔を合わせる覚悟をしていなかったのだ。
何とか心を落ち着けようと深呼吸をしてみたりしたが、気持ちは収まらない。
そうこうしている内に食堂の前へとやって来た。
食堂の中にはすでにノエル様が座っていて、私が入ってくるとノエル様は立ち上がった。
「リナリア……」
「ノエル様……」
私は恥ずかしさのあまりすぐに下を向いて椅子に座った。
「その……どうしてそんなに離れているんですか?」
ノエル様が質問してきた。
いつもはノエル様の隣で食事を取っていたのだが、今日はノエル様の対面の席に座っていた。
距離はいつもよりかなり離れている。
「きょ、今日はここが良くて……」
(緊張するから少し距離を取りたいなんて言えない……!)
本当は好きな人の隣に座ると絶対に緊張するから今日は距離を取りたいなんて言えるはずもない。
「そ、そうですか……」
ノエル様は少し残念そうな声で椅子に座った。
私も少しだけ罪悪感を抱きながら椅子に座る。
いつもはここで雑談を交わしたりするのだが、今日は静かだった。
沈黙が続く。
ノエル様をチラリと見る。
(や、やっぱり無理……っ!)
しかし私はすぐに目を逸らしてしまった。
自分の恋心を自覚してからノエル様の顔を見ると、いつもより五割り増しくらいカッコよく見えて、直視できなかった。
(どうしよう……ノエル様カッコいい……! お顔がキラキラしてる……!)
そうだ、私はこんなにも優しくて、綺麗な人と恋人になったのだ。
そう考えると私はとんでもなく幸せものなのではないかと思う。
ノエル様と恋人になったことを噛み締めるたびに嬉しい感情が溢れてきて、私は食事をしている間笑顔を抑えるので精一杯だった。
翌日。
「どうしましょう……昨日、全く寝れませんでした」
私は昨日、ベッドの中でノエル様のことを考えるあまりほとんど寝ることが出来なかった。
「でも全然眠たそうじゃないわね」
「それはもう! ノエル様のことを考えていましたから!」
「昨日からずっとその調子ね……」
さすがに昨日からテンションが上がりっぱなしの私を見ていて、そろそろうんざりして来たのか、アンナが呆れたように笑っていた。
でもこの気持ちの高鳴りは自分で抑えることはできないのだ。
そして、私の中にはとある欲求が芽生え始めてきた。
(ノエル様に会いたい……!)
ノエル様が好きだと自覚した時から、ノエル様に会いたい欲求が私の中で膨れ上がっている。
昨日は緊張していたせいでろくにノエル様と会話もしてないし、顔も見たかどうかすら怪しい。
だから私の中のノエル様に会いたい欲求はかなり膨れ上がっていた。
「い、今から朝食ですよね?」
「そうね」
「それなら、ノエル様と会えるんですよね!?」
「そうよ! そんなに会いたいなら早く食堂に行けばいいじゃない!」
「それはちょっと緊張して……」
「めんどくさ……」
アンナから本音が漏れていた。
「よしっ……! 食堂に行きましょう! 今ならノエル様と顔を合わせても照れないと思います!」
私は気合いを入れて食堂へと向かった。
しかし──。
「リナリア。おはようございます」
ノエル様を見た瞬間、私の覚悟なんて吹き飛んでしまった。
やっぱり顔に熱が昇ってまともにノエル様の顔を見れない。
それでも私はまともな挨拶を返そうと声を振り絞る。
「ぉはようございます……」
出て来たのは蚊の鳴くような声だったが、返事を返すことはできた。
それから花園、書庫、食堂など様々な場所でノエル様と会った。
しかし私はノエル様と顔を合わせる気恥ずかしさに勝てず、その場を逃げ出すか俯いたままかのどちらかしかできなかった。
そうして数日を過ごしていると、ノエル様の様子がおかしくなってきた。
ノエル様に明らかに元気がない。
先日までは眩しいくらいの笑顔を浮かべていたのに、今は暗い表情ばかりだ。
「あ、あの……ノエル様……大丈夫、ですか?」
ノエル様の書斎で私はノエル様に大丈夫かどうかを質問した。
相変わらず距離は遠かったが、これでも全力だった。
「いえ……大丈夫です」
ノエル様は何でもないと首を振るが、顔色は悪いので明らかに嘘をついていた。
本当に大丈夫なのかとその後何回も質問したのだが、ついに真実を聞き出すことができなかった。
私は自室に戻るとそのことをアンナに相談した。
「あのさぁ……もしかしてノエル様、振られたと思ってるんじゃないの?」
「えっ」
予想だにしていない言葉に私は素っ頓狂な声をあげた。
「だって、話を聞いた限りだけどノエル様の告白に返事してないんじゃない?」
「え? ……あっ」
確かにそうだ。
私はノエル様の言葉に返事をすることなく部屋から逃げ出したのだ。
一度も「私も好きだ」と言っていない。
ということは、つまり、まだノエル様は私からの返事を待っている状態で……。
アンナが呆れたようにため息をつく。
「最初話を聞いた時「あれ?」って疑問に思ったけど、流石にそんな事はあり得ないかと思って今まで言わなかったら、まさか本当に言ってなかったなんて……」
私の顔がサーっと青くなる。
「愛の告白に対して返事もなくて、避けるような態度を取られてたなら振られたと思ってもしょうがないわよ」
「わ、私ノエル様のところに行ってきます!」
私は部屋から飛び出してノエル様の自室へと走った。
ノエル様の部屋の扉をノックして、返事が返って来るとすぐに部屋に飛び込む。
ノエル様は椅子から立って今まさに扉を開けようとこちらに来ているところだった。
「リナリア? なぜそんなに急いで……」
「ノエル様!」
私はノエル様の手をとる。
驚いて見開かれたノエル様の瞳と目が合った。
途端に赤面しそうになるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
今すぐに私の気持ちをノエル様に伝えるんだ。
「私、ノエル様のことが好きです!」
「え?」
「ちゃんと返事をしなくてごめんなさい! 私、あの時は気が動転してて……とにかく、私はノエル様のことを……あ、愛しています!」
言い切った。
ちゃんとノエル様に「愛してる」と伝えられた。
私はドキドキしながらノエル様の返事を待つ。
ああ、ノエル様はこんな気持ちだったんだ。ノエル様に対する罪悪感が重ねて襲ってくる。
「よかった……」
ノエル様は安堵したように息を吐いた。
「ずっと返事を聞けなくて、避けられていたから断られてしまったのではないかと思っていました……」
「申し訳ありません! あの時、ノエル様に愛してると言ってもらえて嬉しくて。それに私もノエル様のことが好きだと自覚してから何だかノエル様の顔がしっかり見れなくて……」
「リナリア」
ノエル様が私の頬に手を添えて優しく私の顔を持ち上げた。
青く、綺麗なノエル様の瞳と目が合う。
「今はどうですか」
「今は……ドキドキします」
私はありのままの感想を伝えた。
私たちは見つめ合う。
視線は溶け合い、私とノエル様の気持ちが一つになった。
ノエル様が陽だまりのような微笑みを浮かべる。
「リナリア。あなたのことを愛しています。私と恋人になっていただけませんか」
「はい、喜んで」
そして私はノエル様と恋人になった。
十七年の人生において私が初めて抱いた恋心。
頬に手を添えて欲しいと思う。優しい笑みを浮かべながら頭を撫でて欲しい。
ノエル様の顔を思い出しただけで胸に狂おしいほどの好きという感情が溢れてくる。
私のノエル様への気持ちは間違いなく初恋だった。
そしてその恋の熱は私の中で激流のように荒れ狂う。
白のツツジ。リナリア。アザレア。ポピー。
とりあえず花園に咲いている限りで、恋に関係のある花言葉を持っている花の前に順番にしゃがみこんで、じっと観察してみた。
私の同じ名前であるリナリアの花は特に念入りに。
でも、初恋なんてどうしたらいいのかという答えは得ることができなかった。
だって、初めての経験なのだ。
どうやって振る舞えば良いのかも分からないし、どう向き合えば良いのか分からない。
心の中で溢れ出すこの熱を制御できなくて持て余している。
(でも、ノエル様が私のことを好いていてくれたのはとても嬉しい)
ノエル様が私のこと好いていてくれたのはとても嬉しかった。
私とノエル様が両想いだということだけで幸せで胸がいっぱいになる。
そんななことを考えていると。
「ここにいた……」
「アンナさん」
アンナがやって来た。
「探したのよ。何してるのこんな所で」
「ちょっと考え事をしていて……」
「それは良いんだけど……折角だし、紅茶でも飲む?」
「はい」
私が頷くと、アンナは紅茶の準備をしに行った。
すぐにアンナが紅茶を持って来た。
「相談があるんですけど、アンナさんも一緒にどうですか?」
「でも私は……」
「今は誰もいませんし、お願いできませんか?」
「……しょうがないわね。少しだけよ」
アンナは渋々座ってくれた。
私は早速本題を切り出す。
「実は、ノエル様に告白されたんです」
「何それ!? 詳しく聞かせて!」
アンナが尋常ではない早さで食いついてきた。
「は、はい……私に実家から手紙が届いたんですけど」
私はアンナに今あったことを説明する。
説明を聞き終わったアンナは恍惚の表情を浮かべていた。
「素敵だわ……聞いてるこっちがキュンキュンして胸が苦しいくらい。それにしても前々から思ってたけど、あんたの父親本当にやばいわね」
「それは……まぁ。でも、もうノエル様がいるから問題ないんですけど」
私は微笑んで手元の紅茶に目を落とす。
紅茶は湯気をたてて、カップを握るとじんわりと手のひらが温かい。
「尊いわ……」
「え?」
「あ、いや何でもないわ。こっちの話。見守って来たカップリングがついに実ったんだって」
「そうですか……?」
アンナがしみじみとした目で私を見ていたので、何事かと思って聞いてみたら何でもないとアンナは首を振った。
私はよく分からなかったので深くは尋ねないことにした。
「それでですね……ここからが本題なんですけど」
私はモジモジと両手の指を組んだり、絡めたりする。
「私……実はノエル様のことが好きだったみたいです」
私がそう言うと、アンナは目を見開いて驚いていた。
「ど、どうしたんですかアンナさん」
「いや、今まで気づいてなかったんだと思って……」
「え? じゃあアンナさんは……」
「私だけじゃないわよ。この屋敷中の使用人がリナリアが好きって分かってるわよ」
「で、でも私はついさっき自覚したばかりで、それならみんな気づいてないんじゃ……」
「それは無いわ。自分では気づいてなかったんでしょうけどリナリアのノエル様を見る目、完全に恋する乙女だったわよ。あの目を見て気づかない人なんていないわ」
「そ、そんな……」
自分ではあまりよく分かっていなかったのに、側から見れば丸わかりだったなんてかなり恥ずかしい。
私、そんなにノエル様を情熱的な目で見たいただろうか?
私は恥ずかしくなって手で顔を隠す。
「……そんなにバレバレでしたか?」
「逆に、なんでバレてないと思ってるのが不思議なくらいだわ」
じゃあイザベラ様も分かっていたのだろうか。
ああ、あの質問の意味はそういうことだったのか。
私はイザベラ様の「ノエル様は好き?」と言う質問を思い出す。
イザベラ様からすれば私のノエル様への好意が分かっていたのだ。
「それで、ノエル様が好きだからどうしたの」
「は、はい。ノエル様を好きなのを自覚して、恋人になったのは良いですけれど、何をしたら良いのかを思って」
「は?」
「恋人って何をするものなのか分からなくて」
「確かに……言われてみれば分からないけど」
アンナも腕を組んで悩んでいた。
「でも何かしなきゃいけない訳じゃないんだからいつも通りに過ごしていれば良いんじゃない?」
「そういうものなのでしょうか……」
「それより、もうすぐ夕食の時間よ」
「確かにそうですね……もう戻りましょうか」
空を見れば陽が落ちてきて、夕日が輝く時間になっていた。
私は自分の疑問に答えを出せないまま自室に戻った。
そして自室に戻った後、夕食のため食堂までの道を歩いていたのだが、私はとある重大な事実に気がついた。
(あれ? これってもしかして今からノエル様と顔を合わせることになるんじゃ……)
ノエル様も当然夕食を食べるので、食堂にいるはずだ。
つまりこのまま食堂に行けばノエル様と顔を合わせることになるのではないだろうか。
その事実に気がつくと私は一気に緊張してきた。
私はまだノエル様と顔を合わせる覚悟をしていなかったのだ。
何とか心を落ち着けようと深呼吸をしてみたりしたが、気持ちは収まらない。
そうこうしている内に食堂の前へとやって来た。
食堂の中にはすでにノエル様が座っていて、私が入ってくるとノエル様は立ち上がった。
「リナリア……」
「ノエル様……」
私は恥ずかしさのあまりすぐに下を向いて椅子に座った。
「その……どうしてそんなに離れているんですか?」
ノエル様が質問してきた。
いつもはノエル様の隣で食事を取っていたのだが、今日はノエル様の対面の席に座っていた。
距離はいつもよりかなり離れている。
「きょ、今日はここが良くて……」
(緊張するから少し距離を取りたいなんて言えない……!)
本当は好きな人の隣に座ると絶対に緊張するから今日は距離を取りたいなんて言えるはずもない。
「そ、そうですか……」
ノエル様は少し残念そうな声で椅子に座った。
私も少しだけ罪悪感を抱きながら椅子に座る。
いつもはここで雑談を交わしたりするのだが、今日は静かだった。
沈黙が続く。
ノエル様をチラリと見る。
(や、やっぱり無理……っ!)
しかし私はすぐに目を逸らしてしまった。
自分の恋心を自覚してからノエル様の顔を見ると、いつもより五割り増しくらいカッコよく見えて、直視できなかった。
(どうしよう……ノエル様カッコいい……! お顔がキラキラしてる……!)
そうだ、私はこんなにも優しくて、綺麗な人と恋人になったのだ。
そう考えると私はとんでもなく幸せものなのではないかと思う。
ノエル様と恋人になったことを噛み締めるたびに嬉しい感情が溢れてきて、私は食事をしている間笑顔を抑えるので精一杯だった。
翌日。
「どうしましょう……昨日、全く寝れませんでした」
私は昨日、ベッドの中でノエル様のことを考えるあまりほとんど寝ることが出来なかった。
「でも全然眠たそうじゃないわね」
「それはもう! ノエル様のことを考えていましたから!」
「昨日からずっとその調子ね……」
さすがに昨日からテンションが上がりっぱなしの私を見ていて、そろそろうんざりして来たのか、アンナが呆れたように笑っていた。
でもこの気持ちの高鳴りは自分で抑えることはできないのだ。
そして、私の中にはとある欲求が芽生え始めてきた。
(ノエル様に会いたい……!)
ノエル様が好きだと自覚した時から、ノエル様に会いたい欲求が私の中で膨れ上がっている。
昨日は緊張していたせいでろくにノエル様と会話もしてないし、顔も見たかどうかすら怪しい。
だから私の中のノエル様に会いたい欲求はかなり膨れ上がっていた。
「い、今から朝食ですよね?」
「そうね」
「それなら、ノエル様と会えるんですよね!?」
「そうよ! そんなに会いたいなら早く食堂に行けばいいじゃない!」
「それはちょっと緊張して……」
「めんどくさ……」
アンナから本音が漏れていた。
「よしっ……! 食堂に行きましょう! 今ならノエル様と顔を合わせても照れないと思います!」
私は気合いを入れて食堂へと向かった。
しかし──。
「リナリア。おはようございます」
ノエル様を見た瞬間、私の覚悟なんて吹き飛んでしまった。
やっぱり顔に熱が昇ってまともにノエル様の顔を見れない。
それでも私はまともな挨拶を返そうと声を振り絞る。
「ぉはようございます……」
出て来たのは蚊の鳴くような声だったが、返事を返すことはできた。
それから花園、書庫、食堂など様々な場所でノエル様と会った。
しかし私はノエル様と顔を合わせる気恥ずかしさに勝てず、その場を逃げ出すか俯いたままかのどちらかしかできなかった。
そうして数日を過ごしていると、ノエル様の様子がおかしくなってきた。
ノエル様に明らかに元気がない。
先日までは眩しいくらいの笑顔を浮かべていたのに、今は暗い表情ばかりだ。
「あ、あの……ノエル様……大丈夫、ですか?」
ノエル様の書斎で私はノエル様に大丈夫かどうかを質問した。
相変わらず距離は遠かったが、これでも全力だった。
「いえ……大丈夫です」
ノエル様は何でもないと首を振るが、顔色は悪いので明らかに嘘をついていた。
本当に大丈夫なのかとその後何回も質問したのだが、ついに真実を聞き出すことができなかった。
私は自室に戻るとそのことをアンナに相談した。
「あのさぁ……もしかしてノエル様、振られたと思ってるんじゃないの?」
「えっ」
予想だにしていない言葉に私は素っ頓狂な声をあげた。
「だって、話を聞いた限りだけどノエル様の告白に返事してないんじゃない?」
「え? ……あっ」
確かにそうだ。
私はノエル様の言葉に返事をすることなく部屋から逃げ出したのだ。
一度も「私も好きだ」と言っていない。
ということは、つまり、まだノエル様は私からの返事を待っている状態で……。
アンナが呆れたようにため息をつく。
「最初話を聞いた時「あれ?」って疑問に思ったけど、流石にそんな事はあり得ないかと思って今まで言わなかったら、まさか本当に言ってなかったなんて……」
私の顔がサーっと青くなる。
「愛の告白に対して返事もなくて、避けるような態度を取られてたなら振られたと思ってもしょうがないわよ」
「わ、私ノエル様のところに行ってきます!」
私は部屋から飛び出してノエル様の自室へと走った。
ノエル様の部屋の扉をノックして、返事が返って来るとすぐに部屋に飛び込む。
ノエル様は椅子から立って今まさに扉を開けようとこちらに来ているところだった。
「リナリア? なぜそんなに急いで……」
「ノエル様!」
私はノエル様の手をとる。
驚いて見開かれたノエル様の瞳と目が合った。
途端に赤面しそうになるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
今すぐに私の気持ちをノエル様に伝えるんだ。
「私、ノエル様のことが好きです!」
「え?」
「ちゃんと返事をしなくてごめんなさい! 私、あの時は気が動転してて……とにかく、私はノエル様のことを……あ、愛しています!」
言い切った。
ちゃんとノエル様に「愛してる」と伝えられた。
私はドキドキしながらノエル様の返事を待つ。
ああ、ノエル様はこんな気持ちだったんだ。ノエル様に対する罪悪感が重ねて襲ってくる。
「よかった……」
ノエル様は安堵したように息を吐いた。
「ずっと返事を聞けなくて、避けられていたから断られてしまったのではないかと思っていました……」
「申し訳ありません! あの時、ノエル様に愛してると言ってもらえて嬉しくて。それに私もノエル様のことが好きだと自覚してから何だかノエル様の顔がしっかり見れなくて……」
「リナリア」
ノエル様が私の頬に手を添えて優しく私の顔を持ち上げた。
青く、綺麗なノエル様の瞳と目が合う。
「今はどうですか」
「今は……ドキドキします」
私はありのままの感想を伝えた。
私たちは見つめ合う。
視線は溶け合い、私とノエル様の気持ちが一つになった。
ノエル様が陽だまりのような微笑みを浮かべる。
「リナリア。あなたのことを愛しています。私と恋人になっていただけませんか」
「はい、喜んで」
そして私はノエル様と恋人になった。
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