29 / 45
1章
29話
しおりを挟む「ねえ、お願いしますよ」
「絶対に嫌だ」
「一生のお願いですから」
「しつこいぞ」
私はクレアに一生懸命にお願いするがクレアは取り付く島もないほどにバッサリと拒否した。
それはなぜか。
今私が頼んでいる願いが「コスプレをして欲しい」という頼みだからだ。
元々、嫌々女装をさせられてるクレアはコスプレなんて了承するはずもなく、こうして私の願いをバッサリと切り捨てている。
「ちょっとだけ、ちょっとだけですから。ね?」
「ね、じゃない。それに着るか着ないかでちょっとなんて無いだろ」
「私としてはちょっと脱げかけてるのもいいと思いますが……」
おっと、クレアの私を見る視線が絶対零度になった。
ちゃんと言い訳しないとクレアの中で私が変態にカテゴライズされてしまう。
「もちろん冗談ですよ」
「なんだ……良かった。まさか本当に変態なのかと思っ──」
「私が本当に好きなのは脱げかけよりも恥ずかしがる顔です」
「この変態が! もっと度し難いわ!」
「痛っ!? 乙女に何をするんですか!」
「黙れ! お前が普通の乙女を語るんじゃない!」
クレアに頭を引っ叩かれた。
クレアには女装して恥ずかしがる顔の良さは分からないのだろうか。
「とにかく! 絶対に俺はコスプレなんてしないからな!」
クレアは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
やはりと言うか、クレアのガードは固い。
そもそも好きで女性服を着ているわけではないのでそれも当然と言えるが、このまま頼み続けても了承してくれる見込みは無いだろう。
だが私の方もあっさり了承してもらえるとは最初から考えていない。もちろん、クレアに対して交渉のカードを用意していた。
「分かりました……そこまで言うなら」
私はあるものをポケットから取り出した。
「もし私の言う衣装を着てくれるなら、これをクレアさんに差し上げます」
「何だそれ」
私が取り出したのはあるチケットだった。
クレアはこれが何か分からないのか首を捻る。
「ふふ……これはですね、ホワイトローズ商会の店でスイーツが一日食べ放題になる券です」
「っ!?」
「それも最高級店で使うことも可能です」
「何だと!?」
クレアのカードを見る目つきが変わった。
私は計画通り、と笑みを浮かべる。
前回放課後デートをした後、時折「また食べたいな……」と呟いていたのと、クレアが最近ホワイトローズ商会の店にスイーツ目当てで通っていることを聞いて思いついたのだ。
クレアに対してスイーツは交渉のカードとして有効だと。
そして予想通り、クレアは私の手にあるカードから目が離せないようだった。
「だが……女装するのは……」
スイーツ食べ放題のカードを目の前にしてもクレアはまだ渋っていた。
どうやらまだスイーツ食べ放題よりも女装することの恥ずかしさに天秤が傾いているらしい。
だがそれも私の想像通りの反応だ。クレアが食べ放題だけじゃ首を縦に振らないことは分かっている。
だから、ここで最後のダメ押しをする。
「ではこれに加えて新作のスイーツをいち早くクレアさんにご馳走します」
「っ……!!」
「モンブランという栗を使ったケーキで、試作品を食べた従業員が──涙を流していました」
「くっ……!」
ふふ、気になるだろう。涙を流すスイーツなんてどんな味がするのか想像してしまうだろう
これが商会で自ら営業をしていた時に培ったトーク力だ。
「どうですか? ちなみに新作を発表するのは明日です」
「……分かった! ……着る!」
クレアはスイーツの魔力に落ちた。
「可愛い! 可愛いですよクレアさん!」
「な、何だよこの衣装……!」
クレアが今着ている服は私が持ってきた衣装の一つ、セーラー服だ。
この世界の制服はたいていブレザータイプだったので、セーラー服はあまり無く私がわざわざデザインまでして作り上げたものだ。
学園のスカートは膝下まであるが、これはもちろんミニだ。
でも大丈夫。ちゃんとニーソを履かせてあります。健全です。
「はあ……やっぱりセーラー服も似合う! 作って良かった!」
「これ、スカート短すぎないか?」
クレアは流石に短すぎるスカートが恥ずかしいのか、スカートを押さえて恥ずかしがっている。
「そのスカートを押さえる仕草可愛いです!」
「うるさい! 早く終わらせろ!」
もう一挙一動を見逃すことができないくらい今のクレアは最高だ。
私は目をかっ開いて目の前の光景を脳に刻みこむ。
ん? 待てよ。
確かに今クレアはスカートが短すぎて恥ずかしがってるが、本来はスカートを履いている時点でその表情は出ていてもおかしくない。
でも、クレアは制服のスカートを履いていても全く恥ずかしがったりはしない。
それはつまり、それほど女子制服を着慣れていると言うことであり……。
だめだ。それすらも最高。
本来男性が着るのは恥ずかしいスカートに履き慣れて羞恥心が無くなっている、という状況も最高なことに気づいてしまった。
私は今より高次元へと足を踏み入れた。
「これは後世に残さないと……!」
私は必死に手元にあるスケッチブックに目の前の様子を書き込んで行く。
この日のために画力を上げておいて良かった!
前の世界とは違いこの世界には写真機はまだ存在しないので、女装男子の姿を残そうとすると絵を描くしかなかった。
手元のスケッチブックはノールックで、クレアを凝視しながら描いていく。
この世界に転生してはや十数年、私はついに理想郷へと辿り着いたのだ!
羞恥で真っ赤に染まった顔、男性だとは思えない容姿、そして見た目にそぐわぬ男らしい仕草。
どれもが女性である私には表現することのできない、純度100パーセントの女装男子だ。
「いい……!」
私は何度目かも分からないその言葉を呟くと、ちょうどスケッチも終わったので立ち上がった。
それを見てクレアは疲れた表情になってため息を吐いた。
「やっと終わったのか……」
「え? 何を言ってるんですか」
「は? 望み通りコスプレしてやったんだから、これで終わりだろ?」
「確かにそうですが……私、一着で終わるなんて言ってませんよね?」
私はそう言って近くにある大きなカバンから次のコスプレ衣装を取り出した。
大量の衣装を見てクレアの表情が青ざめる。
「嘘だろ……?」
「チケットの代わりにコスプレするって言ったのはクレアさんなんですから、男に二言はありませんよね?」
「都合のいい時だけ男扱いするなよ……!」
心なしかいつもよりもツッコミのキレが悪くなっていた。
その後もクレアにはメイド服、猫耳、そして私の好みの私服などを着てもらった。
「可愛い! 最高ですよ!」
私はクレアにそう叫びながら手元のスケッチブックにスケッチをする。
「存在自体が神! 可愛いの権化!」
「ふ、ふん……!」
そして私がずっと褒め続けていると最初は嫌々衣装を着ていたクレアもまんざらでは無くなってきたのか、「全く……!」と呟きながらも特に嫌がらずに衣装を着るようになった。
クレアは前の世界で友達がSNSに自撮りをあげて大量のいいねを獲得していた時と同じ笑みを浮かべている。
氾濫するほどの肯定に脳みそがどっぷりと浸かって何か危ないモノをキメたみたいな顔になっているが、多分大丈夫だろう。
頭を引っ叩けば治るはず。きっと。
……大丈夫だよね?
68
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!
黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」
婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。
罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。
それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。
しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。
「どんな場所でも、私は生きていける」
打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。
これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。
国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。
しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。
理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。
さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。
絶望の淵に突き落とされたアプリリア。
破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、
彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。
王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、
そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。
そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。
魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。
一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、
ルキノの無能さが明るみに出る。
エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、
王国は混乱の渦に巻き込まれる。
アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。
やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、
エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。
偽りの妹は孤独な追放生活へ、
元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、
取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。
そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。
辺境の領地は王国一の繁栄地となり、
二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。
聖女だけど婚約破棄されたので、「ざまぁリスト」片手に隣国へ行きます
もちもちのごはん
恋愛
セレフィア王国の伯爵令嬢クラリスは、王太子との婚約を突然破棄され、社交界の嘲笑の的に。だが彼女は静かに微笑む――「ざまぁリスト、更新完了」。実は聖女の血を引くクラリスは、隣国の第二王子ユリウスに見出され、溺愛と共に新たな人生を歩み始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる