30 / 45
1章
30話
しおりを挟むパーティー当日。
私は珍しくドレスに身を包んでいた。
辺りをざっと見渡すが、会場にはほとんど貴族の生徒しかいない。恐らく平民の生徒にパーティー用のドレスは購入できないからだろう。
ちなみにだが、貴族の生徒とは違い、平民の生徒は制服での参加が認められている。しかしこんな豪華なドレスに身を包んでいる貴族が集まるパーティーで、制服で参加したい平民の生徒は存在しない。そのためこのように貴族の生徒しかパーティーには参加していなかった。
そしてパーティー会場だが、明確ではないがざっくりと二つのフロアに分割されている。一つは前方の音楽が流れ、ダンスを踊ったりすることができるフロア。そして後ろで立ち話をしたり貴族のあれこれが行われる談笑フロアだ。
パーティーが始まったばかりの現在はほとんどの生徒が談笑フロアにいる。
会場には優雅な音楽が流れ、各々が談笑していた。
私はいかにも上流階級、といった雰囲気が落ち着かなくて、隣のクレアに話しかけた。
「何だか落ち着きませんね」
「落ち着け。もう戦いは始まってるんだ」
「そうですよね。あ、あれうちのドレスだ」
私は辺りを見渡してどれだけ私の商会のドレスがあるか数えることにした。
ホワイトローズ商会のドレスはわかりやすい。なぜなら私が元の世界から持ち込んだファッションをもとにドレスが作られているため、形がこの世界のドレスと違うのだ。
見たところによると、大体半分は私の商会で用意したドレスだ。
「よく見ると、お前のところのドレスばかりだな……」
「この時期は儲けさせてもらってます」
歩いていると、ふと気づいたことがある。
私の商会以外のドレスにも露出が多くなっていた。
私が元の世界から持ち込んだファッションを十年前から商会で売り、流行させたため、以前の露出の多いドレスや服装も受け入れられるようになっているためだ。
ちなみに今、クレアは右足の太ももが大きく露出するようなドレスを着ている。
すらりと伸びる太ももが本当に美しい。今すぐにでも泣いて崇めたいくらいなのだが、中身がクレアなのでそれは叶わない。本当に残念だ。
「ところで、なんでさっきから俺の太ももばかりを見てるんだ」
「すみません。どうしても目が離せなくて」
「変態が……」
「返す言葉もございません」
私は素直に謝罪する。
これに関してはどうしようもなく私が変態なので反論できなかった。
と、そうしていると目の前に複数の人間が立ちはだかった。
マーガレットとその取り巻き達だ。
マーガレットはいかにも悪役みたいな笑い声をあげ、私たちを見下す。
「あら、あなたも派閥で参加していたんですの? けど、二人きりの派閥だなんて、随分小さな派閥なんですわねぇ?」
マーガレットがそう言うと後ろの取り巻き達はあらかじめそうしろ、と言われていたかのようにクスクスと笑う。
恐らくいつも通りマーガレットの命令でやらされているのだろう。
「婚約者がいるルーク王子をたぶらかすあなたが派閥を作って、今度は何をするつもりかしら?」
「私は別に王子をたぶらかしてはいません。あちらが話しかけてくるだけです」
マーガレットとクレアは冷笑を浮かべながら見つめ合う。
その時だった。
「クレア。何をしているんだ」
ルーク王子が話しかけてきた。
「ルーク王子……」
いきなり話しかけられたことにクレアは表情を引き攣らせ、マーガレットはそんは二人を見て一気に不機嫌な表情になった。
「何か問題があったのか?」
「いいえ、王子には関係ないことです」
ルーク王子はクレアに質問する。
それに対してクレアは関わってくるな、と笑顔だが拒絶オーラ全開でルーク王子に答えた。
「そうか? マーガレットに何かされていなかったか?」
しかし鈍感なルーク王子はクレアの拒絶オーラに気づかず、それどころかとんでもない爆弾を落としていった。
終いには目の前にマーガレットがいるにもかかわらずマーガレットを悪者だと決めつけ、クレアを気遣うようなそぶりまで見せている。
「ルーク様!」
「ん?」
マーガレットが少し大きな声でルーク王子の名前を呼ぶ。
するとようやくルーク王子はマーガレットの方向を向いた。
「ごきげんよう。あなたの婚約者の、マーガレットです」
マーガレットは「あなたの」を強調してルーク王子に挨拶をする。
普通はここでマーガレットに挨拶を返して、ドレスを褒めたりするだろう。
「ん、ああ」
しかしルーク王子はマーガレットの挨拶に対して適当な返事を返すだけった。
マーガレットの笑みが引き攣った。
「それにしても今日のクレアは一段と美しい……。まるで野原に咲く一輪の花のようだ!」
それどころか本来はマーガレットに言うべきはずの言葉をクレアに言い始めた。
私は恐る恐るマーガレットの方を見る。
あっ、こめかみに血管が浮き出てる……。
これには流石にマーガレットも我慢の限界が来て、ルーク王子をクレアから引き離そうと横から話に入った。
「ルーク様、本日のお召し物もよくお似合い──」
「そうだクレア! 俺と一曲踊ってはくれないだろうか! 今日はずっとクレアと踊ってみたいと思っていたんだ!」
「っ!」
ルーク王子は隣に婚約者であるマーガレットがいると言うのに、クレアへの好意を隠そうともせずに口説き始めた。
クレアの表情がさらに引き攣る。男なのに男に口説かれて、内心では吐きそうになっているようだ。
普通、最初のダンスには婚約者を誘うべきだ。しかしルーク王子はそれを無視してクレアを誘っている。
婚約者であるマーガレットに対してあまりにも失礼なクレアへの誘い。
マーガレットは悔しそうにクレアとルーク王子を睨んでいた。
このままでは派閥間戦争待ったなしだ。
それをクレアも理解しているので、ルーク王子の言葉をキッパリと拒否した。
「いやです」
「王族である俺と踊るのは不満か?」
しかしルーク王子は食い下がる。今度は王族であることを強調してきた。
ルークはわざとか無意識か分からないが、自分が王族であることを見せびらかす癖がある。
クレアは困っているようだった。
さすがに今の言い方をされて断ったら王族に対して拒否感を示しているような答え方になり、角が立つからだ。
ここは私が助けに入るべきだろう。
「申し訳ありません王子。クレア様に私が先約を入れております」
私が急に会話に割り込むと、ルーク王子は驚いたように目を見開いて私を見た。
「またお前か……!」
そして忌々しげに私を見つめる。
先日の一件もあり、私の言葉を疑っているのだろう。
一般的にはダンスは男女で踊るものだが、この国には仲の良い女性同士で踊る文化も存在するので、不自然だが理屈としては通っているはずだ。
まぁ本音は透け透けだろうけど。
「……そうか。先約となると、割り込むのは不作法だな。では、後ほどまた誘いにくる」
流石に割り込む事は出来なかったらしい。
ルーク王子は身を翻し、去っていった。
そして一部始終を見ていたマーガレットは心から怒りと悲しみを滲ませた声で呟いた。
「…………何で私は」
しかし公爵令嬢としてのプライドからか、マーガレットは涙を堪えてクレアを睨みつけると、「ごきげんよう!」と挨拶をして立ち去っていった。
私はあまりも酷い扱いをされているマーガレットに同情をせざるを得なかった。
「…………助かった」
二人が立ち去った後、クレアは小さな声でポツリと呟いた。
「あそこでクレアさんが王子の申し出を承諾していれば最悪派閥同士の戦争になってましたから。私は政治的ないざこざに巻き込まれるの嫌ですし」
「でも、あいつお前の顔を覚えたぞ」
あいつとは王子のことだろう。王族をあいつ呼ばわりとは何とも大胆だ。
「まあ、何とかなりますよ」
私は肩をすくめて答える。
いざという時は何でも使って抵抗する。
クレアは「ありがとう」と呟いた。
「それにしても、俺と踊るって何だよ」
「先約がいないと断ることができなかったでしょう?」
「そうじゃなくて。男爵家と公爵家じゃ普通釣り合わないだろ。誘いを逃れるための出まかせじゃないかってあいつも疑ってたぞ」
確かに、公爵家と男爵家がダンスを踊るなんて、貴族社会ではごく稀だ。
しかし完全にないわけではないし、ここは学園。女子生徒同士で踊ることだってある。
「疑わしいだけなら何も言えませんよ。それに出まかせではなく、本当にしてしまえばいいじゃありませんか」
「は? 本当に踊るのか」
「ええ。これで踊らなかったら王子に何を言われるかわかりませんから」
先約があると言って誘いを断った手前、踊らないと王子から文句を言われることになるだろう。
「でも、男性役はドレスでは踊れないだろ」
「そうですね」
確かに女性二人で踊る場合はどちらかが男性用の服を着て踊るのが普通だ。
たが私達は二人とも女性用ドレス。このまま踊ることは出来ない。
「ふふ……実はこんなこともあろうかとクレアさんの男性用の衣装は用意してあります」
「何でそんなの用意してるんだよ……」
クレアは呆れたようにため息をついた。
「ホワイトローズ商会の力を舐めないでください」
私にかかればそれぐらいはすぐに用意できる。
「よし、それなら俺が男性役で踊ろう」
「はい。まぁ、クレアさんの素敵なドレスが見れなくなるのは残念ですが……」
「俺は嬉しいけどな。曲がりなりにも久しぶりに男として振る舞えるからな」
クレアは本当に嬉しいのか少し上機嫌だ。
「これで貸し一つ、ですよ?」
私はニヤリと笑った。
「ああ。いつか返す」
クレアは頷いた。
60
あなたにおすすめの小説
偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!
黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」
婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。
罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。
それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。
しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。
「どんな場所でも、私は生きていける」
打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。
これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。
国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです
ほーみ
恋愛
王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。
本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。
壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。
そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。
ふふ……完璧な舞台準備ね。
「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」
王太子の声が響く。
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】
長岡更紗
恋愛
異世界恋愛短編詰め合わせです。
気になったものだけでもおつまみください!
『君を買いたいと言われましたが、私は売り物ではありません』
『悪役令嬢は、友の多幸を望むのか』
『わたくしでは、お姉様の身代わりになりませんか?』
『婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。 』
『婚約破棄された悪役令嬢だけど、騎士団長に溺愛されるルートは可能ですか?』
他多数。
他サイトにも重複投稿しています。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる