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第四章

価値あるもの

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「キルアスといったか」

「はい」

 突然、声をかけられたキルアスが驚いたように返す。
 銀髪を靡かせながら、お兄様は風音に負けない音量の声で話しかける。

「頼むからフィーを泣かせないでくれ。お前が出て行った後、ずっと涙が止まらなかったんだ」

「……」

「フィーだけじゃない、お前を大切に思う者が他にもいるだろう?
 ――自分の生まれた場所の居心地が悪いという気持ちは俺にも良く分かる――
 それでも命をかけるなら、天に運を問うなどという漠然としたものではなく、もっと価値のある、自分にとって大切なものを守る為にそうすべきだ」

 幼い頃から実の母親に憎まれ、育ての父にも疎まれてきたお兄様の言葉には重みがあった。

「……そうですね……あなたの言う通りだ……エル。
 泣かせてごめん、フィー……そして、ありがとう」

 答えるキルアスの声は震えていた。

「大切なものか……確かにそうだな」

 珍しく他人の話を聞いていたらしいカークも神妙な調子で呟いた。




≪さて、長く眠っていたせいか随分と体力が衰えているらしい。
 今日はこの辺で巡回を切り上げ、渓谷へと休みに戻るが、その前に望みの場所までそなた達を送ろう≫

 エルファンス兄様がドラゴンにラウルの店近くで降ろしてくれるように頼み、カークとキルアスは馬を残したままなので谷まで戻ると伝えた。

 無事に地上へ降下すると、お兄様は私を抱いてベルファンドの背から飛び降りた。
 着地後、二人で改めて巨体に向き直る。

「ありがとう、ベルファンド! 空を飛べてとても楽しかったわ」

 ――と、お礼を言ったタイミングで目の前に光り輝く小さな物体が出現する。
 とっさに両手を出して受けとめてみるとそれは笛だった。

≪何かあったらいつでもその笛を鳴らし私を呼ぶがいい≫

 貴重な贈り物を手にした私は感激してベルファンドを見上げる。

「大切にするわ!」

 銀色のドラゴンは瞳を細めたあと、大きく羽を広げ、爆風をあげて地面から飛び立っていった。

 ――夢のような時間の終わりだった――



 私達がラウルの店に戻ったのは夕方過ぎ。
 今晩は休んで出発は翌日の朝にすることにした。
 

 二階の宿泊室で休憩がてら荷物の準備だけ整え、早めの夕食を取る為に一階部分へ降りると、エルファンス兄様はカウンター内に立つラウルに話しかける。
 
「馬が欲しいんだが、売っているか?」

 てっきり旅の移動は空間転移装置を使うと思っていたので意外だった。

「勿論だよ、お客さん。宿から食事、酒、道具まで、何でも揃っているラウルの店には、当然ながら馬も売っている」

「では、一番良い馬を購入しよう」

 交渉を終えたエルファンス兄様は、奥のテーブル席につき、早めの夕食を注文する。
 またしても向かいじゃなく椅子を寄せて私の隣に座り、間近から愛し気な眼差しを送ってくる。
 いまだに飛行体験およびプロポーズの興奮冷めやらぬ私は、全身が熱を帯びた状態で、食事をしている間もぼうっとしていた。

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