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第四章

死亡フラグ (後)

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 なんとかしなくてはと思い、ゴクリと息を飲み込むと、とりあえず気を落ち着かせる為に目を瞑る。
 今こそセイレム様の教えを思い出す時だ。

『フィーいいですか? この世界は神の見ている夢だと言われています。
 ゆえに万物に神のご意志が宿っているのです。あなたを構成する最小物質にまでそれらは満ちています。
 魔法の詠唱とはつまり神との対話によってイメージを伝え、自らに与えられた内なる力を引き出して、それを形にして実現させるという行為なのです。
 ですから詠唱呪文で一番大切な事は自分の言葉で神に語りかけるということです』

 私はイメージ力が弱いし、言葉で語るのも苦手だったから、魔法の取得がとても大変だった。

 だけど私の師匠は世界一の人だと胸を張って言い切れる。

 セイレム様の弟子として恥ずかしくないように頑張らないと。
 何より生き残ってお兄さまと再会しなくては――
 セイレム様への信頼と、エルファンス兄様に会いたい気持ちが、心の中に勇気の火を灯してくれるようだった。

「フィー来たよ、準備はいい?」

 キルアスに呼びかけられる。

 お兄様、セイレム様、私頑張ります!

 さっそく飛来したワイバーンが吹いてきた火を、光の壁を出現させて防ぐ。
 やはりこの杖は凄い、自分の力が幾倍も増幅されているのを感じる。

「すべての邪悪なものを滅せよ! 浄化の光!」

 勢いづいた私は、聖術の中では珍しく攻撃要素のある呪文を大胆に唱えてしまう。

 その瞬間、セイレム様の杖によって何倍も跳ね上がった術の力をぶつけられたワイバーン達の意識が飛んだらしい。
 一斉に地面にバラバラと落下していった。

(何これ、凄い)

 自分で自分の力にびっくりしてしまう。

 感動している間にも、仲間の鳴き声に呼び寄せられ、新たなワイバーン達が続々と飛来してくる。

「フィー、君はなんて凄いんだ!」

 キルアスも負けじと弓を構えて、狙い撃つ。
 風属性の魔力を持つ彼の矢は魔法の力を乗せて飛び、どんな遠くまででも目標を追い、必ず敵をし止めてしまう。

 炎属性のカークは自分の剣に紅蓮の炎を乗せ、一斬りでワイバーンの首をはねていく。

 その後、私はひたすら二人の支援に徹し、彼らに攻撃が当たらないように光の盾で防ぎ続けた。

 勢いづいた二人は次々とワイバーンを打ち倒して行く。

 なにこれ、このパーティー、思ったよりいけるのかも!
 そう思ったのはどうやら私だけではなかったらしい。

「残りのワイバーンが逃げて行った。俺達強過ぎ!」

 空中で反転して逃げ帰っていくワイバーン達を見送りながら、カークが満面の笑みを浮かべてガッツポーズをした。

「フィー、君は俺の知る限り一番の聖術使いだ」

 弾けるような笑顔でキルアスに言われると、私もまんざらではなかった。
 照れながら、無事に生き残れた嬉しさにすっかり頬が緩みきってしまう。

 良かった、これでやっと、キルアスとともに平原に行ける
 ――なんて、ほっとしたのも束の間……。

「これは、あれだな。行くしかないな……」

 カークが突如、不吉な台詞を口走った。

「行くっておまえまさか……」

 緊張した声でキルアスが訊いた。
 続いたカークが告げた目的地は最悪なものだった。

「谷に!」

「……ええっ!?」

 仰天するあまり口から大声が出てしまった。

「カーク、何言ってるんだよ。お前……」

 キルアスもさすがに呆れた表情でカークを見ている。
 しかしカークは口元をニヤリとさせ、強気に剣を掲げて宣言する。

「俺達は強い。だから谷まで行って、ワイバーンの巣を叩き、根絶やしに出来る!」

 ちょ、何言ってるの? この人? 正気?
 思わず目玉が飛び出て走っていきそうだった。

「お前が一人で行けよ!」

 怒りながらキルアスが叫ぶと、カークが意地になったように言い返す。

「一人でも行くさ」

 そうは言っても着いて行かざるを得ないことは、キルアスが一番知っている筈だった……。

(谷って……なっ、なんで、「恋プリ」のシナリオよりイベントの難易度が上がっているのっ!!)

 私は予想外の恐ろしい展開に呆然としながら、力を奮いすぎた自分と、カークのような人物に関わってしまった事を心から後悔した……。


 ――そして二日後――私達は谷へと向けて出発した。
 一日は休憩と説得期間をもうけたんだけど、カークの意志は固く、やる気は止められなかった。

 果たして、根城と言われている谷には一体どれほどのワイバーンがいるのかしら。
 想像したでもぞっとして足が笑いだしてしまう。

 悲しい事に朝から出発したので昼前には目的に到着しそうだった。
 昨日と同じくキルアスに一緒の馬に乗せて貰って近くまで移動し、赤茶けた岩場にさしかかったところで徒歩に切り替えて移動する。
 恐怖に身がすくみ足が重い私に対し、自信に満ち溢れたカークがどんどん前へとつき進んで行く。

「おい、カークもっと慎重に足を進めろよ!」

 注意するキルアスの言葉を無視して、カークの足はむしろ早まって行くようだった。

 真っ暗な地の裂け目のような谷底から、不気味なワイバーンの咆哮が響いてくる。
 岩肌を削ったような谷へと降り、今にも崩れそうな細い道を辿りながら、私の心臓はすっかり縮みあがっていた。

 いきなり下から出てきたりしたらどうしよう。

 なんて私の恐れが伝わったのか――事態は急変した。

 ヒュン、バササッ。

 悪い予感が当たるように、一匹が飛び出してくるのを皮切りに怒涛のように次々とワイバーンが押し寄せてくる――その恐怖の光景を目にした瞬間、私は動揺のあまり、なんと、思わず杖を取り落としてしまった!

 一瞬で頭が真っ白になってしまう。

「フィー!」

 キルアスがそんな私を見て焦ったように叫んだ。
 まさに絶体絶命!
 死の運命しか見えないようなその時だった。

 ゴウウッッ――ッ!

 ――と、突然、視界いっぱいに青白い炎が広がり、拡散して、ワイバーン達を焼き払っていく。

「!?」

「フィー、お前一体、こんなところで何をしているんだ?」

 聞き憶えのある低い声と、降って沸いたように目の前に現れた私をかばうような長身の背中に、私の心臓は一気に高鳴る。
 なぜなら煌めく銀髪が同時に視界に映ったから。

 ――そう、絶対にこんなところにいることは有り得ないのに、私の最愛の人にしか見えなかったから……。
 我が目を疑いながらも、心は状況すら忘れて歓喜に震え出す。

「……エルファンス兄様!」

 銀色の髪を揺らしながら、その人は一瞬、深い青い瞳をこちらに向けて振り返り、愛しそうに笑いかけた。
 そして魔具ディーダを構えて、再び狙い打つ。

 その先から青い炎の筋が放たれ、爆音とともにあっという間にワイバーンの群れを吹き飛ばし、その身を焼き尽くす。
 圧倒的過ぎる力を前に恐れをなしたのか、数撃でワイバーン達は羽を翻し、雪崩を打つように谷底へと戻って行った。

 呆然とその様を眺めながら――気がつくと私は彼の腕の中に抱かれていた。

 しっかりと包み込んでくる温もりが、夢や幻ではなく現実であることを教えてくれる。

 いまだに信じられない思いで見上げた顔は、やはり紛れもなく私の最愛の人、エルファンス兄様のものだった。
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