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2章
39話
しおりを挟む「ついにこの日が来ましたわ……」
私たちがいつもの空き教室に集まっていると、マーガレットが入ってくるなり、とある手紙を見せてきた。
普通の紙よりもやや黄色く、装飾が施された便箋。
そして真ん中に描かれた、王室の紋章。
王城からの呼び出しの手紙だ。
私も見たことがある。
と言ってもホワイトローズ商会の会長として呼ばれた時だが。
「王宮から呼び出しですか?」
「ええ……恐らく婚約破棄の件についてですわ」
マーガレットは憂鬱そうに呟く。
私も国王に対面した時は胃が縮む思いをしたので、その気持ちはよく分かる。
それに加えて今回はやらかした上での呼び出しなので、なおさらだろう。
「それ、私も貰いました」
「えっ?」
「クレアさんも?」
クレアが鞄から同じ黄色の便箋を取り出す。
「ちなみに日付はどうなっています?」
二人に同時に手紙が届くなんて偶然とは思えない。
私はもしかしてと思い質問した。
「今日ですわ」
「私もです」
「え? 二人とも同じ日に王城に呼ばれたんですか?」
「同じ日に呼び出されたということは、私も婚約破棄の件に関係があるんでしょうか」
「それはあり得ますわね。婚約破棄する前に当事者から話を聞くとか」
「えっ? マーガレットさん、まだ婚約破棄してないんですか?」
「それはそうですわよ。いくら婚姻ではない婚約とはいえ、ほとんど契約ですからキチンと契約書があります。流石にあんな宣言だけで婚約破棄はできませんわ」
「そうなんですね……」
「ですから、今日は正式に婚約破棄するために書類にサインをするために呼び出されたんだと思いますわ」
初めて知った。
私の中で一つ疑問が生まれたので、マーガレットに質問する。
「それって、マーガレットさんだけで大丈夫なんですか? 親とかも一緒にサインしたほうがいいんじゃ……」
「大丈夫ですわ。もうすでに親同士の話し合いは終わっていますから、今日は本人同士のサインだけです」
「なるほど」
もうすでに話し合いは終わっていたらしい。
「でも、それならクレアさん無しでも大丈夫ですよね?」
書類にサインするだけなのにクレアを呼ぶ理由が分からない。
「それもそうですわよね……」
私たちは頭を悩ませる。
関係のないクレアを呼ぶ理由。
考えても分からない。
「取り敢えず行ってみたら分かるでしょう」
「そうですわね。どっちみち断ることはできないんですから、その時考えればいいんですわ」
二人は考えることをやめたのか顔を上げた。
しかし、私は悩んでいた。
(このタイミングでクレアの不可解な呼び出し……何か嫌な予感がする)
「あの、私も連れて行ってください」
「は?」
クレアが素の反応で聞き返した。
「それは無理でしょう。命令状を貰っていないんですから」
「何とかできませんか? ほら、私は側近ということで」
「出来ないことはないでしょうが……」
「うーん……嫌な予感がしますし、私、役に立つと思うんです。ダメですか?」
私はクレアの目を見る。
別に冗談で言っているつもりは無い。私は真剣だ。
「いや、あなたを悪く言うつもりはないのですが、男爵家のあなたがついて行っても……」
「連れて行きましょう」
「え?」
マーガレットがクレアを見た。
クレアが了承したのが意外だったのだろう。
「エマさんがそこまで言うのなら、ついて来てもらいます。側近だから、と言っておけば何とかなるでしょう」
「ありがとうございます」
「むむむ……! 本当に仲がよろしいんですのね!」
マーガレットが私に嫉妬の視線を向けてきた。
そんな目を向けられても困る。
「それで、いつ王城へ向かうんですか?」
「そろそろ出ましょうか。正門前に馬車が来ますから、それで向かいましょう」
流石はクレア。馬車をすでに手配していたようだ。
こういうところの気遣いは一流だ。
そして私たちはクレアの馬車に乗って、王城へと向かった。
クレアの馬車はさすが公爵家と言うだけあって、私とクレア、そしてマーガレットの三人が乗っていても十分に広い。
そして乗り心地が非常に良い。
座席はソファのように柔らかく、揺れも少ない。
これは私の商会の新しい技術を導入した車輪を使っているのだろう。
「毎度ありがとうございます」
「?」
ついクレアにお礼を言うとクレアは疑問符を浮かべた。
しまった。ついいつもの癖が出てしまった。
と、その時私はとある質問を思いついた。
「そういえば、マーガレットさんは今から正式に婚約破棄しにいくんですよね?」
「ええ、そうですわ」
「マーガレットさんはそれで良いんですか?」
「良いとは?」
「あれだけルーク王子に想いを寄せていたのに、婚約破棄に納得してるんですか?」
「えっ!? 私がルーク王子に!? そんなことは……!」
マーガレットは顔を真っ赤にして否定する。
いや、今更だろう。
あんなに分かりやすい態度を見せておいて、気づいていない人間なんていない。
「私としたことが失態ですわ…………」
「いや、結構丸わかりでしたけど……」
「……実は、もう婚約破棄しても構わないと思ってるんです」
「それは……なぜですか?」
「私がどれだけ尽くしても、気持ちを伝えても一向に私のことを見てはくれないんですもの。もう、疲れたんです」
マーガレットは笑いながらそう話しているが、どこか悲しそうだった。
「マーガレットさん……」
「ですから、もう良いんです。あんな人はこっちから願い下げなんです」
「え? でも最初に願い下げられたのはそっち……」
「!?」
「クレアさぁん!?」
なんて深く人の心を抉るようなドストレート。
マーガレットがクレアの言葉が刺さりぎて今にも鳩尾を殴られたように腰を折り曲げている。
「正論で殴らないでください!」
「え、でも正論なら……」
「正論でも言って良いことと悪いことがあるんです! だからモテないんですよ!」
「!?」
今度はクレアが鳩尾を殴られたように腰を折り曲げていた。
まるで致命傷でも食らったような顔だ。
「どうかしましたか?」
私は白々しくクレアに質問する。
「おまっ──!」
クレアは私に怒鳴ろうとした。
しかし私の隣にいるマーガレットを見て踏みとどまった。
クレアは悔しそうな顔で拳を振るわせ、呟く。
「後で覚えてろよ……!」
そうこうしている内に王城へと到着した。
私は馬車から降りて、王城を見上げる。
「いつ見ても大きい……」
やはりこの国を統べる王の城は、私の屋敷は言わずもがな、クレアの屋敷と比較してもより大きかった。
大きな門を潜って私たちは王城へと入っていく。
「待ってください」
しかし門の前で衛兵に止められた。
「失礼ですが、招待状をお持ちでしょうか?」
衛兵は私に聞いてくる。
門を通ろうとする際に私だけ何も見せていなかったからだろう。
「彼女は私の従者です」
「なるほど。それは失礼いたしました」
クレアが私のことを従者だと説明すると、衛兵は特に深掘りすることなく引き下がる。
従者の付き添いはよくあることなのだろう。
少々つまづきはあったが、私は王城の中に入ることができた。
そして現れた使用人の指示に従って国王の待つ王宮の部屋へと歩く。
廊下を歩いていと、並べられている調度品が目に入る。
流石王城と言うべきか、並べられている調度品はどれも眩しくなるほどに華美だ。
「緊張しますね……」
「ええ……」
私がそう呟くとクレアから同意が返ってきた。
どうやらクレアも王城では緊張するようだ。
ちなみにマーガレットからは返事が返ってこなかった。
マーガレットの方を向くと、今にも胃のなかを吐き出しそうなぐらい青くなっていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。…………いえ、やっぱり今から逃げだしませんか?」
マーガレットは涙目で訴えかけてきた。
「しっかりして下さい。逃げても現状は変わりませんよ。それにまた呼び出されるだけです」
「うぅ…………、そうですわよね……」
「頑張ったら、今度私がホワイトローズ商会の新作スイーツを奢りますよ」
「頑張りますわ」
マーガレットは立ち直った。
現金な公爵令嬢だ。
「国王に会うことよりスイーツの方がいいのか……」
クレアが呟いていた。
乙女とはそういうものなのだ。多分。
そして国王が待つ部屋へとたどり着いた。
使用人が扉を開け、私たちは中に入る。
普段、国王が要人と対面するときは謁見の間を使うのだが、今回は普通の応接室へと通された。
恐らく内容が婚約破棄の書類にサインすることなので、事務的な用途では謁見の間は使いにくいのだろう。
「こちらにかけてお待ちください」
使用人にソファに座るように促されたので、私たちは座ってしばらくの間待つことになった。
使用人が部屋を出ていくと部屋に沈黙が流れる。
「ス、ストレスですわ……」
マーガレットがお腹を抑え始めた。
ストレスで胃がキリキリと痛むのだろう。
「大丈夫ですか? 私の胃薬飲みます?」
私は念の為に持っていた胃薬を差し出す。
「ありがとうございますわ……」
「エマさん、マーガレットさんにちょっと過保護すぎません?」
「良いんです。私は美少女に優しいんです」
「それなら私も美少女では?」
「はあ? クレアさんはお──」
「おいっ……!」
そのときクレアが私の口を塞いできた。
まずい、そうだった。マーガレットにはまだ男だってことがバレてなかったんだ。
「お、女の子ですけど、何かあれなので言いません」
私は必死に言い訳しながらもしかしてバレたのではないかとマーガレットの方を見る。
マーガレットは不思議そうに私たちの言葉に首を捻っていが、クレアが男だとはバレていなさそうだった。
どうやら誤魔化せたようだ。
(す、すみません)
(気をつけろ)
私はクレアに目で謝る。
するとクレアから気をつけるように注意が飛んできた。
「む、やっぱり仲がよろしいんですのね」
私たちが目線で会話しているのを見て仲がいいと思ったのか、マーガレットは頬を膨らませて拗ねていた。
「そんなことないですよ! あんな変態よりお友達のマーガレットさんの方が仲が良いに決まってるじゃないですか!」
「お友達……!」
友達という言葉に目を輝かせるマーガレット。
「へ、変態って……」
クレアが私の変態という言葉に反論しようとしてきた。
しかしその時。
「待たせたね」
国王が部屋へと入ってきた。
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