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2章
42話
しおりを挟む「え?」
「俺は一国の王子だ! 男爵家くらいならすぐ潰せるぞ! さあどうする!」
ルークは「さぁどうだ!」と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべている。
「は、はあ……?」
クレアは首を傾げで戸惑っていた。
クレアは私が王子が何かしたくらいでどうにかなると思っていないのだろう。
私の方はパーティーの時と同様、昔そうやって脅してきた貴族のことを思い出して少々気分が悪かったが、今回はルークはどう足掻いても男爵家をどうこうできないことが分かっていたのでかなりマシだった。
「国王様」
私は国王の方を見る。
しょうがない。ただの男爵家だと思ってもらっておいた方が色々と楽だったのだが。
まあ、降りかかる火の粉は振り払わなくてはならないし、これからのことを考えても、ルークには知っておいてもらった方がいいだろう。
「うん。確かにこれはいただけない」
国王は頷いた。
国王とアイコンタクトをしている私を見てマーガレットはまた怪しんでいたが、もう知られるので問題ない。
「ルーク。やめなさい」
国王が止めに入った。
ルークは国王を睨みつける。
「父上。何故止めるんです! 父上も言っていたではありませんか!」
「確かに、私は欲しいものならどんな手を使っても手に入れなさい、と教えてきた。だが、息子が自ら藪蛇を突こうとしているなら止めるさ」
「藪蛇?」
「彼女が誰か知っているかい?」
「それはただの男爵家です」
「違う。彼女はただの男爵家ではない」
「え?」
ルークは自分の言葉を否定され、驚いていた。
「彼女はこの国を支える大商会。ホワイトローズ商会の会長だ」
「はっ?」
「えっ?」
国王が私の正体を明かした。
ルークは目を見開いて驚愕する。
マーガレットも信じられない、という表情で私を見ていた。
「ホワイトローズ商会って、まさか!?」
「そう、そのホワイトローズ商会だ。公爵家に匹敵する権力を持ち、街のインフラを整え、今なお世界の生活水準を何段階も引き上げるような商品を開発し続けている商会の会長。その恩恵を一番受けているのは私たち王族だ。そんな人間を消すことができるかい?」
国王がルークに質問する。
ルークは反射的に国王の言葉を否定した。
「デ、デタラメだ! その男爵家如きが──」
「いい加減にしなさい」
国王がルークの言葉を遮った。
「さっきからクレアのこともエマのことも、私が本当だと言っているにも関わらずデタラメだと言っているが、国王である私の言葉が嘘だというのかい?」
国王は冷たい声で言い放つ。
その声には国王としての威厳が乗せられていた。
悪あがきをしていたルークもクレアが男であることと、私がホワイトローズ商会の会長であると認めざるを得なかった。
「そんな…………」
ルークの恋は破れた。
ルークは多大なるショックを受けて膝をつく。
私はやっと理解したのかと息を吐いた。
「なんで父上は教えてくれなかったのですか!?」
「いや、当然知ってると思ったんだ」
「それでも男に婚約を申し込むなんて、普通止めるでしょう!」
「男だと分かった上で婚約を申し込むなら、その心意気を見込んで私も応援しようと思ったんだ」
国王は笑顔でそう答える。
なんというか、マイペースな人だ。
「そんな……っ! そんなことって……っ!」
ルークは頭を抱えて膝をついた。
まぁ、今まで恋心を寄せてきた女性が実は男性だった、なんて普通は受け入れられないだろう。
ルークはクレアを涙目で睨む。
「うわああああっ! 俺を騙していたんだな! この変態が!」
「へっ、変態……!?」
クレアは変態扱いされたことにショックを受けていた。
「あ、そうだ」
国王が思い出したかのように呟く。
「ちなみに、さっきマーガレットと婚約破棄した訳だけど、クレアと婚約しないなら誰も候補が居なくなるよ」
「えっ?」
「そりゃそうだろう。だって貴族の女性の中で唯一婚約できるマーガレットと婚約破棄して、クレアとも婚約できないんだから。もう婚約者の候補なんていなくなったよ。貴族の中で家柄が良くて、なおかつ君が婚約できる人間なんてそうそういないさ」
「つまり……」
「そう。ルーク、多分君はこの先長いこと独身だ」
「……………………」
ルークの表情はは深い絶望に陥っていた。
身から出た錆びなので別に同情したりはしないが。
と、その時隣からぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。
「──確かにそれなら全て繋がりますわ。でも、私そんな人間を取り巻きにしていたんですの……!?」
私たちが話している脇で、マーガレットが焦っていた。
どうりで私がホワイトローズ商会の会長だと明かした時からマーガレットの声が聞こえなくなったと思った。
「どうしよう! また政治が……! やらかしが……!」
私がまさかホワイトローズ商会の会長だとは思っていないかったから取り巻きにしたんだろう。
しかし今になって私が会長だと発覚したことで、今までの行動を振り返って青ざめていた。
私は焦っているマーガレットを落ち着かせる。
「安心してください。何もしませんから」
別に私はマーガレットを怨んでいないし、逆に好意を抱いているぐらいだ。
だから私はマーガレットをどうこうしたりなんてしないつもりだ。
「ほ、本当ですの?」
「本当です」
「じゃあ、教科書の時に見捨てたのも許してくれますの?」
この悪役令嬢、私がなんでも許しそうと分かるや否や、真っ先に一番のやらかしの許しを乞うてきた。
この流れでは否定出来ないと踏んだのだろう。
「……ええ、許します」
「ありがとうございますわ!」
マーガレットが私に抱きついてきた。
いや、今はそんなことをしている場合ではない。
私は国王へと向き直った。
「さて。これからどうするつもりだい。ルークには何か罰が必要なのでは?」
国王は膝をついて絶望しているルークを見下して言う。
「罰と言っても……」
私たちはどんな罰を下せばいいのだろうか。
確かにクレアもマーガレットも私もルークに迷惑をかけられた。特にクレアとマーガレットは長い間ルークに苦しめられたと言っても過言ではない。
しかしクレアの態度は恋心から。
マーガレットに関しては、マーガレット自身も問題行動をとっていて、お互い様だと言えなくもない。
それでもルークに罰を下そうと言うのは、国王として公平でなければならないからだろうか。
「いやいや。そうは行かない。私は一応ルークのマーガレットへの態度は聞いている。個人的にはとても不愉快だったので、ルークには罰を下したいんだ」
「めちゃくちゃ私情挟んでた……」
王としての公平さとか全然関係なかった。
ただ自分がムカつく行動をした息子に罰を与えたかっただけだった。
いや、確かにルークのクレアとマーガレットに対する行動は側から見ても酷いものだったけれど。
「私は罰は与えません」
そう言ったのはマーガレットだ。
「でもそれでいいんですか?」
マーガレットはルークから、無視されるという酷い扱いをずっと受けていたはずだ。
しかしマーガレットは首を振る。
「今思えば、私もルーク王子に振り向いて欲しくてたくさん迷惑な行動をとっていました。王子とクレアさんに。ですから私にこの人を罰する権利は無いと思うのです」
マーガレットはそう答えたが、私は踏み込んで質問する。
「本音は?」
「まだちょっとムカつきますわ」
「分かりました」
私は頷くとポーチからとあるものを取り出した。
水分を染み込ませてあるウエットティッシュみたいな見た目のものだ。
権利が無いなら、作ればいいのだ。
「ところでマーガレットさん。これホワイトローズ商会の新しい化粧品なんですけど、お肌がツルツルになるので試してみてください」
「えっ!? 本当ですの!?」
「はい」
「ありがとうございますわ!」
マーガレットは一瞬で食いついた。
美容品が有名なホワイトローズ商会の新商品ということと、乙女たるものお肌が綺麗になるという言葉には抗えないのか、早速そのシートを顔に当てた。
「手鏡を見せてくださいな」
私は手鏡を見せる。
しかしマーガレットは手鏡を見て驚いた。
「なっ! 何ですのこれ!」
マーガレットの化粧が全て取れていた。
つまり、元の花の美少女に戻ったということだ。
「あっ、すみません。化粧落としと間違えました」
「その棒読み絶対にワザとでしょう! どうしますの! こんなところで化粧を落とし、て……」
マーガレットが何かを見ていた。
そちらの方向を見ると、マーガレットを凝視しているルークがいた。
その目には明らかに「勿体無いことをした」と書いてある。
ルークは震える手でマーガレットに手を伸ばす。
「な、なぁ」
「何でしょうか」
ルークに対してニッコリと笑うマーガレット。
「もし良ければ復縁を……」
その言葉を聞いた瞬間、マーガレットからブチ、と何かが切れる音がした。
「なるほどなるほど……あ、ルーク様、少ししゃがんでいただけませんか? そう、少し腰を落として……ありがとうございます」
ルークは不思議そうに首を傾げながらも、腰を落とした。
「おらぁっ!!」
「ぶへぶっ!?」
ビタァンッ!
マーガレットはルークを思い切りビンタした。
「これで清々しましたわ!」
ふん! とマーガレットはそっぽを向く。
国王はそれを見て楽しそうにケラケラと笑っていた。
「いやー、悪者が成敗される瞬間はいつ見ても楽しいねぇ」
「自分の息子に言いますかそれ……」
「いやぁ、流石に今のは外道過ぎて罪悪感が一切湧かないかな」
確かにそうだけれども。
私も婚約破棄をしてからの手のひら返しにはドン引きしていたので、マーガレットがビンタしたことでスッキリしたのは確かだ。
そして国王はクレアに質問した。
「さて、クレアもそれにビンタしなくていいのかい? 君も二発三発する権利はあると思うけど」
国王はルークを指差す。
「俺も、いいです」
次に答えたのはクレアだった。
「いいのかい?」
国王が意外そうな顔でクレアに質問する。
「はい、俺はそこまで迷惑を被ったことはないので。俺が女装していることだけ黙っていてもらえれば」
「分かった。息子が吹聴しないように約束させておこう」
そして国王は私に向き直った。
「君はどうする?」
「じゃあ私もいらないです」
私も何度も脅されたりと嫌な目には合ったが、クレアが罰しないなら私もしないことにする。
「分かった」
国王は微笑んで頷く。
「では今回の件で表向きの罰は私から下すことになると思うけど、それでいいかい? まあ肉親だからどうしても手心は入ってしまうと思うけど……」
「それで構いません」
「私も構いませんわ」
「私もです」
クレア、マーガレット、私の順で頷いた。
「じゃあ、これでこの話はお終いだ。最後にルークに謝らせよう。ほら、ルーク立ちなさい」
「えっ?」
まさかビンタされた後に謝さられるとは思っていなかったのか、ルークは素っ頓狂な声を上げた。
「何をボサっとしてるんだ。迷惑をかけたんだから最後に謝りなさい。ほら」
「で、でお王族が頭を下げるのは……」
「何を言ってるんだ。全部お前のせいなんだからケジメをつけなさい」
国王はルークを無理やり立たせる。
「申し訳ありませんでした」
「この度は息子が申し訳ない」
そして頭を掴むと、ルークと一緒に国王も頭を下げた。
私たちは国王に頭を下げられて焦る。
「あ、頭を上げてください!」
「私の息子が原因でもあるからね。これくらいは謝らせて欲しい」
「分かりましたから、それはお気持ちだけで……!」
そして私たちが顔を上げるようにお願いするとようやく国王は顔を上げた。
「許してくれてありがとう。ルークに二度と同じことをさせないと誓おう」
国王は胸に手を当てて言う。
「で、では私たちはこれで……」
「もう帰らせていただきます」
「分かった。気をつけてね」
国王に頭を下げさせてしまった罪悪感から、これ以上あそこにいたら今度は土下座までされるかもしれないという恐怖感から、私達は急いで部屋から出た。
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